16.対面
ガヨ国王家の紋章をつけた馬車はやがて王城へと辿り着いた。
降りろと指示された四人は罪人のように後ろ手に縄をかけられたまま、騎士に城内へと連れられて行く。
歩いていて気付いたがここまで誰ともすれ違わなかった。そういう風に人払いをさせているのかどうかはわからないが、城内に誰もいないのではと勘違いをしそうな程、周囲はシンと静まり返っていた。
目的の場所に着いたようで騎士がドアの前に立ち、アイリス達を振り返る。
「ここに入って待っていろ。」
押されるようにして四人だけ入れられた部屋の中は一般的な応接室のようだった。だが後ろ手に縄をかけられ、庶民の恰好をしている自分達は全くこの場にそぐわない。
とりあえずソファーに座るも縄をかけられているせいで上手く座れない。
もぞもぞとしているとノックもなくバンッとドアが開かれた。
現れたのは金髪に空色の目をした女だった。美しく髪を結いあげ、宝石を散りばめた豪華なドレス。首元には大ぶりのネックレスがゴテゴテと光っている。格好から貴族の女だろうとは思うがアイリスには誰だかわからない。
よく見ると派手な化粧で隠してはいるが目の隈が濃く、頬がこけている。女は急いで来たのか肩で息をしながらアイリスの目の前にツカツカと近付いたかと思うと、思い切り手を振り上げた。
パン!と乾いた音が部屋に響く。
あまりの勢いでよくわからなかったが頬がズキズキと熱を持ちだしたことから、どうやら平手打ちをされたらしい。何が何だかわからないアイリスが呆然としていると、女はギリリと歯ぎしりをして叫ぶように言った。
「お前!お前があの女の!よくも!!」
唾を散らさんばかりに口を開き、血走った目で睨みつけている。
「あぁ!嬢ちゃん、血が出てるじゃねぇか!」
「本当だ!なんなんだよこの女!いきなり何すんだよ!」
頬にタラリと何かが伝う感覚があったが手は縛られたままなので触れて確認することができない。
だがインサとジェントが言うから、どうやら平手打ちの際に女の尖った爪で引っ掻かれて血が流れているらしい。
「まぁ。私、初めて平手打ちされました。」
打たれた頬がズキズキと熱い。
「お前なぁ。怒れよ。」
緊張感のない声にベルフェが呆れている。
「で。あんた誰だよ?」
「わ、私は・・・第2王子妃だ。」
後ろ手に縛られているとはいえ、ベルフェの荒っぽい風貌は女には見慣れず少し怖いのだろう。
アイリスには強気だったがベルフェには少し怖気づいたように威勢が弱くなっている。
まぁ、それでもアイリスには殺気を含んだ目で睨みつけているが。
「第2?第2王子妃はアネーロ様では?」
アイリスの父、ドートンの姉のアネーロが第2王子に嫁いだはずだ。
アイリスが知らないだけで、いつの間にか側妃を迎えられたのだろうか。
アイリスがアネーロの名前を出した瞬間、第2王子妃だと名乗った女の目が険しくなった。
「アネーロ!あんな女など、妃として何も役目もこなしていない、ただの役立たずの女ではないか!」
また突進されては困るためベルフェの方に少し寄っておいたお陰か、女はこちらに近付かない。
相変わらず目が怖いが。
「申し訳ありません。私はアネーロ叔母様の姪の立場ではあるのですが直接お会いしたこともなく、あなたの言われている意味がよく理解できないのですが。」
「お前の顔!あの女とそっくりだ!見るだけで腹の立つ!」
興奮した女は自分の言いたいことだけで、こちらの質問にはまともに答えない。
アイリスに似ているという、アネーロを重ねて瞬きもせずに抑えきれない感情に肩が揺れている。
「私の子供を攫ったのもきっとあの女なんだ・・・くそっ、くそっ、役立たずが何をした。」
ドレスを指が白くなるほど握りしめ、自分の手の爪をガジリと噛んでブツブツと呟くさまは精神を病んでいるようにしか見えない。
「ぶっ壊れてんなぁ。」
ベルフェが面白いものを見るように目を細める。
アイリスは叔母の顔を知らない。会ったこともなく公爵家に肖像画が飾られていたわけでもなかったため、隣国に嫁いだ叔母という存在が居たことしか知らなかった。
目の前の女がその叔母にアイリスが似ていると言う。叔母と姪という立場なので似ていてもおかしくないとは思うが、そんなに似ているのならば少し気になる。叔母はこの城のどこかにいるのだろうか。
