15.追手
ドートンとユージュは共に赤の森へとやってきていた。
もちろん城の者には止められたがユージュは今度は止まらなかった。
公爵家の捜索隊と落ち合い、目印の赤い布を足に括り付けた鷲を空へと放す。鷲はしばらく赤の森の上空を旋回していたが突然何かに反応したように迷うことなく一点に向かって飛んで行った。やがて目的の物を見つけたかのように急降下していく。
ユージュ達は鷲を追いかけ馬を走らせる。見失わないようにと必死で追いかけた。
やがて森の中にぽかりと空間が開け、古びた一軒家が現れた。屋根の上空を鷲が旋回しているが降り立つことなく少し迷っているようだった。
鷲はアイリスを目指して飛んだと思ったのだが、ここではないのだろうか。
家は周囲に見張りなどの人物が立っている様子もなく人気なくシンと静まり返っている。
(まさか・・・。)
ユージュは他の者の静止を聞かず、家へと走る。慌てた捜索隊も後へと続き、
バンっとドアを開けて中へと駆け込んだ。手当たり次第、部屋という部屋を必死に探すもすでに誰もおらず、家はもぬけの空だった。
「すでに移動したのか。」
だが家の中はまだ暖かい空気が流れており食べ物の匂いもしている。先程まで誰かがここにいたのは間違いない。
「殿下!こちらにドレスがあります!」
捜索隊の声にユージュが反応して向かうと、そのうちの一人が見覚えのあるドレスを手に持っていた。
薄紫色の花の刺繍が入ったドレスを隊員から受け取る。
「私がアイリスに送ったものだ。」
すでに温もりはないがアイリスがよく好んで付けていた香水がふわりと香る。
アイリスがここにいた。部屋の温もり具合から恐らくつい先程までは確実にこの家の中にいたのだ。
ユージュはドレスを握りしめ、やはり間に合わなかったかと悔しさに唇を噛みしめる。
「殿下!こちらに複数の馬の足跡が確認できます!」
屋外の隊員からの声にユージュは急ぎ外に駆けだした。
隊員の元に行くと家の敷地から西側に向かって複数の馬の蹄の跡が見える。
「どうやら先程、馬に乗って出発したようだな。あちらの方向はガヨ国との国境では?検問所を抜けるつもりか。」
ドートンがしゃがんで蹄の跡を指でなぞり、取り乱すことなく冷静に現状を整理している。
(落ち着け。アイリスは先程までここにいたんだ。まだ出発して時間が経っていない。まだ追いつける。)
「皆、馬の蹄をたどるぞ!」
ユージュもドートンも馬に跨り足跡を辿る。すぐに足跡は見えなくなったが周囲の草や木の枝が倒れたり折れたりしていたため迷うことなく追いかけることができた。
(アイリス!間に合ってくれ!)
やがて森の出口に近付いた頃、前方に何か気配を感じた先頭の隊員が後方に向かって合図を送った。
一行は馬の歩みを止め、馬から降りてゆっくりと近付く。茂みに身を潜め、武器を構え、気配に気付かれないよう細心の注意を払う。
心臓の鼓動が体に響く。ユージュも剣を構えて先頭の隊員に続く。焦りと緊張にごくりと唾を呑み、剣の柄を握り締める。
やがて先頭の隊員の合図で他の隊員達が一斉に飛び込んだ。ユージュは茂みに待機させられており、前方がよく見えない。たった数秒のことが何時間にも感じられた。
「殿下!」
飛び込んだ隊員からの声に反応し、ユージュは居ても立っても居られず茂みから出て行く。
「アイリス!」
アイリスの姿がどこかにいないかと目を凝らす。だが、目を凝らして見た先にいたのは三頭の馬だけだった。
「馬だけで誰もいません!」
アイリスではなかったのかと落胆し、馬に近付いた。
三頭の馬は鞍や手綱がつけられており、野生でないことは一目瞭然だった。持ち主はどこに行ったのだろうか。
怯えたように興奮する馬を落ち着かせていると、一頭の馬の鞍に見覚えのある色を見つけた。
鞍の隙間に押し込まれたそれは一房の美しいピンクブロンドの髪の毛とガヨ国の通行許可証だった。
(間違いない。アイリスの髪の毛だ。)
「アイリス!どこだ!どこにいる!」
声も虚しく返事はなにも聞こえてこない。だが、ここに確かにいたのだ。きっとさほど時間は経っていないはず。
ユージュは周囲を捜索させ、自らも探したが結局どこにもアイリスの姿を見つけることはできなかった。
ユージュ達が辿り着く少し前。
ベルフェ達が馬を走らせ、赤の森の出口がすぐそまで近付いていたその時、後方で突然馬の嘶きが聞こえたかと思うとドサリと倒れこむ音が響いた。
驚いて振り向くと、ジェントと乗っていた馬が地面に倒れているのが目に入った。
慌ててベルフェとインサが手綱を引き、馬を止める。
「どうした!?」
「わかんねぇ。急に馬の脚がもつれて投げ出されちまった。」
体を強く打ったのかジェントが苦痛に歪んだ顔で起き上がれずに体を押さえていた。
ジェントの馬を見ると尻のあたりに赤い吹き矢が刺さっているのが見えた。
それを見たベルフェがちっと舌打ちをする。
「ありゃぁ、ガヨ国の吹き矢だ。」
厄介なことになったとベルフェが周囲を見渡すと、ガサガサと茂みの間から複数の黒装束の者が現れた。
頭の先から足元まで真っ黒の装束で身を包み、目元がかろうじて見えるだけた。
各々が短剣や暗器のようなものを構えている。
