3.初めてのことだらけ
気付くとアイリスは知らない部屋のベッドに寝かされていた。 木の板が貼られただけの壁、窓はあるがカーテンなどなく格子がはめられている。 アイリスが1人寝られるだけの小さな木のベッドは起き上がると頼りなくギシリと音をたてて揺れた。枕も布団も肌触り悪くペラペラだ。 アイリスは初めて触れる肌触りに興味津々だった。
「ザラザラだわ。」
ツルツル、サラサラ、スベスベならよくわかるが手に当たるなんとも言えない引っ掛かる感じが面白かった。 アイリスは周囲の物を余すことなく触った。
ついでに匂いも嗅いだ。 木の匂いはわかる。だが、なんだろう少し香ばしいような、でも変な匂いがする。酸味の強い匂いもある。好きかと問われれば好きではない。
「はっ!もしかして臭いってこれかしら。」
すりすり、ふんふん、すりすり、ふんふん。
端から見たらただの変人、異常者だが、誰もいないためツッコめない。 アイリスは少しクセになる匂いを思う存分堪能した。
「初めての体験ね。」
ひとしきり体験して満足したら、今度はお腹からキュルキュルと音が鳴って驚いた。
「お腹が鳴き声をあげたわ。え?もしかしてこれが空腹!?」
自分のお腹を触ってみるが何も変化はない。
「どうしましょう。空腹ってお腹と背中がくっついちゃうって聞いたわ。それは困るわね。」
誰もいないためこれにもツッコめないがアイリスは至って真面目に考えている。 目を覚ましてから初めてのことだらけ、わからないことだらけでつい脱線してしまったが誰か使用人がいるのではとアイリスは1つだけあるドアに向かった。
失礼があってはいけないので、きちんとノックをする。
「申し訳ございません、どなたかいらっしゃいませんか?」
待つが返事がない。アイリスは何度かノックを繰り返したが反応がなかった。どうしようかと考えドアノブに手を伸ばすとガチャリと回った。
「初めてドアを開けたわ。」
感動するところがそこかよと誰もツッコめない。 ギギギギと立て付けの悪いドアが不機嫌そうに音を立てながら開いた。
そーっとアイリスが外を覗くと真っ黒な2つの目と目が合った。
「きゃっ!!」
驚いて1步、2歩と後ずさるとドアがさらにギギギギと音を立てて男が入ってきた。
先頭は今が目が合った黒目、黒髪の男だ。 無造作に切り揃えただけの髪をかき上げ、後ろで雑に皮紐で結っている。埃や汚れがあちこち付着したヨレヨレの麻の服から覗く素肌には入れ墨か彫られている。剣だろうか、武器を腰に携えているのも見えた。
もう1人は茶色の髪の毛を刈り上げた短髪にルビーのように赤い瞳だった。
黒髪の男と同じような服装でこちらにも入れ墨が見える。
(入れ墨だわ!海賊!?山賊もあり得るわ!すごいわ!本で読んだみすぼらしい姿ってきっとこれね!)
興奮が止まらないアイリスは口に手を当て有名人に会ったかのようにあわわわと震えている。
みすぼらしい姿ってどんな本を読んだんだと、もちろんツッコむ者はいない。
震えるアイリスを見た男達は自分達のことが怖いのだろうと優越感に浸る。
「お嬢ちゃん、あんたにゃ悪いがもう家に帰すことはできねぇ。さて、行き先が決まるまでしばらくここに居てもらうがおかしなことは考えるなよ。」
ニタニタと黒髪の男が笑う。
(まぁ!まぁまぁまぁ!ザ・悪役のセリフだわ!実際に聞けるなんて!あぁ、興奮する!)
ファンサービスを受けたような気持ちだ。アイリスはますます歓喜で震える。
「あっあの、私、もう帰れないのですか?」
男達にはフルフルと怯え震えるアイリスが目に映る。実際は真逆だが。
「そうだぜー。おっと、泣くなよ。泣いてもどうにもならないからな。次の指示が来るまでは大人しくしとけよ。」
「それまで、私のお世話はどなたがなさいますの?」
「あぁ!?する訳ねぇだろ、そんなもん!自分でやりな。」
「そ、そんな・・・・。」
茶髪の男が黒髪の男と同じようにニタニタと笑って言い放った言葉にアイリスは崩れ落ちた。
公爵家の令嬢であり、世話を常にされてきただろうアイリスがショックを受けているのだろうと思い、さらなる優越感に浸っていた。
アイリスは床に両手と膝をつき、深く深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
ちなみにこの恰好も産まれて初めてした格好だ。ちょっと膝が痛い。
「・・・・ありがとうございます。」
「あ?」
今、何と言った?と聞く間もなくアイリスの目が見開かれ、姿勢はそのままに二人の男を仰ぎ見た。
男達がヒッと驚いて体を引く。
アイリスはばっと胸の前で手を組み祈りのポーズで2人を見上げ、歓喜に震える声でもう一度お礼を言った。
とんでもなく早口で。
「ありがとうございます!帰らなくていいなんて、なんて素晴らしいプレゼント!私、こんな非日常初めてです!初めてのことがたくさん過ぎて歓喜に打ち震えております!触ったこともない嗅いだこともないものがたくさん!ドアを自分で開けられる日が来ようとは!さらに、さらに!自分のことは自分で行うなどと!こっ・・・こんな贅沢をしてよいのでしょうか!あぁ、神に感謝の祈りを捧げねば!ありがとうございます!」
感動の涙を流し、礼を伝えてくるなど今までただの一度もされたことがない2人は怖気づいた。
この女、イカレてる。
2人の男は肩を寄せ合い小声で話す。
「やばい、この女マジでヤバい。なんで礼言ってんだ。」
「俺、怖い。ドアも開けたことないって意味わかんねぇ。どんな生活してたらドア開けたことないなんてことになるんだよ。え、何、監禁されてたのかこいつ?」
「ボスに閉じ込めておけなんて言われたけど、どうしたらいいんだよ。とりあえずこのまま閉じ込めときゃいいのか?」
「俺に聞くな、わかんねぇよ。」
「・・・あの。」
2人がはっと声が掛けられた方を見ると、いつの間にか攫ってきた女がすぐ傍に立っていた。
ひっと怯える男達。
「なっ!なんだよ急に!驚くじゃねぇかよ!」
茶髪の男が黒髪の男に縋りつく。
アイリスは皆に女神のようだと言われた慈愛のこもった微笑みを二人に向けた。
「私、今まで常に侍女1~侍女10が傍に控えておりまして。自分の事など何一つさせてもらえませんでした。」
「おぉ、すげぇな。さすが?公爵家だな。」
「私はそれがつまらなかったのです。でも、ここでは自分の事は自分で行わなければならないのですよね?あぁ、心が躍ります!とても嬉しいです!」
がっと男たちの手を握りしめアイリスは満面の笑顔で言った。
「私、頑張りますね!」
ものすごい力で握られ、離れない。男達は上半身をできるだけ後ろに引いて距離を取ろうとする。
「どうぞ、よろしくお願いいたします!」
ドン引く男達とは正反対にアイリスの目は見たことがない程キラキラと輝いていた。