「カルミア、こんな所に居たのか。」
場に静かな男性の声が響く。聞き覚えのない声に視線を向けると、開いたままのドアにもたれかかる様に立っている男がいた。
男の言葉にカルミアと呼ばれた女の肩が驚きに震える。先程までの怒気は消え失せ、顔色を伺うように恐る恐る男の元へと小走りに走る。
「ユーリ、ご、ごめんなさい。」
今までの態度が打って変わって大人しくなり、攻撃する側から庇護される側へとなったようで男へと抱きついた。男はふっと優しく微笑みカルミアの頭を撫でる。
男はオレンジ色の緩くウェーブした肩まで伸びる髪の毛をサラリとかき上げ、カルミアの頬に親愛のキスを贈る。
「急にいなくなるから心配したじゃないか。ほら、もう部屋に戻りなさい。」
男のキスにうっとりとしていたカルミアが部屋に戻りなさいとの言葉に瞳を揺らす。
「でも、あの女にそっくりな女がいるって聞いて。私、私、、、。」
男の庇護欲を掻き立てるような静かな涙がカルミアの頬を伝う。
「ほら、泣かないで。後の事は私に任せて。ね。」
男が優しくカルミアの涙をすくい、肩を撫でる。さぁ、と、部屋のドアへと背中を押す。
カルミアは納得がいかないようではあったが、ごねることなく渋々と部屋を後にした。
最後にギロリとアイリスを睨むことは忘れていなかったが。
カルミアを見送り、数名の騎士を部屋の中に残してドアを閉め、ガチャリと鍵を掛けた男がアイリス達へと振り返る。アイリスを見た瞬間、男の目が驚きに見開かれ、アイリスを凝視している。
「驚いた。本当にアネーロにそっくりだ。」
言葉の通り本当に驚いている様子の男は誰だろうか。
軍服に身を包んでおり、よく見るとその胸元にはたくさんの勲章が付けられている。
「王族の方でしょうか?」
「声までそっくりだ。生き写しってやつだね。そうだよ、私は王族だ。第2王子のユーリという。君がアイリスだね。デジール公爵家のお嬢さん。」
男が胸元に手を当て、優雅に腰を折る。色気のある優雅な動作だ。
アイリスはまだ手を縛られているため、会釈だけに留める。
「あなたが私を攫ったのでしょうか?」
「おや、冷静で助かるよ。煩い女は嫌いだからね。」
ユーリは一人掛けのソファーに座り、アイリス達にも座るよう手で指示をだす。
後ろ手に縛られているため戸惑っているとユーリはドアの前で待機させていた騎士に4人の縄を解くように指示を出した。
騎士が縄を解いたところでユーリが無言で座れとソファーを指差す。
皆が指示に従い、着座したところでユーリは満足気な顔で話始めた。
「アイリス嬢の横にいる男。元々は神殿がその男にアイリス嬢を連れてくるように依頼していたんだ。私の影がその情報を手に入れてね。神殿よりも先に私の方に攫ってくるように動いたのさ。」
アイリスが驚いてベルフェを見るとベルフェはバレたかと言うかのうように舌を出して肩をすくめた。
「あともう少しで神殿のやつらと落ち合えるはずだったのになぁ。」
「ふふふ。残念だったね。こちらの方が動くのが早かった。」
「神殿の方がなぜ私を?」
「うーん。話すと長いんだけどね。君はきっと何も知らないんだろうから教えてあげるよ。」
ユーリが膝の上に肘を置き、両手を組んで顎を乗せる。少し前かがみの姿勢でにこりと笑い口を開いた。
「君の本当の母はアネーロだ。」
「・・・・え?」
「私の妻であるアネーロが生んだ子供が君さ。残念ながら父親は私ではないけどね。」
「・・・・・。」
理解できなかった。会ったこともない叔母が母親?では父は?ドートンは父ではないのか。今この王子は自分も父ではないと言った。ではアイリスの父は一体誰なのか。
「な、なにを・・・?」
何を証拠に言っているの?
「まぁ、信じられないよね。」
だって、そんなこと考えたこともない。
「でも調べさせたけど、君の出産は産まれるまで誰も知らなかったんだ。母親が妊娠したなどと誰も知らず、ある日急に君が産まれたことが公表された。」
知らない。
「君が産まれたと公表される前に公爵家の使用人がごっそり入れ替えられたことは知っている?」
知らない。知らない。知らない!
