第六話 旅の途中で
朝日を浴びた宿場町は、昨夜の賑わいが嘘のように静かだった。
宿の主人へ礼を告げ、俺たちは町を後にする。
「古代神殿までは、あと一週間ってところですよ。お気をつけて。」
「ああ。」
背中越しに、手を振る宿の主人へ軽く応え、俺たちは街道を歩き始めた。
夏の風が草原を揺らす。
空はどこまでも青く、雲はゆっくりと流れていた。
旅は今日も変わらず続いていく。
◇
古代神殿に向かい始めて一日目。
野営の準備をしていると、王女は抱えていた薪を盛大に落とした。
「あっ……。」
乾いた音を立てて薪が転がっていく。
慌てて拾おうとする王女の傍らで、俺も一本ずつ拾い集める。
「……見なかったことにしてください。」
「無理だ。」
一瞬だけ目を丸くした王女の口元が、わずかに緩む。
「……もう。」
その表情は、旅へ出た頃よりも少しだけ柔らかくなっていた。
◇
三日目。
王女も野営に少しずつ慣れ始めていた。
火起こしに挑戦した王女は、煙ばかり出している。
「難しいですね……。」
「最初はそんなもんだ。」
俺が火打石の角度を少しだけ直してやる。
何度か打ち合わせるうち、小さな火花が枯れ草へ移った。
「あ……!」
小さな炎が揺れる。
王女は嬉しそうに炎を見つめている。
「できました。」
「これで今日は火番を任せられるな。」
「お任せください。」
少しだけ誇らしそうな返事だった。
◇
山道の旅にも慣れ始めた五日目。
立ち寄った小さな村では、子どもたちが広場を駆け回っていた。
一人の男の子が転び、膝を擦りむく。
「あっ……。」
王女は迷うことなく駆け寄っていた。
「大丈夫ですか?」
砂を払い、小さな傷を優しく拭いてやる。
男の子は照れくさそうに笑った。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
その言葉に、王女は穏やかに微笑んだ。
俺は少し離れた場所で、その様子を静かに見守っていた。
旅へ出る前なら、王女はまず周囲へ指示を出していただろう。
今は違う。
考えるより先に身体が動いていた。
それが何だか嬉しかった。
◇
古代神殿を目前に控えた六日目。
森の中を歩いていると、子どもたちが慣れた手つきで木に登って遊んでいた。
王女も足を止め、その様子を眺めている。
「楽しそうですね。」
「ああ。」
俺は枝の先ではしゃぐ子どもたちを見上げながら、ある光景を思い出す。
――あいつも昔は、あんなふうに木へ登っていたな。
思わず小さく笑う。
「勇者様?」
不思議そうにこちらを見る王女へ、「何でもない」とだけ答え、再び歩き出した。
◇
そして、七日目。
森を抜けた先で、俺は足を止める。
王女も隣へ並び、俺の視線を追った。
「……あれが。」
視線の先には、山の麓に幾本もの巨大な石柱が並んでいた。
長い年月を耐え抜いた白い石は、夕日に照らされながら静かに佇んでいる。
王女は小さく息を呑む。
「ああ。」
俺は静かに頷く。
「古代神殿だ。」
吹き抜ける風だけが、遠い時代の記憶を運ぶように石柱の間を渡っていた。




