14.婚約者を追いかける
ドートン公爵の秘密を聞かされたユージュはまだ混乱していた。
情報量も多く、内容も現実だとは到底思えないものだ。ドートンが嘘を言ってはいないことだけはわかるが、真実かどうかはドートンですらわかっていないのだ。ユージュ一人の手に負える気がしなかった。
何故ドートンはこんな話をユージュに聞かせたのか。
何故アイリスを愛せるかなどと尋ねたのか。
「いつか話さねばと思っていました。」
ドートンはユージュの答えを待つことなく、言葉を続ける。
「二人の婚約が成った後で、サーカスの件がありアイリスに不思議な力が宿っている可能性がでてしまった。それまでは悪魔の話など指の先程も信じていませんでした。だが、目の前で起こった現実が悪魔や魔女という存在を信じさせるきっかけを持たせてしまった。
ただ、いまだに悪魔や魔女などという存在は信じられません。それでも、アイリスにはまだ他にも力があるのかもしれない、ないのかもしれない。私にもわからない。
第1王子の婚約者ということはゆくゆくは王妃となり、次世代へと血を繋げる必要があります。その血に正体のわからない血が混ざるのです。魔女なのか悪魔なのか、それともまた別のものなのか。これが是となる訳がない。私はそう思ってしまった。」
まるで懺悔だ。
ドートンはずっと胸の内で迷い悩んでいたのだろうか。
「殿下を巻き込んでしまって申し訳ないと思っています。」
まずいと思った。ドートンはすでに結論を決めてしまっているかのように話している。ユージュの返答など求めていない。
「私としましては婚約破棄でも構わないと「嫌だ。」」
ドートンの話を遮ぎり、ユージュは思わず立ち上がった。
「アイリスと婚約破棄など絶対にしない。」
ドートンは話を遮ったことに不愉快になる訳でもなく、ユージュの行動に少し驚いたようで黙って待っている。
「言ったでしょう。私はアイリスを愛していると。」
アイリスへ婚約の打診をした時、父である国王と一緒にユージュも公爵家を訪れていた。ドートンは旧知の仲である父には気安く話していたがユージュには値踏みするような視線をぶつけているだけで禄に話してもくれなかったことを覚えている。
それがユージュは悔しくて仕方がなかった。ただの子供の一目惚れであり、すぐに気が変わるだろうと父に言っているのもこっそりと聞いた。
違うと言ったところでなんの証明も出来ないのが悔しくて、ドートンが登城したと聞く度に追いかけ回した。まるでストーカーのように張り付いてはアイリスの素晴らしさを語り、結婚させてくれと言い続けた。
適当に流していたドートンもとうとう我慢ができなくなったのだろう。ある日いつものように登城の報せを聞きつけて城の中を探していると、あちらからユージュを探して現れた。
「失礼を承知で申し上げる。いい加減、私を追いかけ回すのはやめていただきたい。そんな事をしても私の意思は変わらないのです。アイリスをあなたの婚約者にとは現状全く考えておりません。殿下の最近の行為には大変迷惑している。」
ドートンはユージュと視線の高さを合わせることもなく立ったまま、上から見下ろした。その顔にはうんざりだ、このクソガキと書いてあった。
「現状でしょう?」
これだけ言えば諦めるかと思ったが、ドートンを真剣な眼差しで見上げるユージュに諦めの文字はなかった。
「なんと?」
「だから、現状では考えていないだけでしょう?」
「・・・・」
「未来はわかりません。公爵の気持ちもアイリス嬢の気持ちも変わるかもしれない。このまま私が何もしなければ絶対に了承はしてくれません。ですが私が行動を起こすことで公爵が了承してくれるようになるかもしれません。」
ユージュは一歩前に足を進める。
「私の一歩が私の未来を、公爵の未来を変えるきっかけとなるかもしれません。」
ユージュは歩を進める。一歩、また一歩とドートンとの距離が縮まっていく。
