第二十一話 焦がれた心
「勇者の成り立ちはわかった……それで。」
俺は女神を視線を向ける。
「勇者が魔王を倒すんだよな。」
「はい。」
「でも……そのあとなんで勇者が魔王になるんだよ。おかしいだろ。」
女神は静かに俺を見つめ、口を開いた。
「私が最初の勇者を選択した時。」
「この世界に魔王は存在していませんでした。」
「……どういうことだ。」
「言葉通りです。魔王は元からいなかった。私が勇者に与えた最初の神託は、世界の果てにある城に、人々に仇なす魔王と名乗る者が現れた。という情報だけです。」
俺には女神の言葉の真意がわからなかった。
「私の思惑通り、勇者は魔王を討伐すべく旅立ちました。その道中人々を救い、様々な困難にも立ち向かいました。そして、長い旅の末に世界の果てへと辿り着きます。でも、そこには魔王と名乗る者はいなかった。当然、勇者は戸惑ったことでしょう。」
「なので私は、次の神託を与えました。」
「あなたの活躍により、世界の脅威は去ったようです。古代神殿へ赴き、加護を返上しなさい。と。」
「そして私は、勇者が育てた魂の輝きを回収しました。」
「……。」
無意識に拳に力が入り、胸の奥が締め付けられる。
「ですが。」
女神は僅かに目を伏せた。
「輝きを失った後も、その肉体には勇者として生きてきた経験が残っていました。」
「困難な旅を続け。」
「強敵と戦い。」
「人々を救う。」
「これら全てが魂だけではなく、肉体をも成長させる糧となっていたのです。」
「私はそれを見て思いました。」
「この身体が、そのまま失われていくのは惜しい、と。」
俺はあまりの嫌悪感に眉を寄せた。
「そこで私は、その身体を再び利用することを思いついたのです。」
「次代の人々への脅威として、再構築する。」
「それが……魔王の正体です。」
「……。」
俺はしばらく何も言えなかった。
胸の奥が沸き立つのを感じた。
視界が僅かに揺れ、怒りが身体の中を駆け巡る。
「……なんなんだよ。」
思わず言葉が漏れる。
「人を……人間を、そんな軽々しく作り替えていいと思ってるのか。」
女神はじっと俺を見つめている。
「軽々しいなどとは思っていません。ですが、この世界を維持するためには必要なことなのです。」
「多少の犠牲は避けられません。」
「……。」
その言葉を聞いた瞬間、怒りがどんどん膨れ上がっていく。
「多少の犠牲……だと。」
拳に更に力が入る。
「……勇者だって人間なんだぞ。」
「はい。」
「そいつにも家族がいたかもしれない。」
「大切な人がいたかもしれない。」
「それを……。」
言葉が詰まる。
「……魔王にしたのか。」
「ええ……必要な犠牲です。やむを得ません。」
女神は静かに続けた。
「肉体を魔王へと再構築するには、多くの時間が必要でした。」
「その間、当然世界に魔王はいません。」
「勇者が役目を終えた後、長い平和が訪れるのはその為です。」
「やがて。」
「長い年月をかけて作り替えられた勇者は。」
「心身ともに魔王として、この世界に君臨します。」
「人々にとっての新たな脅威として。」
俺はじっと女神の目を見据え、ゆっくりと息を吐き出した。
「魔王が現れた後、私は新たな勇者を選定します。」
「その勇者は魔王を倒す。」
「役目を終えた勇者は、私へ加護を返す。」
「私は、成長した魂の輝きを受け取る。」
「そして、残った身体を再構築する。」
「……。」
「それを、ずっと繰り返してきました。最も効率が良いと自負しています。」
その言葉とともに、神殿に静かな沈黙が落ちていった。
「……なんだよ、それ。」
「勇者が魔王を倒してもまた魔王が現れる。」
「はい。」
「魔王が現れたらまた勇者が選ばれる。」
「はい。」
「……ずっと終わらないじゃないか。」
女神は無言で頷いた。
「どちらかが勝てば終わるんじゃない。」
「初めから……繰り返すために作られているじゃないか。」
「……ええ。効率を重視した結果です。」
その言葉が胸に重く響いた。
「なんでだ……。」
俺は顔を上げた。
「なんで、そんなことを続けるんだ。」
女神は静かに答える。
「何度もお伝えしていますが、この世界を維持するためです。」
「そのためには多くの魂の輝きが必要なのです。」
「私がこの世界を守らなければいけないのです。」
「……。」
俺の頭の奥で張り詰めていた一本の糸が、音を立てて切れたように感じた。
この人には何を言っても通じないんだ。
その瞬間、煮えたぎった溶岩のような感情が急速に凍りついていった。
「……女神様は。」
「この世界が本当に好きなんだな。」
女神は少しだけ目を見開いた。
「ええ。」
「私はこの世界を愛しています。」
「ここに生きる、すべての命を。」
「だから。」
女神はそっと胸に手を当てた。
そして、我が子を慈しむような声をそっと落とした。
「守り続けなければならないのです。」
その言葉を聞いて俺はふと思った。
この人、いや、この女神という存在は、世界という鎖に囚われて逃れられないんじゃないかと。
「……女神様。」
「はい。」
「あなたも……この世界に縛られてるんじゃないのか。」
俺の言葉を聞いた瞬間、女神の表情がすっと抜け落ちた。
「……私が、縛られている?」
その声が僅かに揺れる。
「……。」
「……そんな風に考えたことなど、一度もありませんでした。」
「私は、世界を維持するために必要なことをしてきたつもりです。」
「無駄なく。」
「最も効率のよい方法で。」
「それが、正しいことだと。」
女神は、自分自身に言い聞かせるように続ける。
「それが、私の役目ですから。」
世界を守るために、魂の輝きを集める。
魂の輝きを集めるために、勇者を生み出す。
その勇者の成長を促すために、魔王と戦わせる。
そして勇者を次の魔王にして、新たな勇者を選ぶ。
ずっと続いてきた循環。
その中に。
女神自身も組み込まれていると俺は思った。
「……女神様もさ。」
「この世界を守るために、ずっと戦ってきたんだよな。」
女神は何も答えなかった。
「でも。」
拳を握る。
「それじゃあ、終わらない。」
「勇者も。」
「魔王も。」
「女神様も。」
「ずっと、この仕組みの中にいる。」
女神の瞳が、僅かに揺れる。
「……。」
「誰かが犠牲にならなきゃ続かない世界なんて、俺は認められない。」
女神は俺をじっと見ている。
「王女も。」
「魔王も。」
「女神様も。」
「誰も犠牲にならない世界。」
「そのために。」
「この仕組みを終わらせなきゃいけないと思う。」
女神の表情が再び揺れ、その声が静かな神殿に響き渡る。
「……あなたは一体。」
「何をするつもりなのですか。」
俺の胸の奥にある何かが、感情に呼応するように大きくなっていく。
「俺は……壊れた勇者なんだろ。」
女神は何も答えない。
「だったら俺が、この世界と女神様を縛っている鎖を壊すよ。」