「依頼人じゃぁなさそうだな。」
ベルフェが多勢にどうしたものかと考えていると、黒装束の一人が口を開いた。
「一緒に来ていただこう。」
「嫌だと言ったら?」
ベルフェが挑発した瞬間、アイリスの顔のすぐ横に暗器が飛んできた。シュッと空気を切るような音がしたと思ったら、ピンクブロンドの髪の毛が一房切れてはらりと落ちたのが見えた。
遅れて気付いたアイリスは声も出ずに肩が震える。
「おぉ、怖いなぁ。どこに連れて行くつもりだ?」
ベルフェが全く怖がってない声で問う。
「ガヨ国へ。」
暗器を投げた黒装束の男が短く告げる。
「俺達も元々ガヨ国へ行くつもりだったんだけどなぁ。なーんか別件なんだよなぁ、あんたら。」
「我らは知らぬ。大人しく着いてくるなら乱暴なことはせぬ。」
殺気を漏らし、黒装束がどうするのかと無言で問うてくる。
「まぁ行くしかねぇよなぁ。」
ベルフェは特に反抗するつもりもないようで、降参したとでも言うように馬の手綱から両手を離して持ち上げた。
ベルフェ達の馬は置いていくため降りろと命令され、ベルフェがひらりと馬から降りて、一人では降りられないアイリスに手を伸ばす。
抱き込むように支えて降ろす際に、アイリスの切られた髪の毛とガヨ国への通行許可証を鞍の隙間に捩じ込んだことにはアイリスを含め、誰も気付くことはなかった。
アイリス達は後ろ手に縄をかけられ歩かされた。誰も何も喋らない。
ザクザクと草をかき分け、歩く足音が聞こえるばかりだった。
やがて赤の森を抜けた所で、用意されていた馬車にアイリス達だけで乗らされる。黒装束達は周囲を並走しているのかわからないが、ガタゴトと馬車の車輪の音と馬の蹄の音が馬車の中に響く。目隠しのされた窓からは外の様子は何もわからず、漏れる光が少しある程度で薄暗い馬車の中に一時間は入っていただろうか。舗装のされていない道を進んでいたため大きく揺れながら進んでいたが、石畳の上にでも入ったのか振動が静かになった。
それもわずかの時間で、やがて馬車がゆっくりと止まった。
「どっかに着いたらしいなぁ。」
「ボスー。まじで大丈夫なんすか。あいつら何なんすか。」
「そうですよ。絶対に依頼人じゃねぇっすよ。あの殺気、まじでやばい。」
「真っ黒な服でしたねぇ。スパンて髪の毛が切れました。」
「嬢ちゃーん、感想そこじゃねぇよー。」
「まぁ、様子見るしかねぇんじゃねぇの~。」
「ボス、勘弁してくださいよー。」
「俺らまだ死にたくないですよー。」
「私、初めて縛られました。結構、痛いですねぇ。」
「嬢ちゃんは黙っててくれよー。」
「何でそんなに緊張感ねぇんだよー。」
「はぁ。もうお前ら黙ってろ。」
馬車の窓が外から少し開けられる。
黒装束の男がいつの間にかガヨ国の騎士の服装の男になっていた。
「今から国境の検問所を抜ける。お前らは黙ってろ。」
ウィステリア国からガヨ国に入国する時にはガヨ国の検問所、ガヨ国からウィステリア国に入国する際にはウィステリア国の検問所を通る決まりになっている。
アイリス達が通るのはガヨ国の検問所だ。
馬車は一度は止められたが中を検められることもなく、外で少し話し声がした程度ですんなりと通過してしまった。
「検問所の連中もグルだなぁ。」
ベルフェが呆れたようにため息をこぼす。
「こりゃぁ、ガヨ国王家絡みかもなぁ。」
「どうしてそう思われるのです?」
「国境の検問所の管轄は確かガヨ国の第2王子だ。普通は検問所を通る時は中もきっちり検めるのが決まりだが、それをされずに通り抜けちまった。そんなことができるのは第2王子関連の誰かか、最悪第2王子本人だろうなぁ。」
「なぜ、第2王子が私達を?」
「私達、じゃねぇよ。理由としたらお嬢さん目的としか考えられねぇなぁ。」
「私ですか?」
アイリスはきょとんとする。
「叔母が第2王子に嫁いでるだろ。」
「あら、よくご存知ですね。確かに叔母が嫁いでいます。私はお会いしたことがありませんが。」
「ははっ。よーく知ってるぜぇ。」
ベルフェがニヤリと笑う。
「最近の第2王子は荒れてるって聞くからなぁ。何か良からぬことでも考えてんのかもなぁ。」
ニヤニヤと楽しそうに笑うベルフェにインサとジェントが口を尖らせる。
「ボスー。良からぬことを考えてるとして、俺ら巻き込まれたってことじゃないっすかー。」
「そうっすよー。何とかしてくださいよー。」
「まぁ、どうにかなるんじゃねぇの。ヒントは残してきたし。」
「ヒントってなんですか?」
「ひみつぅ。」
ガチャリ。検問所を通過してすぐ、黒装束だっただろう騎士が馬車のドアを開けた。
「降りろ。馬車を変える。」
一人ずつ、馬車を降り、用意された新たな馬車に乗り込む。
最後にアイリスが乗り込んだ所でインサとジェントが口を開いた。
「なぁ、見た?」
「うん、見た。」
「はい。見ました。」
「見たねぇ。」
インサとジェントが盛大なため息をついた。
アイリスはあらあらと少し困り顔で、ベルフェはニヤニヤとしたまま。
4人が乗り込む直前に見たのは馬車のドアに刻まれたガヨ国王家の紋章だった。
連れて行かれる先が王家であることは間違いなかった。




