9.見つからない婚約者
「まだ見つからないのか!」
バンッとユージュは激しく机を叩いた。
その音に報告に来た騎士がビクリと肩を震わせる。
「申し訳ございません。痕跡が赤の森で消えており、森を抜けたのか、まだ中に潜伏しているのかすら特定するのは難しい状況でして・・・。」
「くっ・・・もう1週間だぞ。なのにまだ何も掴めないとは。」
情報の収穫のなさにギリギリと歯噛みする。卓上に広げた地図を見下ろし、地図に入った✕マークを睨みつけた。
デジール家の馬車が発見された場所を中心に捜索範囲を広げ、✕マークを書き込んでいるが赤の森の中だけが思うように捜索できない。惑いの森、血塗れの森、複数の呼び名がある、いわくつきの森は奥に入れば入るほど平衡感覚がわからなくなる。捜索隊が送り込まれたが迷い一晩中森を彷徨った挙句、元の場所に戻ってしまっていた。
どうすればアイリスを探し出せるのか。焦燥感ばかりが強まっていく。
「アイリス。一体どこでどうしているんだ。無事なのか・・・。」
ユージュは城から出ることを許されず、こうしてアイリスの捜索隊の者達からの報告を待つしかなかった。大切な婚約者の行方が知れず、碌に眠ることもできない。目の下には隈が色濃くできていた。
「殿下、お休みになっては・・・。」
「アイリスが見つからない限りは無理だ。どうせ眠れない。」
ひどい顔のユージュに皆が休めと言う。だが、どうして休むことができようか。アイリスを探しに行くことができたらと考える一方、自分一人が行ったところで一体何ができるのかと無力さを感じていた。
(アイリス、一週間も一体どこに。無事なのか。きっと怖がっているだろう。泣いていないだろうか。あぁ、すぐに抱きしめて安心させてやりたい。)
コンコンとドアをノックする音がして侍従が入室する。
「失礼致します。ユージュ殿下、デジール公爵家より至急の手紙を預かりました。」
ユージュが捜索隊の騎士と捜索範囲について話し合っていると侍従が手紙を手に入室してきた。
アイリスが行方不明になったとの報せを受けたあとにアイリスの父であるドートンにも行方不明時の詳しい状況を聞きたいと面会の希望を出したが、すげなく断られていた。デジール公爵家は公爵家独自の騎士団を持っており、それを派遣し王家とは別に捜索を行っているようだった。
ユージュは侍従から手紙を受け取り、中を確認するとすぐさま立ち上がった。
「すぐにデジール公爵家へ向かう。公爵にはすぐに伺うと早馬をだせ。」
デジール公爵家からの手紙にはすぐに来訪してほしい旨が書かれていた。
何か進展があったのだろうか。ユージュを呼び出すことからも緊急性が高そうなため、ユージュはすぐに準備をさせた。
早馬とそう変わらない時間差でデジール公爵家に到着すると、すぐに家令がユージュを応接間へと通した。
部屋にはまだ当主のドートンの姿は見えず、侍女が一人いたがユージュにお茶を出すと退室してしまった。ポツンと一人待たされお茶を飲む気にもなれず、落ち着かずにソワソワと待つ。
やがてノックもなく突然ガチャリとドアが開かれ、ドートンが大変不機嫌そうな顔で入室してきた。
いつも思うがアイリスの父親とは思えない程、ドートンとアイリスは似ていない。アイリスはピングブロンドの髪にシトリンの瞳だが、ドートンは赤銅色のくせ毛に燃えるような赤い瞳だ。今はくせ毛は後ろ手に撫でつけられている。
一見、そうとは見えないがアイリスが以前「父様はくせ毛なんです。毎朝、爆発する髪の毛に苦労されているの。」と、クスクスと笑いながら教えてくれたため知っていた。
こっそりと内緒話をしてくれるアイリスが大層可愛かった。
ユージュは立ち上がりドートンからの呼び出しではあるが、突然の来訪を詫びる。ドートンは気にする様子もなく相手は王族だというのに不遜な態度でフンと鼻を鳴らすと、ソファーにドカリと座って大きなため息をついた。
「殿下、アイリスの行方ですが、何か情報は手に入りましたか?」
痛いところを突かれた。一応、殿下とは言っているがユージュにはお前と言っているように聞こえた。これは確実に怒っている。
何も答えられないユージュにドートンはわざとらしく再度大きなため息をつく。
「何もわかっていないのか。王家と言えども大したことはないな。」
ストレートにぶつけられたが、その通り過ぎて何も言い返せなかった。
「申し訳ない。手を尽くしてはいるのだが。」
しばしの沈黙のあと、ドートンは何も言わずにソファーから身を乗り出しテーブルの鈴を鳴らす。
今の場の雰囲気にはそぐわないチリンと可愛らしい音が鳴り、ドートンの執事が手に収まる程度の箱を持って入ってきた。
ユージュとドートンはテーブルを挟み対面で座っている。その間のテーブルの上に箱がコトリと置かれる。
箱は黒漆で塗られており、所々に蝶や花の精巧な彫装飾が施されている。小さな宝石も埋め込まれているのか小さくキラキラと光っている部分も見える。鍵で開けるものらしく、箱の横に置かれた鉄製の鍵には紋章が彫られているのが確認できた。
ユージュはその紋章に見覚えがあった。
光り輝く杖とそれを持ち、祈りを捧げる聖人の紋章は隣国のガヨ国王家のそれだ。
「これはガヨ国王家の紋章では?」
「そうです。ガヨ国に嫁いだ私の姉の文箱です。」
「公爵の姉君の?それがどうしてここに?」
アイリスのことで呼ばれたのではなかったのか?ユージュが返答を待っていると、ドートンはテーブルの上の文箱をそっと持ち上げ自分の膝の上に置いて撫でた。
ひどく優しく大切そうに撫で、今までの不遜な態度が少し柔らぐ。
(公爵の姉君、、、ガヨ国の第2王子に嫁がれたアネーロ様か。アイリスのことと、一体なんの関係が?)
