第二十四話 それぞれの道
「……あなたは、これからどうするのですか?」
女神はどこか晴れやかな顔をしている。
循環という鎖に縛られていた女神は、そこにはもういなかった。
「……俺?」
「ええ。」
女神は穏やかな表情を浮かべている。
「私はあなたに答えを見つけてもらいました。だから、あなたが導き出した答えを聞きたいのです。」
「……。」
俺はすぐには答えられなかった。
どこへ行くのかなんて考えていなかったからだ。
勇者としての役目はもう終わった。
女神ももうすぐいなくなる。
――そして。
あいつはもう……。
結局あいつを救う方法なんてなかった。
神の力でさえ、死者を蘇らせることは出来ない。
その事実を叩きつけられただけだった。
胸の奥が締め付けられる。
「……俺は。」
しばらく考えた後。
「ここには……いられない。」
そう決めた。
女神は何も言わずに俺を見つめていた。
「俺はあいつを手に掛けた。」
「……。」
「もちろん俺の意思じゃない。」
「でも、そうだとしても。」
俺は自分の手のひらを見る。
たくさん剣を握った手。
あいつを抱きしめた手。
色んな思いを込めた手。
「その事実は変わらないから。」
握った拳に力が入る。
「もし俺が弱くなかったら。」
「幼い頃、あいつと出会わなければ。」
「こんなことにはならなかったのかもしれない……。」
俺は言葉に詰まり、視線を落とす。
「だから……。」
それからゆっくりと顔を上げて、決意を言葉にする。
「俺はいない方がいい。」
「そう、ですか。どこか旅に出るのですか?」
「ああ。」
「どこへ?」
「いや、何も決めてない。」
あまりの計画のなさに、自分でも少しだけ笑ってしまう。
「行く場所なんて俺にはないからな。」
女神はしばらく俺を見つめていた。
「そうですか。」
その声に責めるような響きはなかった。
「それが、あなたが見つけた答えなのですね。」
「ああ。」
「分かりました。」
女神は静かに頷き、それ以上は何も言わなかった。
引き止めることも。
否定することも。
ただ、穏やかに俺を見つめていた。
「……女神様。」
「はい。」
「最後に一つだけいいかな。」
「なんでしょうか。」
「世界を作ってくれてありがとう。俺は、女神様が作ったこの世界が好きだ。」
偽りのない気持ちだった。
許せないこともたくさんあった。
納得できないことも。
でも、この世界がなかったら俺は、あいつを好きになることすらできなかった。
女神は少しだけ目を見開いたあと、静かに微笑んだ。
「ふふ……こちらこそ。」
女神の身体から淡い光が溢れ始める。
その光は女神を包み込んでいく。
髪が風に揺れ、衣が静かに舞う。
「もう時間のようですね。」
「ああ。」
俺は女神を見つめていた。
「私は草木を揺らす風になって。」
「いつまでもこの世界を。」
「愛し続けます。」
「……ああ。」
光がさらに強くなる。
女神の身体越しに、朽ちた壁画が見えるようになっていく。
「――の加護があらんことを。」
その声が、風に溶けていく。
次の瞬間。
目の前から女神の姿が消えた。
残ったのは静かな神殿だけだった。
俺は、しばらくその場から動けなかった。
疲労なのか絶望なのかわからない。
ただ、先へと歩む力が湧いてこなかった。
――どれくらいの時間、その場に立ち尽くしていたのだろう。
俺はゆっくりと歩き出す。
外に出ると、そこには青い空が広がっていた。
神殿の中とは違う、外の空気。
頬を撫でる風が気持ちいい。
どこへ行くのかは決めていない。
帰る場所ももうない。
ただ、足を止める理由もなかった。
歩きながら俺は、何度もあいつのことを思い出した。
幼い頃の笑顔。
一緒に過ごした時間。
旅の途中で見せた表情。
そして、最後の夜。
「……。」
胸の奥がまた痛くなる。
ずっと、忘れることはできないだろう。
それでも俺は歩いた。
あてのない道を。
もう勇者ではない、ただ一人の人間として。
目の前に広がる、どこまで続くのか分からない道を。
俺は歩き続けた。




