幕間 花を纏う夜
湯気が柔らかく立ち上る。
静かに湯へ身を沈める。
「ふぅ……。」
自然と肩の力が抜けた。
長かった旅も終わった。
世界は平和になり、みんな笑顔になった。
そして今夜。
勇者様と二人きりで過ごすことになる。
父が、勇者様と何を話しているのかは分からない。
けれど。
胸の鼓動が、どうしても静まらない。
湯から上がり浴室を出ると、侍女が大きめの布を持って待ち構えていた。
「王女様。」
侍女が柔らかく微笑む。
「ずいぶんと上機嫌でいらっしゃいますね。」
「え?」
「そ、そんなことは。」
慌てて否定すると、侍女はくすりと笑った。
「幼い頃からお仕えしておりますから。」
「王女様のお顔を見れば分かりますよ。」
思わず頬へ手を当てる。
「そんなに……顔に出ていますか?」
「ええ、とても。」
恥ずかしくなって両手で顔を隠した。
「もう……。」
侍女は優しく微笑む。
「今日の王女様は、とても可愛らしく見えます。」
「か、からかわないで。」
「ふふっ、からかってなどおりません。」
そう言って侍女は、小さな硝子瓶を取り出した。
「こちらを。」
「……これは?」
「花の香油です。」
「湯上がりにほんの少しだけ。」
「とても優しい香りですよ。」
硝子瓶を見つめる。
「でも……。」
「私には少し華やかすぎるような……。」
侍女は首を横へ振った。
「そんなことはありません。」
「今日は特別な日でしょう。」
「少しだけ、普段とは違う香りを纏ってみてはいかがでしょう。」
「……。」
視線を落とす。
今日くらいは。
今日だけは。
王女ではなく――
一人の女の子でいても、許されるだろうか。
勇者様は。
あの人は。
少しでも、綺麗だと思ってくれるだろうか。
その考えに、自分で自分の顔が熱くなる。
「やっぱり……恥ずかしい。」
侍女は優しく笑った。
「好きな男性に会う前は。」
「女は皆、少しだけ勇気を出したくなるものなのですよ。」
「……そういうもの、なのでしょうか。」
侍女は小さく頷く。
「ええ。」
「きっと。」
その優しい一言に背中を押されるように、小さく息をついた。
「じゃあ……少しだけ。」
侍女は香油を一滴だけ指先へ取る。
「失礼いたします。」
ふわり。
花を思わせる優しい香りが、髪へ溶け込んだ。
そっと髪へ触れる。
「これくらいなら……。」
侍女は微笑んだ。
「きっと勇者様にも、お似合いだと思っていただけますよ。」
思わず照れくさく笑ってしまう。
鏡へ映る自分を見る。
いつもの私。
だけど、ほんの少しだけ違う。
胸の高鳴りだけは隠せなかった。
「……行ってきます。」
侍女は深く一礼した。
「どうか、素敵な夜になりますように。」
小さく頷き、微笑み返す。
そして静かに部屋を後にした。




