2.いつもと違う日
ある日のこと、王城に招待されていたアイリスは馬車に乗り王城を目指していた。
侍女1と馬車に乗り、護衛3人と王城に向かう道中、人気のない森の近くの道で突然馬車が止められた。
ギギっと急に馬車が揺れ、衝撃で傾くアイリスの体をすかさず侍女1が支える。
「まぁ、どうしたのかしら。」
小動物でも飛び出したのだろうかと考えるアイリスとは違い、侍女1はアイリスの態勢を整えると素早く窓際に寄りカーテンを少し開けてチラリと外を確認した。その瞬間に侍女1の体にピリッと殺気が纏う。
「お嬢様、襲われているようです。」
小さな声で侍女が伝える。
「まぁ、それは・・・」
俯き、口元に手を当て震えるアイリスに侍女1はアイリスが怯えていると思い慌てる。
「大丈夫です。私が傍におります。お嬢様、姿勢を引くして頭を上げないようにしてください。」
侍女1はアイリスを励まし、自分の懐に手を忍ばせた。カチャリと暗器が複数見える。
侍女1は護衛もできる元暗殺部隊の隊員だった。
外で何やら怒声や何かがぶつかる音が聞こえる。
侍女1は暗器を持ち、殺気を纏わせたまま外の様子を伺っている。この場にいるのは護衛が3人と侍女1、そしてアイリスだ。襲われているのなら狙いは十中八九アイリスだろう。
アイリスはブルブルと体が震え、自分を抱きしめた。侍女1はアイリスが怯えていると思っているようだが俯く彼女の表情は見えていない。この時、実はアイリスの目はキラキラと輝き、口元は弧を描いていた。
(こっ、これが!これが非日常!)
いつもと違うことが起きている。起きて、食事を摂り、勉強して、お茶をしてと同じ毎日だった。ただ何の変化もなく繰り返す日常に飽いていたアイリスには恐怖という感情すら感じたことがない。今、自分が置かれている状況の深刻さなどわからない。そんなことは気にしない。いつもと違うことが起こったことの方が重要なのだ。
(どどどどうしましょう。どなたかしら。あぁ、外が見たい。見ては・・・駄目ね。侍女1の目が瞬きしていないわ。これは、確か興奮しているためだったかしら?あぁ、ずるいわ、侍女1だけ楽しんでいるなんて。でもなんだか言い出しにくいわ。)
ずれた勘違いをしているアイリスにはチラリと見た侍女1が殺気立っているのがわからない。頭を伏せろと言われたため従うしかなく、アイリスは外の様子がわからない。ならばと馬車の壁に耳を当て外の音を拾おうとした。
(ガチャガチャと激しくぶつかる音がするわ。あっ!叫び声もしたわ!どうしましょう、これが争いっていうものかしら!見れないなんて、なんてもったいないこと!)
何やら叫んでいるがよく聞こえない。
『令嬢が』とか『だせ』とか聞こえたような。
(胸が高鳴る。これがトキメキ!?)
口に出していれば、いや違うと否定できたが残念ながら全てアイリスの心の声だったため誰もツッコめない。
アイリスの情報源は授業で使う本とほんの少しの恋愛小説のみだったため偏りが酷かった。
ドキドキと高鳴る胸を押さえ、どうにかして外の様子を見ることができないだろうかと思案していた時、急に外の喧騒が止んだ。
侍女1に緊張が走る。護衛が襲撃者を抑えたのか逆なのか土煙で判別ができない。
緊張する手でカチャリと暗器を握り直し態勢を整えた。
ガチャン!!
馬車の窓が割れる音がして中に何かが飛び込んできた。シュウシュウと音を立て、あっという間に甘い香りが室内に充満する。
「しまった!お嬢様っ!!!」
侍女1は嗅いだことがある匂いに咄嗟に鼻と口を覆ったがアイリスはわからない。
吸い込んでしまい、途端に眠気に襲われる。
「お嬢様!眠り薬です!吸わないでくだ、ぐっ!!・・・」
侍女1がアイリスに意識を向けた瞬間、馬車の扉が開けられ、顔を覆面で隠した何者かが侍女1の頭部目掛けて鈍器を振り下ろした。鈍い音が鳴り昏倒する侍女1に既に半分意識のないアイリスは気付かない。
(何かしら甘い匂い。とても眠いわ・・・。)
やがてくたりと意識を手放したアイリスに覆面の襲撃者が近付く。顔を確認するために俯くアイリスの顎に手を添え上向ける。
「間違いないアイリス嬢だ。連れて行け。」
何時まで待っても登城しないアイリスを心配したユージュ王子の命を受けて王城の騎士達がデジール公爵家の馬車を探して王城から公爵家への道程を辿っていた。
やがて何者かに攻撃を受けただろう傷だらけのデジール公爵家の家紋の入った馬車と、周囲に倒れる瀕死の護衛達、頭部から血を流し気絶している侍女1人を1人発見したが、肝心のアイリス嬢が見つからない。
騎士達は周囲を必死に探し、複数の馬の足跡を見つけ辿ったが森の中へと続いており、やがて足跡はわからなくなった。
それでも草を掻き分け血眼で探したがデジール公爵家の宝であり、ユージュ王子の愛するアイリス・デジールの姿はどこにもなかった。




