第二十三話 導きだしたもの
「……あなたはいったい、なんなんでしょうね。」
女神は呆れたような顔で静かに俺を見つめていた。
全ての力を失ったことで吹っ切れたのだろうか、少し清々しい顔をしているようにも見える。
「なんなんでしょうって言われてもな……。」
「これまで、そんな勇者は一人もいませんでした。」
俺は頭をかきながら答える。
「ただの壊れた勇者だろ。」
「そう……ですね。」
歯切れの悪い返事。
「そうかもしれません。」
「ですが。」
女神は少しだけ目を伏せる。
「私はこの世界の全てを理解したい。」
「もちろんあなたのことも。」
そういうと、女神はゆっくりと話し始めた。
「あなたを勇者として選んだ時、大きな巡りが重なっていました。」
「大巡って言ったっけ。」
「ええ。」
女神は頷いた。
「十二の巡りが一巡する、大きな巡りです。」
「私は、これまで長い年月をかけて、この世界を見てきました。」
何を思っているのかは分からないが、その目は遠くを見つめている。
「どれほど長く、この世界を見てきたのか。もう、私にもわかりません。」
「これまでの歴史の中で、何度も大巡は巡ってきました。」
女神の表情が僅かに曇る。
「ですが、この巡りは私がこれまで経験したことがないものです。」
「……。」
「だから、今回の大巡があなたに何をもたらしたのか、どう影響を及ぼしたのかは未知数なのです。」
「それに、考えられることはそれだけではありません。」
女神は俺に視線を移す。
「私は、人の資質を元に勇者を選びます。」
「私が偶然選んだ、あなたの資質。」
女神の視線が俺の胸へ向く。
「そして、あなたには私の知らない加護がある。」
「魔王の加護か。」
「……はい。きっとそれらが――」
俺は目を瞑り、胸の奥の力を意識してみた。
「なあ、女神様。」
「はい。」
「この加護なんだけどさ。」
「俺にはなんとなく分かるんだけど。」
「……何でしょうか。」
「これ、あの魔王……いや、あの勇者が俺にだけ渡してきたものじゃないと思う。」
好奇心をかきたてられたのか、目を見開いて俺を見る女神。
「もっと前。ずっと前から、送られてきている力だと思うんだ。」
「今までの魔王がさ。」
「多分、魔王じゃなく勇者として、ずっとこれまでの勇者に渡そうとしてたんだと思う。」
「……。」
「ただ。」
俺は、自分の胸を軽く押さえる。
「今までは届かなかったけど、今回は届いたんだ。」
女神は俺の言葉を黙って聞いていた。
「あなたはそう感じるのですね。」
「ああ。」
「……。」
女神は思いを巡らせているのか、目を伏せた。
「だとすれば、あなたが魔王を討った時期が大巡と重なっていたことと、大巡の間、私の管理能力に揺らぎが生じること。」
「今までの魔王がもし、これまでずっと加護を届けようとしていたのだとしたら。」
「小さな綻びから、私の管理をすり抜けることがあっても不思議ではありません。」
「……そうか。」
「ええ。」
女神は頷いた。
「そう考えると、あなたにだけ加護が届いたことも理解できます。」
「それに。」
女神は、静かに俺を見る。
「忌み年。」
「大巡。」
「あなたの資質。」
「魔王の加護。」
「そして……。」
女神の声が、少しだけ柔らかくなる。
「大切な人に向けて注がれた、極限まで高まったあなたの感情。」
「……。」
「それらの偶然が重なったことで。」
「この、奇跡とも呼べる現象を引き起こしたのかもしれません。」
「それが。壊れた勇者。か。」
「はい。」
女神は静かに頷いた。
「私の憶測に過ぎませんが、そう結論づけることしかできません。」
神殿に静かな風が流れ込んでくる。
俺はしばらく言葉が出てこなかった。
そもそも女神にわからないことが俺にわかるわけがない。
でも、魔王の加護が今回俺に届いたのは。
勇者が次の勇者へと、自分が叶えられなかった希望を繋ぐために送り続けていたと信じたい。
「なぁ女神様。俺がここまで来たことは最初から決まってたのか?」
「いいえ。」
女神ははっきりと答えた。
「それは、違います。」
「……。」
「あなたが今まで成し遂げたこと。」
「そこには、いくつもの巡りが重なっていたのでしょう。」
「ですが。」
女神はまっすぐに俺を見る。
「あなたが何を選ぶかまでは、私にも決めることはできません。」
「……。」
「あなたが、誰も犠牲にならない世界を望んだことも。」
「勇者を終わらせようとしたことも。」
「私の力を壊したことも。」
「すべて、あなた自身が選んだことです。」
「……そうか。」
俺は黙って頷き、静かに息を吐いた。
「俺は、ちゃんと俺の意志でここまできたんだな。」
「……。」
「安心したよ。」
「もし全部、女神様に決められていたんだとしたら。」
「……。」
「……俺の。」
「あいつへの想いも、全部嘘になるからな。」
俺は一度深呼吸をし、身体の緊張をほぐす。
「もう、全部終わったな。」
女神の瞳が僅かに揺れた。
「……ええ。」
「私には、もう何の力もありません。」
「神託も。」
「魂の輝きを集めることも。」
「勇者を魔王にすることも。」
「もう、何もできません。」
女神は再び自分の手を見つめていた。
何度も握っては開く。
そこにあったはずの力を確かめるように。
「もう、私には……何も。」
そこで言葉が途切れた。
しばらくして。
「……あなたの魂の輝きは。」
女神は俺に視線を送る。
「とても、素晴らしいものでした。」
「……。」
「これほどまでの輝きを、私は長い歴史の中で見たことがありませんでした。」
その声には、どこか懐かしむような響きがあった。
「あなたから受け取った魂の輝きがあったからこそ。」
「私はこの姿で顕現することができたのです。」
「思わず、声が漏れてしまうくらいの輝き……。」
俺は、加護を返上したときのことを思い出す。
あの時の何かに抱きしめられているような感覚と、穏やかさとは違った声。
「でも。その輝きも、この姿で顕現するためにほとんど使ってしまいました。」
「……。」
「もう、私に残された時間は多くありません。」
その言葉は、悲しいものではなく、どこか穏やかさを感じた。
女神はゆっくりと神殿の外へ目を向ける。
崩れた壁の隙間から見える木々が、風に揺れている。
その向こうには、どこまでも続く空があった。
「世界は何も変わらなかった。」
「私が力を失っても。」
「私が管理しなくても。」
「この世界は、何事もなく続いていく。」
「……ああ。」
女神は微笑みを浮かべた。
「ならば。」
その瞳は世界を見つめているのだろう。
「もう、私はこの姿に留まり続ける必要はありませんね。」
「……。」
「私は愛する世界と。」
女神はそっと胸に手を当てた。
「私の半身と一つになります。」
その声は静かだった。
「この世界を管理するためではなく。」
「この世界と共に、生きるために。」




