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第十一話 祝福【前編】

 豊穣祭の熱気を背に、俺たちは王城へ戻った。


 王都にはまだ祭りの喧騒が残っている。


 人々は酒を酌み交わし、笑いあい、今年も豊穣に恵まれたことを女神へ感謝していた。


 その歓声を遠くに聞きながら、俺と王女は静かに城門をくぐる。


 王女の姿を見た兵士たちが、一斉に姿勢を正した。


「王女殿下、お帰りなさいませ!」


 その声が城内へ響く。


 俺は軽く頷き、王女と並んで謁見の間へ向かった。


 重厚な扉がゆっくりと開く。


 赤い絨毯の先。


 玉座には、一人の男が腰を掛けていた。


 白髪が少し混じり始めている。


 それでもなお、その身体は大きく、厚い胸板と鍛え上げられた腕は年齢を感じさせない。


 静かに座っているだけなのに、張り詰めた空気が広がる。


 若き日に幾度も戦場へ立ち、この国を守り抜いた王。


 その武勇は幼い頃、何度も聞かされてきた。


 だからこそ分かる。


 この人は、本物の武人だ。


 俺は片膝をついた。


「陛下、戻りました。」


 王はゆっくりと立ち上がる。


 それからしばし俺を見つめると、大きく息を吸い――。


「はっはっはっは!」


 豪快な笑い声が謁見の間へ響いた。


「顔を上げよ、勇者よ!」


 俺が顔を上げると、王は満面の笑みを浮かべていた。


「よく帰ってきてくれたな。」


 王は穏やかに微笑む。


「本当は、お前が王城を旅立つ前に礼を言うつもりだった。」


「だが、お前には勇者としてまだやるべきことがあると、我が娘から聞いていたのでな。」


「ならば、お前がその務めを果たし、城へ帰還してから伝えようと思ったのだ。」


 王は真っ直ぐ俺を見つめる。


「世界を救ってくれた英雄へ――心より感謝する。」


 その言葉に、胸が少しだけ熱くなった。


 俺は一つ頷くと王へ向き直り、王女と共に旅の報告を始めた。


 王は途中で口を挟むことなく、最後まで俺たちの言葉に耳を傾けていた。


「……そうか。」


 静かに頷くと、王は王女へ視線を向ける。


「よく無事に帰ってきたな。」


「はい、お父様。」


 王女が微笑む。


 その笑顔を見た王は、どこか安心したように目を細めた。


「旅へ出る前より、よく笑うようになった。」


「……え?」


「あの時の……昔のお前を思い出す。」


「木に登っては泥だらけになり、侍女を困らせていた頃をな。」


「お、お父様!」


 王はまた豪快に笑った。


「はっはっは!」


「今思えば、あの頃のお前が一番自由だった。」


 王女は照れくさそうに俯く。


 俺も自然と笑みがこぼれた。


 王は、娘の笑顔をしばらく見つめていた。


 穏やかに目を細め、小さく頷く。


 そして再び俺へ向き直る。


「勇者よ。」


「一つ、頼みがある。」


「はい。」


「王女を……娘を、妻として迎えてはくれぬか。」


 静寂が流れる。


 俺は王女を見る。


 王女も俺を見つめ返していた。


 王は続ける。


「王として見れば、勇者と王家が結ばれることは国にとって大きな意味を持つ。」


「だが。」


「今この願いを口にしているのは、この国の王ではない。」


 穏やかな笑みを浮かべる。


「一人の父親だ。」


「わしは、娘をお前に託したい。」


 俺はしばらく考えたあと、静かに口を開いた。


「陛下。」


「返事をする前に、一つだけお願いがあります。」


「うむ、申してみよ。」


 俺は隣に立つ王女へ目を向ける。


「王女殿下と、二人だけで話す時間をいただけませんか。」


 王は一瞬だけ目を丸くした。


 そして、大きく頷く。


「ふむ、よかろう。」


「行ってこい。」


「ありがとうございます。」


 俺は頭を下げ、王女とともに謁見の間を後にした。


 城の中庭。


 祭りの音が遠くから聞こえてくる。


 夜風が心地よかった。


 しばらく二人とも黙って歩く。


 先に口を開いたのは俺だった。


「王女。」


「さっきの話。」


「……はい。」


「本当に、お前は望んでいるのか。」


 王女はすぐには答えなかった。


 夜の風だけが二人の間を通り抜ける。


 やがて小さく息を吐き、俺を見つめる。


「……旅へ出る前の私なら。」


「迷わずこの国の為に、『もちろんです』と答えていたと思います。」


 俺は黙って続きを待った。


「でも、今は違います。」


「私はもう。」


 王女は俺を真っ直ぐに見つめる。


「自分を犠牲にしようとは思っていません。」


「勇者様と旅を共にして、色んなことを学ぶことができました。」


「誰かを守ることと、自分を捨てることは違うんだと。」


 王女は俺に一歩近付く。


「私は。」


「王女としてだけではなく、一人の人間として、あなたと一緒に生きていきたい。」


 その一言だけだった。


 十分だった。


 俺は自然と笑みがこぼれていた。


「そうか。」


「その言葉が聞けて良かった。」


 王女も微笑む。


「では。」


「お父様に報告をしに行きましょうか。」


「ああ。」


 二人並んで謁見の間へ戻る。


 扉を開けると、王は腕を組んで待っていた。


 俺たちを交互に見つめる。


 その表情は、どこか安心したように穏やかだった。


「話は済んだようだな。」


 俺は頷く。


「陛下。」


「俺たちは――」


 そこまで言いかけた時だった。


 王は豪快に笑った。


「話はあとだ!」


「まずは風呂へ入るぞ!」


「……え?」


「お前たちは旅から帰ったばかりで、埃まみれではないか!」


 王は俺の肩を豪快に叩く。


 かなり痛い。


「勇者よ!」


「今日は男同士、裸で語り合おうではないか!」


 思わず王女と顔を見合わせる。


 王女は困ったように笑い、小さく肩をすくめた。


「……昔から、こういう人なんです。」


 俺も苦笑するしかなかった。


「陛下、参りました……。」


 こうして俺は、国王と共に湯殿へ向かうことになった。

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