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魔力が足りない? なら、術式を書き換えればいいじゃない。~追われる天才少女のほのぼの辺境魔法研究録~  作者: 春
第一章 雨の街と消えた魔石

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第7話 三倍の値札

 



 橋の一件から二日ほどたったある日のこと


 銅貨十二枚。


 昨日まで銅貨四枚だった魔石が、一晩で三倍の値札を下げていた。


 リーベルの市場、魔石商の店先。


 アリアは、財布を握りしめたまま固まっている。


「間違い、ですよね?」

「間違いじゃねえ」


 店主のダリオが、渋い顔で首を振った。五十がらみの小太りの男で、アリアの母の代から、宿の魔石を    

 卸してくれている馴染みだという。


「仕入れ値が三倍になった。うちだって、赤字で売ってるんだ」

「でも、宿の暖房と厨房を全部合わせたら」


 アリアの声が、小さくなる。


 初雪が近い。宿の魔道具は、これから一番忙しい季節に入る。


 ルカは、隣で店先の魔石を見ていた。


 自分の魔力の杯は、すでに半分ほど戻っていた。


 (質は、ふつうだ。変わったところはない)


 値段だけが、おかしい。


「宿の魔道具なら」


 ルカは、そっと言った。


「私が直せば、使う魔石は、いまの百分の一くらいに減らせます」

「えっ?」

「ベルクさんの暖房機と同じです。宿の分なら、すぐにでも」

「本当ですか!」


 アリアの顔が、ぱっと明るくなった。


 けれど、ルカは続けた。


「でも、宿だけです」


 市場には、同じように値札を見て立ち尽くす人が、何人もいた。


 パン屋。鍛冶屋。子連れの母親。みんな、同じ顔をしていた。


「街じゅうの魔道具を全部直すには、何年もかかります。それに、そもそも、

 なぜ上がったのかが分からないと」


「おい、ダリオ!」


 野太い声が、市場に響いた。


   *


 大柄な鍛冶屋の男が、人垣を割って、店先に歩いてきた。


「お前、魔石を買い占めたな」

「何だと!?」

「昨日まで、蔵に山ほどあっただろうが。それを隠して、値を釣り上げてやがる」

 人垣のどこかから、声が飛んだ。

「そうだ!そうだ!」

「隠してないで出せ!」

「うちの子が凍えたら、どうしてくれる!」


 声が、声を呼んだ。


 あっという間に、店は人に囲まれた。


 誰かが投げた野菜が、ダリオの肩に当たる。


「違う! 俺じゃねえ!」

「じゃあ、蔵を見せろ!」


 鍛冶屋の男が、ダリオの胸ぐらを掴んだ。


「やめてください!」


 アリアが、二人のあいだに飛び込もうとする。


 その肩を、ヒューが後ろへ引いた。


「下がれ」


 代わりに、ヒューが男とダリオのあいだに、すっと立つ。


「落ち着け。この爺さんを殴ったって、魔石は増えん」

「どけ、護衛風情が!」

「断る」


 静かな声だった。


 睨み合いが、一触即発になる。


 ルカは、輪の外で、立ちすくんでいた。


 足が、動かない。


 大勢の視線が怖い。怒鳴り声が怖い。人前に立つのも、誰かと争うのも、一番苦手なことだった。


 けれど。


 ダリオの肩に、また野菜がぶつかる。


 アリアの目に、涙が浮かんでいる。


 (違う)


 ルカは、拳を握った。


 (この人は、違う。辻褄が、合わない)


