第二話 旅立ち
王都を出る朝は、どこまでも穏やかだった。
空は高く澄み渡り、城門の前には旅人や商人の姿が行き交う。
魔王を倒してから、まだ数日。
街には戦争の傷跡よりも、平和を喜ぶ笑顔の方が多くなっていた。
「それでは、お気をつけて。」
城門の兵士が深く頭を下げる。
俺は軽く手を上げて応えた。
背中には愛用の剣。
隣には王女。
たった二人だけの旅だった。
「少し、不思議ですね。」
王女が柔らかく微笑む。
「何がだ?」
「魔王討伐から帰還した時は、あれほど大勢で歩いていらしたのに……今回は二人だけですから。」
そう言われて、小さく笑った。
「確かにな。」
勇者、戦士、神官、魔術師、守人。
笑い合い、ぶつかり合い、命を預け合った仲間たち。
何も言わずに出てきてしまった。
宴が終わったら、それぞれ故郷へ帰ると言っていた。
新しい人生を歩むのだろう。
世界は平和になったのだ。
それでいい。
「少し寂しいですか?」
王女が尋ねる。
「……いや。」
嘘だった。
寂しくないと言えば嘘になる。
けれど、それ以上に嬉しかった。
もう誰も命を懸けて戦わなくていい。
その事実だけで十分だった。
街道には夏の風が吹き抜ける。
黄金色の麦畑が風に揺れ、その向こうでは農夫たちが額の汗をぬぐいながら鍬を振るっている。
畑のあぜ道では子どもたちが虫を追いかけ、母親たちの笑い声が風に乗って届いた。
どこにでもある、平和な景色。
守りたかったものが、確かにここにあった。
前方で止まっていた荷馬車の商人たちが、楽しそうに話をしている。
「今年の豊穣祭も賑わいそうだな。」
「王都へ向かうなら、今のうちだぞ。」
「うちの村じゃ、子どもたちが朝から浮かれてるよ。」
祭り。
そういえば、もうそんな季節か。
ゆっくりと祭りを楽しんだ記憶は、一度もないが。
「勇者様は、豊穣祭をご覧になったことはありますか?」
王女が、俺の視線の先を追うように尋ねた。
「祭りは知ってる。でも、小さい頃、父親は仕事ばかりでさ。ゆっくり見たことは一度もないんだ。」
「そうでしたか。それは少しもったいないですね。」
王女はくすりと笑う。
「豊穣祭は世界中で行われている、とても大切なお祭りなんです。同じ豊穣祭でも、その土地ごとに祝い方が違っていて……それを見るのも楽しいと、侍女が言っていました。」
「例えば?」
「この国では収穫を祝いますけど、海の町では豊漁を願いますし、山の村では山の恵みに感謝するお祭りになります。」
王女は少し懐かしそうに目を細めた。
「子どもの頃は、城の窓から町を眺めるのが好きでした。お祭りの時は、広場いっぱいに灯りがともって、音楽が聞こえてきて……『いつか私も行ってみたい』って、毎年思っていたんです。」
その笑顔は王女ではなく、憧れに目を輝かせる一人の少女のものだった。
俺はそんな横顔を見つめながら、小さく笑う。
「じゃあ、加護を返し終えたら寄ってみるか。」
何気なく口にした言葉だった。
王女は少しだけ目を丸くしたあと、花が咲くように微笑んだ。
「……はい。ぜひ、ご一緒しましょう。」
その笑顔につられて、俺も自然と笑みをこぼした。




