19.司教
「アイリス!どこだ!返事をしてくれ!」
ユージュが赤の森で見つけたものはアイリスではなく、三頭の馬だけだった。
悔しさにアイリスを呼んでみるも返事はない。
馬の鞍にアイリスの髪の毛とガヨ国の交通許可証が挟まれているのを見つけ、森を抜けたところで馬車の車輪の跡が国境の検問所の方向へと続いているのを発見した。
ドートンがユージュからの報告を受け、アイリスの髪の毛を受け取る。
「この髪は恐らくアイリスのものでしょう。そしてガヨ国の交通許可証があるということはアイリスを攫った連中はガヨ国に連れて行こうとしていたのか。」
「捜索隊に車輪の跡を辿らせてはいますが、ここから検問所はすぐの距離です。すでに入国している可能性が高い。」
捜索隊の一部がすでに車輪の跡を辿って行った。ユージュ達は待機し報告を待っているところだ。
「ガヨ国か。面倒だな。」
「えぇ、他国ですからね。我々が気軽に入っていける場ではない。」
「うむ。」
「どうすれば・・・。」
王族や貴族が他国に無断で侵入すれば戦争の火種になりかねない。正式な手続きを踏むしかないが、それでは時間がかかり過ぎてしまう。その間にアイリスがどうなるかわからない。
「殿下!何者かが前方からこちらに向かって直進してきています!」
その時、ガヨ国の検問所の方向から1台の白塗りの馬車と、騎馬兵が複数やってくるのが見えた。
騎馬兵と言っても軍隊などではなく、白い軍服や甲冑を纏っている。白といえば神殿直属の騎士だろうか、ユージュ達に緊張が走る。
「あれは、ガヨ国の神殿の者か?」
やがて、一行はユージュ達の25m程手前で静止した。ユージュ側の騎士に緊張が走る。ガチャリと武器を構えようとしていると騎乗していた聖騎士の一人が馬から降りて白塗りの馬車のドアを開けた。中から真っ黒な祭服を身に着けた男がゆっくりと現れた。
祭服の男は抵抗する意思がないとでも言うように両手を顔の高さまで挙げ、たった一人でこちらに歩いてくる。
「あれは・・・。」
「抵抗する意思がないということだろうな。おい、武器を降ろせ。」
ドートンの指示でこちらも武器から手を離す。宗教は国の決まり事に縛られない。彼らには彼ら独自の法があるため、何か問題を起こせばとても面倒なことになる。
やがて男が近付くにつれ、容貌がよく見えるようになった。初老の男のようで、頭には白いものが混じっており、顔には皺も見える。
男がぎりぎり声が届く位置で立ち止まり深々と礼をした。
「こちらに争う意思はございません。話をいたしたく参りました。そちらに向かってもよろしいでしょうか。」
男は礼をしたまま争う意思がないことを全身で表している。さらに後方で待機している者達も深々と礼をした。
ユージュは黙ったままドートンを見た。ドートンが口を開くことなく頷く。
「顔を上げよ。我らが何者なのかご存知なのか?」
「えぇ、ウィステリア国第一王子のユージュ殿下とお見受けする。隣にいらっしゃるのはアイリス様の父君でしょうか。」
男がゆっくりと顔を上げ、にこりと笑う。
「どうか私達と一緒に来ていただけませんか?」
祭服の男はヴォルヴァと名乗った。ガヨ国の国教であるゲルマ教の司教をしているという。
「一緒にとは、ガヨ国にか?」
「はい、そうでございます。」
「私達は王族と貴族だ。ガヨ国に手続きなく入ることはできない。」
ほほほとヴォルヴァは笑い、大丈夫だと答える。
「宗教に国は関係ございませんよ。あなた方はゲルマ教の教皇の大切な客人でございます。教皇から特別手形を預かっております故、心配なさらず我々と一緒に来ていただきたい。」
ユージュとドートンは驚く。
「教皇だと?なぜ、そのような方が我々を招待する。」
「なぜと言われましても、目的が同じでございましょう?でしたら、協力した方がより達成しやすくなりますから。」
ヴォルヴァが両手を2人に差し出した。
「共にアイリス様の元へ参りましょう。」
2人が驚いてヴォルヴァを見た。ヴォルヴァはいたずらが成功したようにウィンクをする。
「さぁ、こちらへ。ただし、騎士の方々はお連れできません。こちらで待機を。」
ユージュはどう動くべきかとドートンを見る。ドートンも同じように思ったのだろう、ユージュを見た。
どちらとも口を開くことなく沈黙が流れる。
やがて、大きく深呼吸をしたドートンがこくりと頷いた。
「殿下、私と一緒に行く覚悟はおありか?」
すでに覚悟を決めている目だ。
ユージュはぐっと手を握りしめ、ドートンの目を見返す。
「もちろんです。共に参りましょう。」
2人は騎士や捜索隊の者達に待機を命じ、ヴォルヴァの乗ってきた白塗りの馬車に乗り込んだ。
馬車は王城の方ではなく、神殿があるという別の方向へと進む。
馬車の中にはユージュ、ドートン、ヴォルヴァの3人だけだ。
「司教殿、詳細を話していただけるか。」
ユージュがヴォルヴァへと頼むと承知したと頷いた。
「アイリス様の出生の事はすでにご存知でしょうか?」
「アネーロ様が悪魔と交わったことで産まれたという話でしょうか?」
「えぇ。そうです。」