「公爵、私はアイリスを愛しています。今は子供の戯言と思ってもらっても構わない。私は一生かけてあなたとアイリス嬢に伝えたい。」
今やユージュは手を伸ばせば触れる距離に近付いていた。
「どうか、その機会を私に与えていただけませんか?」
胸に手を当て、頭を下げる。
王子が下の者にすることではないが、ドートンは慌てるでも、注意をするでもなく受け入れた。
「機会を与えて私に何の得があるのでしょうか。」
「公爵の手が離れてもアイリスは幸せでいられます。」
「殿下にはその自信がおありか?」
「えぇ。私は次期国王となる男ですから。これ以上の優良物件はないかと思いますが?」
ユージュの目には曇りがなかった。本気でそう思っているし自信があるのだろう。それがまた腹立たしい。
(餓鬼が。腹の立つことだ。)
「国王にも伝えましたが、うちの娘は高くつきますよ。」
効くかもわからない脅し文句だが、何か言わねば治まらない。
「大丈夫です。父上の秘密の財産は私も掌握していますから。」
考える間もなく、ツラツラと返してくる。
「くくく。いいでしょう。あなたと国王の交渉次第だ。」
(やってみるがいい。)
「機会を与えてくださり、感謝申し上げる。」
(了承などしてたまるか。)
そう思っていたのに気付けばアイリスの婚約は成立してしまっていた。
まぁ、このままでは夫婦仲が終わると国王に泣きつかれたことも大きいが、なんだかんだとユージュの熱意に負けてしまったのだろう。
ユージュはあの時のようにドートンを真っすぐ見つめる。その目にはまだ曇りは見えない。
あの時は腹立たしいと思ったこの目が今は頼もしく感じようとは。ドートンは一人秘密を抱え、罪悪感に浸っていたことが、思っていた以上に不安だったのかもしれない。
「私の想いをあなたが勝手に決めないでいただきたい。私はまだあなたにもアイリスにも伝えきれていない。」
ユージュは胸に手を当てドートンに頭を下げる。
あの時と同じだ。機会を与えろと言った時と同じようにユージュはまた、乞うている。
「私にはアイリスだけです。この秘密は一生私の胸のうちに秘めましょう。血を受け継ぐことを心配なさるのなら子は望まない。私は子が欲しいのではなく、アイリスか欲しい。アイリスが何者であっても私の想いは変わらない。」
だからどうか、と、更に頭を下げた。
沈黙が流れる。ドートンは何も答えない。
「最近、赤の森を探らせている我が家の捜索部隊から一つ気になる情報が入っています。」
ユージュの決意に答えることなく、ドートンが話を変えてしまった。ただ、声は穏やさを含んだ静かな声だ。どうしたのかと、ユージュが怪訝な表情で顔を上げる。
「空から何か見つからないかと鷲を放しているのですが、その鷲がいつも同じ場所へと降りて行ってしまい呼んでもしばらく帰ってこなくなるというのです。訓練された鷲がそのような行動を取るなど普通はあり得ません。」
「それは一体どういう?」
なんの話かまだ掴めない。意図はなんだ。
「言ったでしょう。アイリスは動物に好かれると。」
気付かないことを馬鹿にされるかと思ったが、ドートンは凪いだ表情で静かに答えている。まるでユージュを導こうとしているかのようだ。
「!」
ユージュははっと息を呑んだ。
「その先にアイリスがいると?」
「可能性は高い。」
ドートンが立ち上がりドアへと向かう。
「殿下、私は今から赤の森へと向かうつもりです。」
ガチャリとドアノブに手を掛け、ドアを開ける。
「殿下はどうなさいますか。」
ドートンは一緒に行くつもりがあるのかと問うてくれている。それはきっと、この先もという意味も含まれているはずだ。
ユージュはぐっと手を握りしめ背筋を伸ばした。
息をゆっくりと吸い込んで吐き出す。
今、取るべき行動はただ一つ。
ぐっと足に力を入れて一歩を踏み出す。ドートンの待つドアへとしっかりとした足取りで向かうのだ。
「もちろん。私も行こう。」
一緒にアイリスを迎えに。