「上の兄や姉は普通に社交をこなしていたのに、なぜ君だけが家から出されなかったんだろうね?」
愛されていたからじゃなかったの?お父様からはする必要がないと言われていただけだったわ。
頭がガンガンとトンカチで撃たれたような衝撃を感じる。痛い。痛くて目の前がぼやけてくる。息が上手く吐けない。
「お嬢さん・・・お嬢さん・・・ほら、息をゆっくり吐くんだ。」
いつの間にかハッハッハと短く息を吐いていたアイリスは手先が痺れていくのを感じた。
隣に座るベルフェがゆっくりと背中をさすって息を吐けと言う。
(吐いてるわ。息を吐いてるのに苦しい。)
「大丈夫。俺らがいるから大丈夫。ほら、ゆっくりと息を吐け。」
ハッハッハッハ・・・ハー・・・・ハー・・・・ベルフェが背中をさすってくれるのに合わせてゆっくりと息を吐く。徐々にぼやけていた視界に色が戻った。
「大丈夫かい?そりゃ驚くよね。君は公爵家で大切に大切に守られ、育てられてきたんだもんね。それがある日突然、父も・・・母ですらも違うと言われたら驚くよね。」
大丈夫かと心配しているそぶりだけで目の前の王子は全く心配などしていない。髪の色と同じオレンジ色の目は冷たく笑ったままだ。
「続きを話しても?」
アイリスの動揺を楽しんでいる。続きを話したくて仕方がない様子だ。
「趣味悪っ。」
「腹黒王子。真っ黒王子。」
インサとジェントが小声でこぼすが気にする様子はみられない。
アイリス達の返答を待たずにユーリは続きを語り始める。
「アネーロと私が結婚したことは知っているよね?アネーロは君に似てとても美しい女だった。
私も最初はアネーロに夢中だった。だけど、アネーロは大人しくてね。いつも本を読んで過ごすことが多かった。私は煩い女は嫌いだが、静かすぎる女も苦手でね。アネーロとの間に子もできなかったし、先程ここに来ていたカルミアを側妃として迎えたかった。だけど、国王がそれを許さなくてね、仕方なく愛妾として傍に置いていたんだ。」
まるでアネーロに責任があり、仕方なくカルミアを迎えたとでも言いたそうな言いぶりだ。
「やがてカルミアとの間に子供ができたんだ。可愛い女の子が生まれて私達は幸せだった。けれど、ある日突然、娘は消えた。私達の関係は公のものではなかったから大っぴらには探せなくてね。でも、城内はくまなく探したんだ。だけども娘は見つからなかった。カルミアは発狂したよ。」
ユーリがアイリスを見る。
「君なら誰が一番怪しいと思う?」
そんなのアイリスに聞かなくともわかるだろうに。答えなくてはいけないのか。
「アネーロ様でしょうか。」
「そう!その通り!アネーロが一番怪しいと思うよね。だから私達はアネーロの部屋も探したんだ。けれど、何も出てこなかった。アネーロの侍女もそんなはずはない、ずっと部屋の中に閉じこもっていると言い張るし。」
「閉じこもっている?」
「ん?あぁ、アネーロはね。この国の空気が合わないのか部屋に閉じこもってしまっていてね。ずっと物語を読んで過ごしていたようなんだよ。」
夫であるのに、まるで他人事のようにユーリが話す様子から本当にアネーロの普段の様子に興味がなかっただろうことがわかる。
「そりゃ、あんたがほったらかした挙句、浮気したからじゃねぇの?」
横でベルフェがぼそりと言うがユーリの耳には入っていないようだ。
「探しても見つからないから私は諦めるしかないとカルミアに言ったんだが、諦めなくてね。どうもアネーロに見張りをつけていたらしいんだ。まぁ、アネーロはほぼ部屋の中に居て出てこないから一人だけいた侍女を見張らせていたのかもしれないが。そんなある日、侍女が荷物を抱えて城から出て行ったらしいんだ。一日経っても侍女が帰ってくる様子もなくて、とうとう最後の侍女にまで見捨てられたのかとカルミアは思ったらしいんだが、そのアネーロがふらふらと部屋から出てきたんだ。」
「どうなっていたと思う?」
ユーリがまた問うてくる。ユーリはこの状況を楽しんでいる。アイリスはユーリをじっと見つめるだけで答えなかった。
ユーリがふっと意地悪く笑う。
「アネーロの着ている服が血で汚れていたそうだ。発見したアルミアの侍女がケガをしているのかと思い人を呼んだ。城の侍医に見せたらなんと出産後だと言う。アネーロは出産したというのに、赤子がどこにもいない。そしてアネーロの侍女もいない。考えられることは一つだ。侍女が赤子をどこかに連れて行った。」
「どこに連れて行ったと思う?」
答えを言っているようなものだ。わかっているだろに目の前の王子は面白そうに笑ったまま、アイリスから視線を逸らさない。お前の口から言えとでも言っているようだ。
アイリスは答えられない。いや、答えたくなかった。
「君の家さ、アイリス嬢。アネーロの侍女はデジール公爵家に生まれた赤子を連れて行った。そして、
名前を与えられ、育てられた。大切に、まるで溺愛されているように。でも傍から見れば監禁と同じだと私は思うけどね。」
アイリスが答えられなくともユーリの口は止まらない。早く話したくて仕方がない子供のようだ。
「ねぇ?アイリス・デジール公爵令嬢、君は今まで自由だったかい?」




