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私がしてもいいですか?  作者: かちこ


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4.愛おしい婚約者


ユージュがアイリスと初めて会ったのは王家主催の茶会という名のユージュのための交流会であった。

7歳になり友人はもちろんだが将来的な側近、婚約者候補を見定める目的もあった。


ユージュは第1王子であり、将来は国王となるため皆の期待を背負っている。幼いユージュもそれを理解していたため、茶会が少し気重だった。


1人、2人と貴族の子息、息女が到着しユージュに挨拶をする。

表面上はにこやかに対応し、挨拶を交わす。

だが、腹の中では目の前の子供の父親がどの派閥に所属しどのような立ち位置なのか、国王、王妃との関係性なども考慮し近付くべきか、そうでないかと考えていた。両親は友達を見つけておいでと緩く言うに留めていたがユージュは7歳にしてすでに達観している節があった。


母からはつまらない、もっと子供らしくと言われ、父からは頼もしいと褒められた。

ユージュはユージュだ。子供らしくと言われても比較する者が周囲にいない。

大人達に囲まれ育ってきたユージュは大人達の目的を正しく理解し茶会で見定めようとした。


ユージュのもとに次々と貴族達が挨拶に訪れ、一言、二言と言葉を交わす。子供の背後には父親もしくは母親が連れ立っており、そちらにも気を遣う必要がある。皆が王子の気を引こうとあれやこれやと話し出すため、適当な時間で傍で控える者が失礼のないように話を止めてくれて助かったが次から次へと待機している貴族の列を捌いていく光景は流れ作業のようでつまらなかった。


(皆が同じ顔に見えるな。)


子供も大人達によく言い含められているのだろう。何か成果を残そうと媚びへつらう顔がまだ子供な分、露骨にわかってしまい大人のそれと重なる。子供も大人も醜悪に見え、ユージュは自分の身分故に仕方がないと理解しつつもこんなものかと興味を削がれていた。


失礼にならない程度に俯き、そっとため息をつく。





「デジール公爵家アイリスがご挨拶させていただきます。」


デジール公爵家といえば三大貴族のひとつで今代の当主は若くして当主の座につき、切れ者で容赦のない部分があるものの、特に黒い噂もないと聞く。


そう言えば娘がユージュの1つ下の年齢だったか。娘が挨拶に来たと言うことは婚約者候補にということだろうか。流れ作業に飽きて思わず俯いていたが、声に反応し作り笑顔を貼り付けてから顔を上げた。



視界に飛び込む淡いピンクと黄色の宝石に息を呑んだ。

息を吸うことも吐くことも忘れ目の前の女の子に釘付けになった。


サラサラと揺れるピンクブロンドには名前と同じアイリスの花の飾りが着けられ、長いまつ毛にも隠されることなく美しいシトリンのような瞳が緩く弧を描いている。白くてスベスベとした肌、小さな唇。髪の毛に合わせた淡いピンクのドレスにはアイリスの花の刺繍が施され、身に付けている装飾品にはシトリンだろうか目の色によく似た淡い黄色の宝石が小さく輝いている。

派手ではない、どれも優しい色合いで控え目な主張。それがアイリス本人を一層際立たせている。


相手を黙って直視することは失礼にあたるがユージュはこの可愛らしい女の子をいつまでも見つめていたい気持ちになった。


無言が続き、挨拶をしたアイリスがユージュからの挨拶をもらえないことに少し戸惑った顔をした。


「殿下、ご挨拶を。」

傍に控える付人がユージュに挨拶を促し、はっと我に返った。


「・・・茶会にお越しいただき、心より御礼申し上げます。どうぞゆっくりと・・・いえ、末永くここで過ごしてください。」


「・・・?」


はて。この王子、今何て言った?


「あっ、いえ。どうぞゆっくりとお過ごしください。」


心の声が出てしまった。慌てずに言い直す。

ユージュのよくわからない返答にアイリスがとりあえず挨拶を無事に終えたと安堵の表情をして一礼し、場から下がる。


下がった先で茶席に着き、付き添いの母親に褒められているところまでユージュの視線は釘付けだった。

傍に控える付人が咳払いをする。


「殿下、見過ぎです。」


はっと気付き顔が赤くなった。


まさに一目惚れだった。自覚した瞬間、アイリス以外の女子はただのじゃがいもやキャベツになった。

たくさんの野菜の中で輝くアイリスを凝視しないように必死に盗み見する。


何度か付人に咳払いをされたがどうでもよかった。


(この瞬間に頭の中でアイリスと結婚式をするところまで想像してしまった。)


