↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/37

第九話 帰路

 古代神殿を出ると、柔らかな陽光が俺たちを包んだ。


 長い間閉ざされていた空気とはまるで違う。


 頬を撫でる風が心地よかった。


 俺は思わず空を見上げる。


 突き抜けるような空は、どこまでも青く澄んでいた。


「いい天気ですね、勇者様。」


 隣を歩く王女が、小さく微笑む。


「ああ。」


 短く答える。


 それだけで十分だった。


 魔王を倒した。


 神託も果たした。


 長い旅はこれで終わりなんだ。


 そう思うと、張り詰めていた糸が少しだけ緩んでいく。


 俺たちは石段を下り、ゆっくりと王都への道を歩き始める。


 しばらくは、お互い何も話さなかった。


 沈黙が苦にならない。


 そんな静かな時間だった。


 ふと、俺が隣に目をやると、王女は空を見上げていた。


「……本当に、平和になったのですね。」


「ああ。」


 俺も頷く。


 これからは、誰も魔王に怯えることはない。


 ずっと平和が続くはずだ。


「勇者様が、この国を救ってくださいました。」


 その言葉に少し照れくさくなって、俺は苦笑する。


「……よかったな。」


「はい。」


 王女は嬉しそうに頷いた。


 しばらく歩いたあと、不意に王女が呟く。


「私は、皆さんが笑顔で暮らせるのなら、それで十分です。」


 その言葉に、俺は足を止めた。


「……王女は。」


 王女は少しだけ驚いたようにこちらを見る。


「お前は、それでいいのか。」


 王女は優しく微笑んだ。


「私は王族ですから。」


 その答えは、あまりにも自然だった。


「国の民を守ることが、私の務めです。」


 少しだけ間を置き、


「必要なら、私一人が犠牲になればいいのです。」


 静かにそう言った。


 その声には迷いがなかった。


 俺は言葉を失う。


 そんなことを言う奴じゃなかった。


 昔のお前は――


   ◇


 俺がまだ子どもだった頃。


 母は、俺を産んですぐに亡くなったらしい。


 父はというといつも働いていて、家に居ないことの方が多かった。


 だから、一人で過ごすことが当たり前だった。


「おい。」


 突然、後ろから声がした。


 振り返ると、俺よりも年上の子どもが三人立っていた。


 近所でいたずらばかりしているような、絵に書いたような悪童たちだった。


「お前の母ちゃん、お前を産んで死んだんだろ。」


「お前なんか、生まれてこなきゃよかったんだ。」


 下卑た笑い声が響く。


 この場から逃げようと、俺は一歩下がる。


 だが、一人が回り込んできて道を塞いだ。


 気付けば囲まれていた。


 悔しかったことを覚えている。


 でも、何も言い返せなかった。


 その時だった。


「やめなさい!」


 突然、頭上から声が響く。


 俺たちは思わず見上げる。


 大きな木の枝の上に、女の子が一人立っていた。


「えっ……。」


 次の瞬間。


 その女の子は枝を蹴り、ためらいもなく飛び降りる。


 金色の髪がふわりと舞う。


 音も静かに着地すると、そのまま俺たちの前へ立った。


「みんなでよってたかって一人をいじめるなんて、ぜったいにだめ!」


 悪童たちは驚いたように顔を見合わせていた。


 そして舌打ちをすると、そのまま走り去っていった。


「……ふぅ。」


 女の子は安心したように息を吐き、俺の前でしゃがみ込む。


「大丈夫?」


 そう言って微笑む女の子。


 その笑顔は、春の日差しみたいに温かかった。


「……なんで助けてくれたの?」


 その言葉に女の子はきょとんとした顔をしたが、すぐに笑った。


「だって、困っている人は放っておけないもん!」


 何の迷いもなく。


 まるで当たり前のことを言うように。


 そう言って女の子は、俺に手を差し伸べる。


「ほら。」


 その手を取る。


 俺よりも小さな手だった。


 でも、不思議なくらい温かかった。


「……ありがとう。」


 そう言うと、女の子は嬉しそうに笑った。


「うん!」


 その笑顔があまりにも眩しくて。


 俺はしばらく見とれてしまった。


 名前どころか何も知らない。


 それでも――


  あの日見た笑顔は、今でも忘れられない。


   ◇


 気付けば、王女は少し先を歩いていた。


「勇者様?」


 その声に、俺は我に返る。


「ああ、悪い。」


 俺たちは再び王都への道を歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。