琥珀と蓮 ⑥
禁 複製転載・AI学習
姿は見えずとも、声色は慎重だということは分かった。
「それで、問題って」
『ええ……』
蓮の家庭の話だった。
特に、蓮の母親が、彼の行動にカンカンに怒っているらしく、既に絶縁をしているというところは、これまで聞いている通りだった。
問題は、その母親が琥珀の家庭まで口を出し、近所の人々にも何かを言い出しているらしい。
ただ、公言している部分から外れている様子は無く、望まない暴露――アウティングにあたることは無いようだが、逃げ出したまま放置されていた蓮の部屋から本を探り出しては、周囲に対して騒ぎ立てているようだった。
『琥珀さんへの影響も強くて、琥珀さんの家族も、うかつに手を出せないようです』
「そんなことになってるなんて……」
琥珀達の表情からは、そんなことは感じられなかった。
『関わらなければ大丈夫』という雰囲気でもあったようだ。
「……そういえば、大学って」
『一応、まだ通えているようですが、この様子では時間の問題でしょう』
お金を出しているのが彼らの両親である以上、これが続けば死活問題だった。
どうすれば良いか。誰に会えば良いのか。
『それで、どうやら、まだ神社の外には出られないようなので、誰か協力者を……』
パッと思いつくのは創だ。理解しながら進めていく形ではあるものの、説明力は確かなものだと、結は感じていた。
あるいは、父親の真だろうか。しかし、忙しい身でそれが出来るだろうか。
ぐるぐると考えを巡らせるも、どう転ぶか分からない。
『結ちゃん?』
「あっ、はい!」
『明日、また聞いてもいいですか?』
「……はい、私も考えてみます」
お辞儀をすると、気配はなくなった。
忘れかけていたけれど、えにしさまと交流できること自体が不思議なことだと、改めて思い知らされた。
少しどきどきする心を抑えながら、兄が向かった方を追いかける。
「……どうしたの?」
「ちょっと、今日の報告してきた」
「ん。その前に、一声、かけてね」
先に自宅に戻った創が、玄関先で不思議そうに尋ねてきた。
それに答えると、彼は納得したように、しかし一言だけ付け加えた。
夕食を終えると、創が縁側へと誘ってきた。
恐らく今日のことだろうと、片付けを済ませ、兄の後をついて行った。
「……蓮も琥珀も、我慢してる、ようだった」
縁側に並んで一言目。創はいつも以上に難しそうな表情をしていた。
「家のこと、だよね」
「うん。どちらの家も、協力を得るのが、難しい」
コーヒーを口につけた創が、一息つく。
琥珀の家はそもそも同性結婚自体を、蓮の家も彼らが家出したことを怒っていて、その原因が同性愛にあると。
彼らふたりの生活そのものは問題ないものの、ミュージシャンとしてデビューするために努力していた彼らの夢が断たれることになれば、生活が難しくなることは想像できる。
それに、特に蓮の家が今していることは、放っておけばきっと尾ひれがついてしまう。
出来ればそれだけでも避けたい。
しかし、他人である結達に出来ることなのだろうか。
「……タイミングは、あるけど。どう転ぶか」
「え?」
「ライブの場に、両親が、来るかもしれない」
例えば、学園祭や定期ライブ、あるいはセッションの場に出て、そこに彼らの家族がやってくることは十分にあり得る。
「……出来るなら、きょうだいがいたら。仲間でも、いい」
創が考えていたのは、近い世代の協力だった。
次の休日。既に琥珀と蓮にはライブに行くことを連絡しておいた。
急な連絡で創を連れて行くと伝えると2人は驚いてはいたが、特に深く聞かれることはなく、当日を迎えた。
「結ちゃん、久しぶり」
会場の前で、琥珀が出迎えてくれた。
ハイタッチをすると、琥珀が創にお辞儀をした。
「創さんも、来て下さってありがとうございます」
「うん」
「新人ライブなんで、まだまだですけど」
「うん、どんな演奏するのか、聞いてみたい」
琥珀が少し照れるのを、2人で微笑んで返す。
行きましょうか、と会場の教室へと向かった。
暖色系の照明で照らされた、ジャズカフェの出し物、という形だ。
蓮はホール側の仕切りを任されているようで、合間にこちらに手を振ってくれた。
隣に居る、サブリーダーと思われる青年が、蓮に声を掛け、こちらに送り出してくれたようだ。
席に案内された2人と話す琥珀の隣に、蓮も来た。
「お疲れ様です」
「ふふ、良い雰囲気だね」
「ありがとうございます」
ホールのセッティングも、蓮が中心になっていたらしく、少し誇らしげだった。
「2人がお世話になってます。桐谷悟史です」
「森宮 創です」
もう1人、少し回り込むように、にこりと微笑みながら挨拶をしてきた。
創が会釈をすると、悟史は続けた。
「結ちゃんは、この間のお披露目ライブも来てくれて、2人も嬉しそうだったし。……それに……2人から『相談に乗って貰ってる』とも」
最後は辺りを気にしながら、声を潜めて言った。
「こうと思ったらアグレッシブになるので、もう『この2人だからしょうがないし、音楽には関係ない』ってことで、何となく一致してるんです」
「うん……何だか、親友よりすごい、という感じ」
「あはは、ですね」
そう言うと、ふたりを仕事に戻らせてから、悟史が言う。
「……えっと、お兄さんがいらした理由って。最近のこと、ですか」
「……そう、だね」
どうやら、悟史はふたりから相談を受けていたらしい。
創の方を見て、一言。
「もし、2人の親御さんが来たら……」
どうすればよいか、と言外に問いかけていた。
創が、結と顔を見合わせる。
「……2人に、ソロは」
「ええと、三曲あります」
「――分かった。そこまで持たせよう」
それまでは、のんびりとコーヒーを飲みながら過ごした。
にわかにホールがざわつき始めたのは、琥珀と蓮のバンドの1つ前のステージの頃。
蓮の母親も狙っていたらしく、琥珀の母親を連れてきていた。
「……来たね」
創と結の表情が強張る。
悟史に目配せすると、あちらも「把握してます」と口パクと共に頷いてくれた。
悟史を中心に「どうしようか」と作戦は練ってあったらしく、それに乗っかる形にすることにした。
「それでは、1年生サックス隊のトップデュオ、堂守琥珀と水畑蓮です!」
いよいよ始まった。
ホールの仲間達が、周囲の状況に目を光らせる。
1曲目はカフェに合わせた穏やかな曲。
2人ともリラックスした様子で演奏を終えた。
その時。
「この親不孝者!!」
一斉に、近くにいた数名が守りと取り押さえに入った。
ざわつくフロア。ガードされた2人は念のため裏へ戻るようで、悟史に手招きされた結達もそれに続く。
「…………」
楽器を下ろして膝に拳を置いたまま、蓮が俯いていた。