成長したアイリスとユージュが手を繋ぎ、花や鳥が舞う教会で頬を染めて寄り添い歩く姿が頭を駆け抜けた。


(まずい、このままでは子供が産まれてしまう。)


7歳のユージュはすでに大層ませていた。

止まらぬ妄想、いや想像を無理やりに止めアイリスを盗み見る。


茶会が始まり、いくつかの野菜達と言葉を交わしてアイリスとも話をしようと近付こうとしたがデジール公爵家の守りは分厚く近付くことができない。侍女1と母親がアイリスを両側から取り囲み視界を遮ってしまっている。


ユージュが近付こうとすればアイリスの意識を逸らして場所を変えられたり、他の貴族達の群れに入ってしまう。それでも貴族の群れに近付こうとすればユージュと懇意になりたい貴族達に囲まれて肝心のアイリスには近付くことができなかった。

 


どうやらデジール公爵家はユージュ王子の婚約者にアイリスを推すことを視野に入れていないらしい。

アイリスの兄も連れてきていないことから側近も考えていないのだろう。デジール家ともなると王家との繋がりや威光は必要ないということか。

この度の茶会は王家の顔を立てるため、仕方なく出席したのだろう。


ユージュは舌打ちをしたくなった。あちらにその気がない上に先程の挨拶でアイリスがユージュを意識した様子もなかった。完全にこちらの一目惚れであり片思い状態だ。ならば、こちらが策を講じねばならない。

だがユージュはまだ7歳だ。王子といえども力はない。


結局、茶会では最初の挨拶以降アイリスと話をする機会は訪れなかった。


子供というのは単純だ。困ったら両親に頼ればよいと考えがちだ。ユージュも両親に頼ろうとすぐに考えた。だが、ユージュの思考は色々と大人びていた。父と母を頭の中で並べ、より御しやすいのはどちらかと考え、満場一致で父である国王を獲物に定めた。子供特融の無邪気さで色々な場所に忍び込み、情報をいくつか仕入れていてよかった。


(父上は今は執務室か。)


茶会が終わったその足で国王の執務室へと向かう。


「父上!結婚相手を見つけました!いつ結婚できますか?」


バンッと勢いよく執務室の扉が開けられ、飛び込んできた息子の口からとんでもない言葉が飛び出したことに驚いた国王は、重要な書類にサインをしようとして持っていたペンからボタリとインクが垂れたのに気付かなかった。

垂れたインクで汚れる書類に傍で控えていた文官の顔が青褪める。


「ユッ、ユージュ、今なんと言った?」


国王のペンからボタボタとインクが垂れる。国王はそれに気付かず、文官の顔がさらに青褪めた。


「ですから、結婚相手を見つけたと言ったのです。すぐにでも婚約をしたいのですがいつできますか?」

「待て待て、早すぎる!ちょっと気になる子がいたなぁくらいを期待してはいたが結婚相手だと?」


お前、そんな直感型だったか?とツッコミたいのを抑え、国王はやっとペンを置いたが汚れた書類は見なかった。


文官はボタボタとインクまみれの書類の修復を諦め、書き直しの算段をしながら深々とため息をついた。そして自分が聞く話でもないだろうと執務室から退出した。


執務室には父と息子の二人きりとなった。


国王がこほんと咳払いをして姿勢を正す。


「それで、ユージュ。結婚相手を見つけたと先程言っていたがどこのご令嬢だ?」

「はい。アイリス・デジール嬢です。」

ちなみに一目惚れです。と、どうでもよい情報も付け加えられた。あの子供らしくないユージュが照れていることに国王は驚く。それとともに息子から伝えられたデジールという言葉に国王は顔をしかめた。


「デジール・・・ドートン・デジールか・・・。」

「父上、どうかされましたか?」

「いや、お前は気にせずともよい。」


ウィステリア国王であるズィキ・ウィステリアはアイリスの父親であるドートン・デジールとは同じ貴族学校の先輩と後輩だった。ズィキの方が後輩であり、12歳から6年間、王子と公爵家子息という近い立場のため自然と付き合いが多く一時はズィキの側近候補であった。学校では先輩であるドートンに何かと絡まれることが多く、悪夢のような日々が思い出された。

それはまたいつの日にか語るとして、ズィキはドートンが苦手だった。


自己中心的で己の利益となることには貪欲でズィキが立太子しようとも、王位継承しようともドートンは表面上の態度は改めても内心の態度は全く変わっていなかった。言葉巧みに自分がやりたいようにズィキを動かしほくそ笑んでいる。切れ者で容赦のないところがある男はズィキが国王になっても容赦なかった。