「それは事実か?」
ドートンがやや身を乗り出してヴォルヴァに問う。
「えぇ。事実でしょうな。」
「・・・・・!」
「そっ、そんな、おとぎ話のようなことが本当に?」
あまりにも簡単に肯定してしまうヴォルヴァの返答にドートンは言葉を詰まらせ、代わりにユージュが話を繋げる。
「この世界にはまだまだわからないことの方が多いですからな。私達は人間のことすらよくわかっていないのです。」
ヴォルヴァはこほんと咳払いをする。
「順を追って話します。質問は終わってからでもいいでしょうか?年寄りは話を止められると忘れてしまいますからの。」
ほほほと笑って姿勢を正した。
二人も無言で姿勢を正す。
それを見届けてヴォルヴァは話し始めた。
「ある夜、私が勤める神殿に一人の女が訪ねてきたことが事の始まりでした。」
ヴォルヴァは当時、王城に一番近い場所の神殿で司祭として働いていた。
ある夜、一人の女が神殿を尋ねてきた。
夫の暴力や借金の形から逃げるために夜中だろうが明け方だろうが女が逃げ込んでくることがままあったため、またそれだろうと思い対応した。
だが、女が言ってきたのは、消えた子供を探す事だった。
「それは役人や騎士団に言うべきでは?」
神殿など、訪ねてきたものを保護することはあっても探す事はしない。せいぜい祈ることくらいだ。ヴォルヴァがそう言っても女は首を横に振る。
「もう探しましたが、どこにもいないのです。もう他に方法が思いつかず、こちらを頼る他ありません。」
どうかお願いいたしますと女が深く頭を下げる。頭まで深くローブを被った女のローブの隙間から手入れのされた美しい金髪がさらりと零れ落ちた。
教養のある女性だ。所作も言葉使いも丁寧であり、ローブの裾から覗く手も綺麗に整えられている。どこかの貴族令嬢か商家の娘か。そんな身分の子供が行方不明となれば騒ぎとなり耳に入りそうなものだが、ヴォルヴァには聞いた記憶がない。どこかの訳ありの子供が何かの騒動に巻き込まれたか。
「その子供とは何歳程度でしょうか?」
「まだ1つを迎えたばかりでございます。先日やっと、歩き始めたばかりですのに・・・。」
女の体が震え、鼻を啜る音がする。
ヴォルヴァは申し訳ないが力になれそうにないと詫びた。
訳ありの行方不明者などと正直関わりたくなかった。神は万能ではない。願いなど簡単には叶わないからこそ、人は神に願うのだ。ヴォルヴァがすることはその願いを神に届くように祈ることくらいだ
その代わり、いつでも話を聞くと女を宥め、帰らせた。
だが、それからもちょくちょく女が神殿を訪れるようになった。
何か情報が入っていないか、子供がどんなに可愛いか、今頃どうしているだろうかと心配する女をその度に宥めた。
そんなやり取りが何度か続いたある夜、女は興奮した様子でヴォルヴァに詰め寄った。
「司祭様!とうとう証拠が手に入りました!」
興奮し、ローブがずれて顔が完全に露出していたが女はそれでも構わないとでもいう様子だった。
(この顔、見たことがあるな。確か王城だ。金髪、空色の眼・・・・そうだ、第2王子の愛妾殿だ。)
王城にも小さな神殿があり、ヴォルヴァが勤める神殿から距離が近いこともあり、定期的に訪れて祈りを捧げていた。
その出入りの最中に第2王子にべったりと体を密着させている愛妾を見かけたことがあった。
(第2王子は妻であるアネーロ様をないがしろにし、愛妾殿を溺愛していると聞いたことがある。そうかこの方がそうか。ならば行方不明の子供とは二人の子供か。)
そもそも子供が産まれたこと自体が発表されていない。愛妾は側妃ではないからだ。ならば大々的には捜索できないはずであり、ヴォルヴァの耳に入らないことも納得した。
女は正体に気付いたヴォルヴァの様子には気付かず、手に握りしめた羊皮紙を差し出してきた。
「これは?」
「悪魔を召喚するための魔法陣です。」
「なんと?」
「ずっとあの女を見張っておりました。いつもよくわからない本を読んでいましたがその本の中にこのような魔法陣がたくさん挟まれていました。挟まれた頁には悪魔の召喚方法が記されていました。その中には子供を生贄として悪魔を召喚する方法も・・・・神官様!あの女は悪魔に魂を売ったのです!きっと私の子供は生贄にされたんだわ・・・・あぁ・・・・あの女。大人しい顔をしてよくもこんな恐ろしいことを・・・!」
興奮しているため、話がよくわからない。ヴォルヴァはとにかく女を落ち着かせようと座らせて、コップの水を飲むように差し出した。女も落ち着こうとコップの水を一口飲むが、その手も口も震えている。
「あの女とは誰のことでしょうか。」
聞くべきではない。関わるべきではないと頭の中で警鐘が鳴るが、興味の方が勝り尋ねてしまった。
「アネーロ様です。」
女は躊躇なくその名を口にしてしまった。
「第2王子妃のアネーロ様が私の子供を生贄に悪魔を召喚したのです。これはその証拠となる魔法陣です。」
女がブルブルと震わせながら差し出すそれにヴォルヴァは背後から首を絞められるような恐怖と寒気を感じた。