 一歩。


 二歩。


 気づけば、人垣の前に出ていた。


「待ってください」


 声が、裏返った。


 何十もの視線が、一斉にルカへ向く。


 顔が、熱くなる。


 それでも、口は止めなかった。


「買い占めた人は、魔石を山ほど抱えているはずです。それなのに、この店の棚は、どうして空なんですか」

「隠してるんだろ!」

「隠しても、得がありません。この店の仕入れ値も、三倍になっています。ダリオさんは、

 赤字で売っています」

「口先だけだ!」

「もう一つ」


 ルカは、人垣を見回した。


「値上がりしたのは、この街だけですか?」


 誰も、答えなかった。


「隣の街でも同じことが起きていたら、どうでしょう。一人の商人が、離れた二つの街の値段を、同時に三倍にできますか」


 しばらくして。


 人垣の後ろから、嗄れた声がした。


「……ヴェルンも、三倍だったぞ」


 白髪の老人が、杖をついて前に出てきた。


 あの荷馬車の御者だ。


「昨日、あっちから帰ってきた。魔石の荷がぱったり来なくなったと、向こうの商人も嘆いとった」


 ざわ、と空気が揺れた。


「じゃあ、一体誰が」


 誰かが呟く。


「分かりません」


 ルカは、正直に答えた。


「魔石が高くなっているんじゃなくて、どこかへ消えているんだと思います。……調べます」

「調べるって、お前が?」

「こいつは」


 ヒューが、後ろから口を挟んだ。


「ベルクの店の暖房機を、百二十分の一にした奴だ」


 一瞬の沈黙。


「あの、天才少年か!?」

「ベルクが自慢してた子か!」


 ルカは、顔から火が出そうになった。


 けれど、人垣の空気は、確かに変わっていた。


 鍛冶屋の男が、ダリオの胸ぐらから、ゆっくり手を離した。


「……すまん」


 ぼそりと、男は言った。


 ダリオが、肩で大きく息をつく。


 アリアが、ルカの袖をぎゅっと握った。


 膝が、震えている。


 誰にも気づかれないように、ルカは笑ってごまかした。


   *


 人垣が、ばらばらに散っていく。


 ダリオは、ルカに何度も頭を下げた。


「助かったよ、坊主。恩に着る」

「いえ。まだ、何も解決してません」


 ルカは、店先の魔石に目を落とした。


 棚の端に、青みがかった魔石が一つだけ、残っている。


「それは、売れ残りでな」


 ダリオが、苦笑した。


「六面切りで、値が張りすぎる。誰も買わなかった」


 その魔石に、すっと、白い指が伸びた。


 いつのまにか、店先に、フードをかぶった人物が立っていた。


 歳は、分からない。目深にかぶった布の影で、口元だけが、緩く弧を描いている。


 その人物は、青い魔石を、指先で転がした。


「ほう。民間の市場に、こんな規格が残っているとは」


 独り言のような、低い声だった。


「六面切りの青魔石は普通、軍にしか卸されない」

「え?」


 ダリオが、目を丸くする。


「いや、これは普通に仕入れたもんで」

「だろうね」


 人物は、魔石を台に戻した。


 それから、ようやく、ルカのほうを向いた。


「いい演説だった」


 ルカの背筋が、ひやりとした。


「足りない部分を、自分で調べる顔だ」

「……何の、ことですか」

「値段は、嘘をつかない」


 人物は、質問には答えなかった。


「ただ、動かしているのは、いつも誰かだ。調べるなら、帳簿の出ていった先を見るといい」


 すれ違いざまに、そう囁いて。


 人物は、人混みの中へ、すっと紛れていった。


 ルカは、慌てて振り返る。


 もう、姿はない。


 台の上に、かじりかけの林檎の芯だけが、置かれていた。


「今の人、誰でしょう」


 アリアが、首をかしげた。


「旅の人ですかね。変わった声」


 ルカは、答えられなかった。


 (軍にしか卸されない、魔石)


 (帳簿の、出ていった先)


 誰かが、私に道を示した。


 何のために?


   *


 その夜、宿の食堂で、アリアが帳場から顔を出した。


「ルカくん、聞いてください。さっき、新しいお客さんが来たんです」

「お客さん?」

「夕方に、一人で。しばらく泊まるそうです」


 アリアは、宿帳を開いて見せた。


 整った筆跡の署名が、そこにあった。


『アーデル・ノクス 職業:旅の魔術師』


「魔術師さんって、珍しいですよね。宿代も前払いで、すごく気前のいい人で」

「どんな人でしたか?」

「フードをかぶってて、顔はよく見えなかったんですけど。....あ、そうだ」


 アリアが、何気なく続けた。


「ルカくんのこと、聞かれたんですよ」


 ルカの手が、止まった。


「『ベルクの店の暖房機を直した子は、この宿にいるか』って」

「……それで、何て」

「いますよ、って答えちゃいました」


 アリアが、ぺろりと舌を出す。


「だって、有名人ですもん」


 ルカは、笑えなかった。


 宿帳の署名を、じっと見つめる。


 アーデル・ノクス。


 聞いたことのない名前だった。


 けれど、あの人物は、確かに、ルカだけを見て話しかけてきた。


 魔石の消えた街。


 軍にしか卸されない青い魔石。


 そして、ルカを探している、旅の魔術師。


 食堂の隅の暗がりで、誰かが、ゆっくりとカップを置く音がした。


 ルカは、そちらを、振り向けなかった。





 第7話 了

毎日投稿ってかなりきつい....(ペース落とすかもしれません。すいません)

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