エピローグ 風の記憶
王城には静かな鐘の音が響いていた。
現在、王女の葬儀が行われている。
多くの人々が集まり、彼女の死を悼んでいた。
ある者は静かに、ある者は声を上げて泣いていた。
それほどまでに、王女は民から慕われていた。
祭壇には王女の肖像画が掛けられ、棺が納められている。
その前に王は立っていた。
ただ、立ち尽くしていた。
娘はもう帰ってこない。
頭では分かっている。
それでも。
目の前にある肖像画を見るたびに、その事実を受け入れることができなかった。
王は、棺の中の娘の顔を見つめる。
そこには幼い頃の面影が残っていた。
よく笑う子だったな。
いつからだろうか。
本当の笑顔を見なくなったのは。
王は静かに目を伏せた。
娘の死について、王が知っていることはただ一つ。
あの男が、娘を手に掛けた。
それだけだった。
だが。
どうしても信じることができなかった。
あの男が娘を殺すなど。
何かに操られていたのではないか。
何か、知らされていないことがあるのではないか。
何度考えてみても、思考は暗闇を彷徨うだけだった。
やがて、葬儀が終わりを迎える。
人々が一人、また一人と王城を後にしていく。
広間には静寂だけが残った。
王は一人で娘の棺を見つめていた。
「……。」
その時だった。
窓から風が入り込んできた。
紋章の刺繍が施された棺掛けが、静かに揺れる。
その風は祭壇を巡り、やがて王の頬を撫でていく。
不思議なほど、穏やかな風だった。
王は目を閉じた。
すると。
ふと、遠い記憶が蘇ってきた。
王女が、娘が生まれた朝。
あの日も窓が開いていた。
柔らかな風が寝室へ入り込んでいた。
そして。
小さな産声が部屋に響いていた。
王は初めて生まれたばかりの娘を見た。
小さな身体。
小さな手。
その隣には王妃がいた。
王妃は我が子を見つめていた。
その眼差しを王は、今でも鮮明に覚えている。
優しくて。
穏やかで。
ただ、愛おしいものを見る目だった。
何も求めず。
何も望まず。
ただ、この子が生まれてきてくれたことを喜ぶ。
そんな眼差しだった。
王はゆっくりと目を開いた。
目の前には、娘の肖像画。
そして。
あの男の姿が、脳裏に浮かんだ。
二人が旅から帰還したあの時。
娘を見つめていた男のあの目。
あの時は気にも留めなかった。
けれど。
今なら分かる。
あの目は。
あの日、王妃が娘に向けていた眼差しと同じだった。
「……。」
王の胸が、静かに締め付けられる。
あの男は。
勇者は。
娘を愛していた。
心の底から。
それは、王にも分かった。
ならば。
あの夜に何があったのか。
なぜ、娘が死ぬことになったのか。
それはもう分からない。
けれど。
勇者は娘を憎んでいたわけではない。
自ら望んで、娘を手に掛けたわけでもない。
そのことだけは。
何故か今、信じてみようと思えた。
王は静かに娘の肖像画を見つめる。
「……そうか。」
小さく呟く。
「お前は……あの者に、深く愛されていたのだな。」
その言葉と共にまた風が吹いた。
王は目を閉じる。
頬を撫でる風は、どこか懐かしかった。
王妃が娘を抱いていた、あの日の風と同じように。
「……勇者よ、お前は今どこに居るのだ。」
祭壇を巡っていた風は、やがて窓を抜けて去っていった。
まるで、何かに別れを告げにきたかのようだった。
時が止まっていた王城は、再び動きだそうとしていた。
平和を望み、民に愛された王女はもういない。
世界を脅かす魔王は、もういない。
世界を愛した女神も、もういない。
永きに渡り繰り返されてきた、勇者と魔王の物語。
唯一、世界の真実を知る者の行方は、誰も知らない。
やがて時が経ち、全てが歴史に葬られ、そして――
勇者はいなくなった。
なんとか完結させることが出来ました。ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます。
素人が小説を書くという事の大変さが身に染みました。
後半は駆け足気味だったり、説明やセリフばかりになってしまって、自分でも何を書きたいのか分からなくなりながら駆け抜けた感じです。
正直悔しいというか、不甲斐ないというか。
なので、時間を見つけて加筆修正版を掲載したいと思っています。
それと、続編という訳ではないですが、シリーズものを執筆中でもあります。掲載出来る日が来たらアップしますので、その時はぜひそちらも読んでいただけると嬉しいです。




