第十二話 はじまりの夜明け
――夢を見ていた。
夏の日差しが草原を照らしている。
一匹の蝶が風に乗って舞っている。
父に見せたい。
その一心で、咄嗟に両手を伸ばす。
蝶はひらりと身を翻して飛んでいく。
今度こそ。
蝶を追いかけ再び両手を伸ばす。
捕まえた。
逃がさないように。
駆け出す。
父の元へ。
ゆっくりと手を開く。
砕けた羽。
潰れた小さな身体。
掌に赤く滲む鱗粉。
細い脚が、ぴくりと動く。
……動いてよ。
その瞬間、萎んだ肺へ一気に空気が流れ込む。
胸を刺すような痛みと共に、飛び起きた。
深く荒い呼吸を繰り返す。
嫌な夢だった。
胸を押さえ、大きく息を吐く。
ゆっくりと視線を隣へ向けた。
王女は静かに眠っていた。
穏やかな寝顔。
その姿を見た瞬間、全身の力が抜ける。
……良かった。
ほっと息をつく。
ふわりと花の香りが漂った。
昨夜と同じ、優しい香り。
思わず微笑み、頬へかかった髪をそっと耳へかける。
指先が頬に触れる。
……。
指が止まった。
……違う。
もう一度、そっと頬へ触れる。
変わらない。
……なんで。
今度は両手で頬を包む。
自分の温もりだけが伝わっていく。
……違う。
違う。
そんなはずがない。
王女の頬を包んだまま、顔を近付ける。
「……おい。」
返事はない。
少しだけ肩を揺する。
「起きてくれ。」
穏やかな寝顔は、何一つ変わらない。
まるで、ただ眠っているだけだ。
……なんで。
もう少し強く肩を揺する。
「おい……。」
返事をしてくれ。
頼む。
起きてくれ。
鼓動が速い。
耳の奥で鳴り響く。
うるさい。
聞きたいのは、お前の鼓動だ。
震える手が首筋へ伸びる。
脈を探す。
指先に伝わるのは、自分の震えだけだった。
……違う。
そんなはずがない。
もう一度。
もう一度だけ。
必死に探す。
見つからない。
「……なんで。」
掠れた声が漏れる。
息が苦しい。
胸が締め付けられる。
違う。
違う。
違う。
「なんでだよ……。」




