第十五話 勇者と魔王【前編】
どれほど長く歩いたのだろう。
一心不乱に歩き続け、気づけば魔王城の前へとたどり着いていた。
もう来ることなどないと思っていたのに。
悪魔のようなものを象った装飾が施された城門。
その門を抜け、城内に向かう。
主を失い静まり返った城。
あれほど禍々しかった魔力は、もうどこにも残っていない。
それでも。
胸の奥だけは静まらなかった。
魔王への憎しみだけが、俺を突き動かしていた。
玉座の間へ入る。
砕け散った黒い鎧の欠片。
床へ刻まれた斬撃の跡。
あの日と何一つ変わらない。
俺は、周りを見渡しながら玉座へ近付いた。
その時だった。
胸の奥が再びざわつきはじめたのだ。
神託を受けた時と同じ感覚。
「……なんだ。」
思わず胸元へ手を当てる。
少し早い心臓の鼓動。
一瞬視線を落とす。
すると、足元の石床が淡く輝き始めた。
そして、何も無かったはずの石床に紋章が浮かび上がる。
……この紋章。
見覚えがあった。
思い出す。
古代神殿。
王女が土埃を払い、見つけた古い紋章。
『王城に似た紋章があります。』
あの時は気にも留めなかった。
だが今。
その紋章が、俺を導くように輝いていた。
光は一本の線となり、玉座の奥へ伸びていく。
重々しい音が響く。
壁がゆっくりと左右へ開いていった。
隠された部屋があった。
壁一面には、神聖文字。
読めないはずなのに、何かに導かれるように近付く。
そして、震える指先が刻まれた神聖文字に触れた。
その瞬間。
視界が白く染まった。
◇
――冷たい。
石の床だった。
重い身体をゆっくりと起こす。
息が苦しい。
全身から力が抜けているようだ。
ここは……。
古代神殿?
どういうことだ?
さっきまで魔王城にいたはずなのに。
目の前には真新しい祭壇。
朽ちていない碑文。
巨大な壁画。
俺が知っている神殿と何かが違う。
いや、そもそもこれは俺の記憶じゃない。
身体は動く。
だが、俺の意思ではない。
誰かの身体を通して、この景色を見ているようだ。
震える手が碑文へ伸びる。
刻まれた神聖文字を追っていく。
俺には一切読めない。
だが。
この身体の持ち主には読めているようだ。
そして、その感情だけが流れ込んでくる。
息が詰まる。
驚愕。
絶望。
そして。
何かを決意する。
ゆっくりと剣を抜き、振り下ろす。
甲高い音が神殿へ響いた。
碑文の一部を削り取る。
壁画を部分的に砕く。
その手には一切迷いがなかった。
やがて。
力を使い果たし、剣が石床へ落ちた。
乾いた音だけが静かな神殿へ響く。
膝から崩れ落ちる。
視界が霞む。
息をすることさえ苦しい。
意識が遠のいていく。
――そこで、全てが途切れた。




