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第三話 星空の下で

 王都を発った、その日の夕暮れ。


 街道は緩やかな丘を越え、静かな草原へと続いていた。


 日はゆっくりと西へ傾き、空は茜色に染まり始めていた。


 俺は足を止め、周囲を見渡す。


 少し離れた場所には小さな川が流れ、そのそばには木立がある。


 薪にも水にも困らない。野営には悪くない場所だった。


「今日は、この辺りで休むか。」


 王女は少し驚いたように辺りを見回した。


「もうですか?」


「ああ。野営するなら、暗くなる前に準備した方がいい。」


 俺は川の方を指差した。


「水もあるし、薪も拾える。悪くない場所だ。」


 王女は感心したように頷いた。


「そういう場所を選ぶんですね。」


「ああ。旅は慣れだからな。」


 二人で街道を外れ、小さな草原へ向かった。


 俺は手際よく薪を集め、火を起こした。


 しばらくすると、王女も落ちている枝を腕いっぱいに抱えて戻ってきた。


 だが、そのほとんどが細い枝ばかりだった。


 思わず笑みがこぼれる。


「それじゃあ、すぐ燃え尽きるな。」


「あっ……。」


 王女は少し恥ずかしそうに俯いた。


「こういう枝も必要だけど、火が落ち着いたら、もう少し太い薪がいる。」


「なるほど……。」


 王女は真剣な表情で頷いた。


 その素直な様子がおかしくて、俺は小さく笑った。


「少しずつ覚えればいいさ。」


「はい。」


 その返事は、どこか嬉しそうだった。


 やがて火が安定すると、俺は鍋に川の水を注ぎ、干し肉と乾燥野菜、それと少しの塩を入れた。


 王女は王都で買ってきた玉ねぎと人参を取り出すと、慣れない手つきで切り始めた。


 大きさは揃っていない。


「……すみません。」


「十分だよ。」


 そう言って笑った。


「腹に入れば同じだ。」


 切った野菜を鍋へ加えると、湯気がゆっくりと立ち上り、優しい香りが辺りへ広がっていった。


 火で炙ったパンを一つ取り、王女へ差し出す。


 王女は受け取ったまま、小さく首を傾げた。


「どうした?」


「……実は、そのまま手で持って食べたことがなくて。」


「パンを?」


「はい。」


 少し照れくさそうに笑う。


「いつもは、お皿に切り分けられていましたし、ナイフとフォークで食べていましたから。」


 一瞬だけ目を丸くした。


 だが、からかうことはせず、自分のパンを半分に割る。


「熱いから気を付けろ。」


 そう言って俺は、そのパンを湯気の立つスープへ浸し、そのまま口へ運んだ。


「こんな感じ。」


 王女もぎこちなく真似をした。


 恐る恐る一口食べる。


 その瞬間、ふわりと笑みがこぼれた。


「……美味しい。」


「腹が減ってるだけだ。」


 俺が笑うと、王女は首を横に振った。


「違います。」


 少し照れくさそうに微笑む。


「一緒に作ったからです。」


 その言葉に少し驚き、王女を見つめた。


 自然と口元が緩んだ。


「ああ、そうかもな。」


 王女はパンを見つめながら、ぽつりと呟いた。


「子どもの頃、町の子どもたちが歩きながらパンを食べているのを、城の窓から見たことがあります。」


 王女は少しだけ目を細めた。


「少しだけ……羨ましかったんです。」


 俺は何も言えなかった。


 代わりに、火のそばでもう一つパンを炙り、王女へ差し出した。


「今日は、好きなだけ食べればいい。」


 王女は少し驚いたように目を見開き、それから心から嬉しそうに笑った。


「はい。」


 その笑顔を見ていると、不思議とこちらまで嬉しくなった。


 虫の声が静かに響く。


 川のせせらぎが耳に心地よく流れていた。


 食事を終えた俺たちは、火を囲みながら夜空を見上げた。


「綺麗ですね。」


 王女の声につられて空を見上げると、雲ひとつない夜空には無数の星が瞬いていた。


「ああ。」


 それだけで十分だった。


 言葉を交わさなくても、この静かな時間が心地よかった。


 やがて王女は穏やかな寝息を立て始めた。


 俺は火が消えないよう薪をくべながら、揺れる炎をぼんやりと眺めていた。


 その時だった。


 胸の奥で、何かが微かに触れた。


 ほんの一瞬。


 誰かが言葉を紡ごうとして、途中で途切れてしまったような感覚。


 意味はない。


 声もない。


 ただ、何かが届きかけては消えていく。


 俺はそっと胸に手を当てた。


 鼓動はいつもと変わらない。


「……疲れてるのかな。」


 小さく笑い、もう一度夜空を見上げる。


 満天の星は、何事もなかったかのように静かに輝いていた。

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