「殿下はアイリスを愛しておられるか。」
文箱を撫でていた手を止めたドートンが文箱ともアイリスの捜索とも関係のない質問をしてきたことに驚いた。何故このタイミングでアイリスへの気持ちを確かめる必要があるのか。
ドートンにはユージュがまだ掴めていない情報があるのだろうか。それにしても質問の意図が掴めない。
だが、ユージュには考える間も不要な質問のため、さらりと答えた。
「もちろんだ。初めて会った時から私の心にはアイリス嬢しかいない。」
迷うことなき視線と言葉で返すユージュにドートンはしばらく何か考えるように逡巡し、やがて諦めのような溜息をこぼす。
「王家からアイリスに婚約の打診があった時、私は当初、断るつもりでした。」
ドートンの娘溺愛は有名だ。ユージュも最初は断られることを覚悟していたし、実際にそのような態度を向けられていた。まぁ、諦めず粘り勝ちだったが。
「あぁ、初めて会った茶会の時の奥方の態度からも、そのような心積もりであることはなんとなくわかっていた。私とあまり交流しようとしなかったからな。」
「そうでしょう。あれにはあまり殿下には近付かないように言い含めておきましたから。」
まぁ理由は言ってはいませんが、とドートンは視線を落として再度文箱を見つめ、鍵を手に取った。
そのまま鍵穴に差し込み、カチャリと音がして蓋が開けられる。中には複数の手紙が入っているようだった。大切に取り扱うようにそっと手紙の束をを取り出す。その中に写真が一枚紛れ込んでいた。その写真を取り出し、しばらく眺めた後にユージュに差し出してくる。
見ろということだろうか。ユージュは少し古びた写真を慎重に受け取り確認する。
そこには一人の女性が写っていた。白黒で少しぼやけているため昔の物であることがわかる。
肖像画のように手を揃えて椅子に座る、まだ少女とも言える幼さの残る女性は真っすぐにこちらを見つめ緩く微笑んでいた。その顔を見てユージュははっと息を呑む。
「これは・・・よく似ている。」
白黒写真のため、髪の色や目の色はわからないが面差しが非常にアイリスに似ていた。
「それは、私の姉、アネーロのデビュタントの時の写真です。」
ユージュはもう一度写真を見る。本当にアイリスによく似ている。瓜二つと言ってもいいくらいだ。
「殿下、私は殿下に隠していることがあります。今日来ていただいたのは私の秘密を聞いていただくため。」
「秘密?」
アイリスの秘密ということだろうか。
「それはこの度の事件と関係があること、ということか?」
「恐らく。」
「父は・・・国王は知っているのか。」
「いいえ。言っておりません。これは殿下にのみ聞いていただきたいと思っている。」
ドートンの視線が鋭くユージュを突き刺す。まるでお前に聞く覚悟があるのかと、話すだけの価値があるのか探られているようだ。
ユージュは膝の上の両の手が一瞬ぶるりと震えたのを悟られないよう、ぐっと握りしめ姿勢を正す。
価値がないと判断されればアイリスとの婚姻は叶わないだろう、この公爵はそれほど甘くない。いらないと判断したものは容赦なく排除する方だ。例えそれが王子だろうと変わらない。
「聞かせてくれ。私はアイリス嬢を愛している。今、公爵が私にその秘密を明かす必要があると判断したのならば、それはアイリス嬢を探す手掛かりになる可能性がある。私は何としてでも彼女を探し出したい。」
だから、と、ユージュは姿勢を正して真っすぐにドートンを見る。
「私に教えてくれないだろうか。」
ユージュの覚悟を受け取ったのか、ドートンは言葉を発することなく頷き、ふと視線を下ろして封筒に書かれた姉の筆跡を指でなぞった。真面目で几帳面な姉らしく、お手本のような美しい字だ。
その時、ユージュには見えなかったがドートンのまつ毛がふるりと震えた。
わからないよう細く長く息を吐き出す。
そこには一人抱えてきた秘密を明かすことへの不安と僅かな安堵が紛れていた。