何度ドートンの術中にはまったことか。この男の方が国王としてふさわしいかもしれないと落ち込んだこともあったが、恐らくドートンが国王となったらこの国は滅ぶだろう。


ドートンは己がしたいように駒を進め、いらないと判断したものは容赦なく排除する節がある。粘着質で欲しいと思ったものは必ず手に入れるし手放さない。絶対に敵対したくない男だった。


できるだけ刺激しないように関わってきたというのに、まさかユージュがドートンの娘に一目惚れするとは。

あの男の妻と子供への溺愛は有名だ。害をなそうものなら地の果てまで追われ、骨も残らないだろう。実際にそうなって没落した貴族をいくつも見た。

そんな男の娘・・・・婚姻を結びたいなどと言ったらどうでるかわからない。そもそも、王家との婚姻を望むならユージュが産まれた時点で打診があるはずだ。それが三女が産まれようとも何も動かないところをみるに、あちら側は全く望んでいないことになる。



「・・・ユージュ。どうしてもドートン家の令嬢がよいのか?他の「アイリスがいいです。」」


息子が前のめりにかぶせてきた。


「いや、だが他にも素敵な令嬢が「アイリス以外は野菜です。」」

「え、野菜?」

「アイリスを見た瞬間から他の令嬢は野菜です。顔の認識ができません。なのでアイリスと結婚するしか方法がありません。私は野菜と結婚したくないので。」

「そっ、そうか。野菜・・・・。」

おかしい、息子と話が通じない。

「とりあえず、お前の気持ちはわかった。デジール公爵家に連絡をとってみよう。」

「本当ですか!?ありがとうございます、父上!」


打診するとは言いたくなかったため、連絡を取るという事にしてとりあえずユージュを納得させ、あとはのらりくらりと逃げるつもりだった。やはり、ドートンとは関わりたくない。


「父上、ちなみにのらりくらりと逃げるつもりでしたら止めた方がいいですよ。私はアイリスと結婚できないのなら廃嫡を望みます。もしくは結婚などしませんので子供は諦めてください。」

「なっ!お前!」

「私の決意は絶対に変えません。廃嫡でしたら私は一人っ子ですので母上にもう一人お子を産んでもらった方がいいかもしれません。」


では、失礼いたします。と、固まる国王を尻目にユージュは執務室をあとにした。


その夜、国王は王妃に今日の事を話す他なく、説明したが聞いた王妃は「もう一人子供など!」と青褪め倒れてしまった。

自分が拒否されたようで国王はショックを受け、まだ若いのに薄毛を隠すために使用しているカツラがずれた。



それからもユージュは毎日どころか朝昼晩と婚約はどうなったのかと詰め寄ってくる。

知らぬ間にズィキの私的財産の情報も掴んでいる息子に恐怖を覚え、それを王妃にもバレそうになった。訪れる夫婦の危機に更なる恐怖を覚え、これは本気だと悟った。そして、とうとうドートンを呼び出す羽目になった。


呼び出しの理由もわからないくせに、すでに面倒くさいと顔にかいてあるドートンをソファに座らせ、茶を振る舞う。何故か国王の方が恐縮しており、もてなしている。


どう話を切り出そうかと悩み、末の娘に婚約者がいるのか?と聞いただけでドートンは全てを察したらしくニヤリと笑った。


「そういえば先日、王家の茶会に参加したと言っていたな。」


あぁ、だからこの男が苦手なのだ。

ダラダラと脂汗を流す国王を前に余裕綽綽のドートンはゆったりとソファに座り直す。


「私の娘は高くつくぞ。」


娘を愛しているくせにそのような言い方をする。だが、この男はそういう男だ。

溺愛している娘ですらドートンの盤上の駒でしかない。


「・・・できるだけ意に添えよう。」


こうして、国王の財産と毛髪を犠牲にしてどうにかこうにかアイリスとユージュの婚約が成立した。


ユージュは舞い上がった。アイリスが婚約者。未来の王妃、お嫁さん。妻、奥さん、あぁ、早く『あなた』って呼ばれたい。


ユージュの熱量とは違い、アイリスは出会った頃から変わらない。

何を考えているかわからない微笑みを崩さず、ユージュに対しても他の使用人に対しても同じように接する。


ユージュはアイリスの一番になりたかった。少しずつ、一番に近付けばいい。アイリスとの婚約は決定しているのだから。そう思って日々アイリスに愛を伝えている。

アイリスにいつか「あなた」と呼ばれる日を夢見て。




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