第十七話 現実
気が付くと、俺は壁に手をついたまま立ち尽くしていた。
額には汗が滲み、頬が涙で濡れている。
指先にはざらついた石壁の感触。
冷たいはずの石壁は、俺の手のひらの体温を奪いほのかに温かくなっていた。
どれほど同じ体制だったのか分からないが、身体が強張っている。
この感覚は間違いない……
俺の身体だ。
全力疾走を繰り返した時のような、激しい疲労感。
肩が上下するほどの荒い呼吸。
身体は小刻みに震えていた。
そして、なぜかは分からないが、ただ胸の奥が苦しくて温かかった。
呼吸を整えゆっくりと顔を上げる。
目の前には静かな石壁。
壁一面に刻まれた読めない文字。
そのどれもが、今この場が現実であることを物語っていた。
だけど。
胸を貫かれた時の、現実と錯覚するような激しい痛み。
身体が光へ変わっていく時の感覚と、自分が消えてしまう恐怖。
黒髪の青年――いや、俺の瞳を通して見た、魔王の優しい瞳。
あの光景だけは頭から離れなかった。
そして。
あの声。
最後に聞いた言葉。
魔王が何に謝っていたのか、今なら分かる気がする。
あの延々と続く流れを止めようとして、止められなかったんだ。
いや。
魔王なんかじゃない。
「……俺と同じ勇者だった。」
ということは俺は勇者を。
魔王だと疑わなかったとはいえ、人間を……。
魔物を斬り伏せた時とは違う罪悪感。
胃が急激に収縮をはじめ、心臓は締め付けられる。
気持ち悪い、痛い、苦しい。
この苦しみから逃げたい。
時を、時を戻せたら……。
そんな縋るような思いで俺は、再び石壁に手を伸ばす。
しかし、俺の願いとは裏腹に、石壁は何も応えてくれなかった。
「……なんで、こんなものを俺に見せたんだ。」
俺に何を伝えたかったのだろう。
何を残したかったのだろう。
映像に出てきた青年たちも、同じように悩んだのだろうか。
頭に浮かぶ、削られた碑文と壁画。
魔王はただの悪じゃなかった。
なんで勇者が魔王になったのか。
俺もいずれ魔王になるということなのか?
そして、勇者が勇者を討たなければいけない理由はなんだ。
何度も何度も同じ悲劇が繰り返されていた。
なぜ繰り返す必要があったのか。
きっと何か理由があるはずだ。
真実を確かめなければならない。
なぜ、この悲劇を終わらせられなかったのかを。




