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第七話 古代神殿

 石段を上り、俺たちは古代神殿の中へ足を踏み入れた。


 ひんやりとした空気が肌を撫でる。


 崩れた天井から差し込む陽光が、静かな石床を淡く照らしていた。


 俺たちの足音だけが、広い通路へ静かに響いていく。


 壁際には風化した石像が並び、朽ちた燭台や折れた石柱が転がっている。


 それらは、かつてこの場所が祈りの場であったことを物語っていた。


「思っていたより……広いのですね。」


 王女はゆっくりと辺りを見渡す。


「ああ。」


 この神殿へ来るのは初めてじゃない。


 以前、女神の神託を受け、一度この神殿を訪れたことがある。


 だが、あの時は祭壇へ導かれるまま儀式を終え、そのまま神殿を後にした。


 中を歩き回る必要などなかった。


 だから今見えている景色は、俺にとっても初めて見るものだ。


「勇者様。」


 王女が一本の石柱の前で足を止める。


 土埃を指先で払うと、古びた紋章が姿を現した。


「……これは。」


「どうした?」


「王城に似た紋章があります。」


 王女は目を細める。


「ですが、細かな意匠が違います。こちらの方がずっと古いものなのでしょう。」


 しばらく見つめたあと、小さく首を傾げた。


「不思議です。」


「何がだ?」


「王族は代々、神聖文字を学びます。」


「神聖文字?」


「ええ、王族だけが学ぶ古い文字です。」


「王族だけが?」


 王女は小さく頷いた。


「幼い頃から学びましたが、なぜ王族だけが学ぶのかは教えられませんでした。」


「なんでなんだ?」


「『昔からの習わしだから』としか。」


 少し寂しそうに微笑む。


「この神殿へ来る王族も、即位前の儀式だけだと聞いています。中を見て回ることはないそうです。」


「そういう決まりなのか。」


「はい。」


 王女は静かに神殿の奥を見つめる。


「……もしかしたら、その理由がここには残されているのではないかと。」


 俺も奥へ視線を向けた。


「行ってみよう。」


 二人でさらに奥へ進む。


 静まり返った神殿には、俺たちの足音だけが響いていた。


 やがて視界が開ける。


 広間の奥には祭壇。


 その背後には、一面に刻まれた碑文と巨大な壁画が残されていた。


 王女は思わず息を呑む。


「……こんなものが。」


「珍しいものなのか?」


「はい。」


 王女は興奮を抑えるように息を整え、小さく頷いた。


「王城に伝わる文献にも、このような碑文の存在は記されていませんでした。」


「これほど大きなものならば……文献に残さないはずがないのですが。」


 王女は、胸の前でそっと両手を重ねた。


 幼い頃から教えられてきた作法なのだろう。


 一度だけ静かに目を閉じ、小さく息を吸う。


 そして碑文へ向き直る。


「ここに記されているのも、神聖文字ですね。」


 その声音は、先ほどまでよりもどこか厳かだった。


 俺には、ただの模様にしか見えない。


 王女はゆっくりと文字を追い始めた。


「読みます。」


 静かな声が広間へ響く。


「『祝福は、人を導くために与えられた。』」


「『光を授かりし者は、人々の願いを背負い、その歩みをもって希望を繋ぐ。』」


「『民は祝福ある者を信じ、祝福ある者は……』」


 王女が目を細める。


「ここは……風化していて読めません。」


 少し場所を変え、続きを追う。


「『その光は世を照らし、幾つもの命を救い、……時代を築くだろう。』」


 さらに下へ視線を落とす。


「『されど、祝福は光のみならず、その役目を終えし時――』」


 そこで言葉が止まった。


「どうした?」


 王女は壁へそっと触れる。


「……文字がありません。」


「そこも風化しているのか?」


「いえ、違います。」


 王女はゆっくりと首を振った。


「風化ではありません。」


 指先が壁をなぞる。


「ここだけ、何者かが意図的に削っているようです。」


 俺も壁へ近付く。


 確かに、その部分だけまわりと違い抉れている。


 崩れた跡ではない。


 何かを消すために削られたような跡。


「こっちも……。」


 王女の視線が隣の壁画へ移る。


 そこには女神と思われる人物。


 光を授かる人々。


 王冠を戴いた人物。


 その姿は今なお残されている。


 だが、その中央だけが碑文と同じように削り取られていた。


「同じだな。」


「あの部分だけを……消したかったのでしょうか。」


 誰が。


 何のために。


 胸の奥がざわつく。


 以前ここへ来た時には、こんなことは考えもしなかった。


 あの日、神託を受けて、ただこの場に来ただけの俺だったら、この碑文も壁画も目に入らなかっただろう。


 王女が立ち止まり、疑問を抱き、一つ一つ見つめたからこそ、俺も気付くことができた。


「勇者様。」


 王女が静かにこちらを見る。


「……いや。」


 俺は首を横へ振る。


「理由は分からない。」


 それでも一つだけ確かなことがあった。


 この神殿には。


 誰かが隠したかった真実が眠っている。


 吹き抜けた風が、静かな広間をゆっくりと通り抜けていった。

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