琥珀と蓮 ⑦
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「……蓮」
「うん、まだ大丈夫……」
なかなか顔を上げられない様子に、琥珀もオロオロし始めた。
自分のことでもあるが、今のターゲットは間違いなく蓮だった。
結が心配そうに近づくと、蓮が小さく「ごめんね」とだけ呟いた。
「どうしよう……」
悟史が創に耳打ちすると、創はフロアの方をちらりと覗いた後、一考した。
「2人とも、それに、結。……2人の先輩という体で、話してみる」
「創さん……」
琥珀が胸を押さえながら、何かを言おうとして、やめた。
「……っ、お願いします」
悟史が、母親達が警備室へ連れて行かれたと話した。
それを受けて、悟史と創が出て行き、それを見送った後、蓮の手をそっと握った。
「みんなに迷惑かけてばかりだ……」
弱気になる蓮を、心配も隠しきれないまま、ただ見つめる。
琥珀も、隣に座って彼を見つめる。
「元から分かって貰えるなんて思ってないけど……」
「蓮……」
ホールでは、代わりに後のバンドが演奏に入っていて、蓮の隣にいる琥珀は、メンバーから時間帯の調整をするか相談されている。
少し混乱した空気の中で、意を決した結が蓮に話しかける。
「……蓮さんは、どうするか決めてるの?」
「離れた方がいいところまでは分かってるんだけど……琥珀の手を引く自信がなくて」
「僕は、蓮と一緒がいい」
話を終えた琥珀が傍に寄り、悩む蓮に告げると、蓮も弱く頷いた。
「……親と話そう。別れるなら、きっぱりと」
立ち上がって、蓮が副部長へ話すと、結も一緒に行くかどうか聞かれた。話も、心配だからと頷く。
そして、結たちが警備室に通され、隣の応接室から様子を聞くことになった。既に、琥珀と蓮の母親達が、ふたりの方を見ていて、特に蓮の母親は怒り心頭の形相だった。
心配そうに見つめる結に、琥珀と蓮が『大丈夫』と応える。とはいえ、念のため警備員さんにもう1名付いて貰っていた。
ふたりが意を決して入った後、怒鳴り声が聞こえ、机も大きい音を立てた。
怒鳴り声が続く。
「親をこんな目に遭わせて!!」
「望さん、私たちはこんなことしに来たわけじゃないでしょう!?」
一方の叫び声は、結も予想してなかったものだった。
その声が続けて。
「ごめんなさい……本人達がいるから言うけど、私だけは、この子達と連絡を取ってました」
「お母さん……」
どうやら、琥珀の母親が、これまで連絡を取り続けていたらしい。
「それなら、話が早いです」
ここぞとばかりに、創が話し始めた。
「確かに、仰るとおり、夫婦はやがて、子供を作るというのは、ごく一般的な将来像です。しかし、同性パートナーも、養子縁組で、子を育てることが、出来る」
真剣に、琥珀の母親も相づちを打つ。
「その一部には、貴女が言い放った、望んでいない子供も含まれる」
「うる……!!」
蓮の母親、望がまた取り押さえられる。
涙の混じった、荒い息が聞こえてくる。
「お母さん」
蓮が口を開いた。
「そんなに嫌なら、僕はお母さんの子供をやめる」
震えていて、必死に取り繕うとしていた。
「……それに付け加えて、私からもう一つ」
琥珀の母親、郁江が言う。
「私たちの家に、蓮君を迎え入れます」
「琥珀、そんな話まで……?」
琥珀も頷く一方、蓮は初耳だったようだ。
「私にとって、子供という存在は愛おしいものです。我が子同然に見てきた蓮君も、同じくらい大切です。――琥珀から気持ちを聞きました。それは、今まで私たちがそうだと感じてきたものと同じでした。だから、その二人がそう決めたのであれば、もはや認めないといけないでしょう。……二人とも、ごめんなさい。酷いこと言ったよね」
最後の方で郁江は涙ぐみ、消え入りそうな声でなんとか言い切った。望の方は、呆然とした様子で、何か言っている様子はなかった。
しばらく、名前を呼び合う様子だけは聞こえてきて、最後に。
「『お母さん』、これからよろしくお願いします」
「これからも、よろしくお願いします」
蓮が、改まった様子で言うと、琥珀も続いた。
そうして、応接室からふたりと郁江が出てきた。ちらりと、望が泣き続けているのが見えた。
「蓮、行こう」
「うん」
手をつないで、幼なじみ達は警備室を後にした。
「先ほどはお騒がせしました!」
「改めまして、水畑蓮、堂守琥珀のコンボでーす!」
会場内が拍手に沸く。結の隣に、郁江も座って。
「あんなに生き生きとして……」
久しぶりに見た我が子の夢中になる様に、彼女は安堵の表情を浮かべた。ふたりから繰り出される迫力のある音に、結も圧倒されていた。
『実は、先輩っていうのは、嘘で』
そう言った後、創と結が改めて名乗った。
驚いたと郁江は言ったが、それでも、この場を収めてくれたことには感謝していた。
『幼なじみの縁を、切るわけには行かないわよね』
そう彼女は答えた。帰りに、またふたりの笑顔を見ることが出来た。
「……どっと疲れた」
創が、帰りのバスでため息をついた。
「でも、確かに勉強になった」
「いっぱい動いてもらって、ごめんなさい」
「ん、そこは、『ありがとう』でいいよ」
「――うん。ありがとう」
安心した表情で、創も頷いた。
しばらく後のグループチャット。
『無事、養子縁組を済ませました』
蓮から、ふたりの写真が送られてきた。
『母から「今後ともお騒がせするかも知れませんが、どうかよろしくお願いいたします」だそうです』
蓮の後はわいわいと話が進み、町外れのジャズ喫茶へのお誘いも来た。
『嬉しそうですね』
「わっ」
えにしさまの声に振り返るも、姿までは見えない。
「あまり納得のいく終わり方じゃないですけど」
『何とか、琥珀くんのお母さんが合わせてくれたので、安心しました』
「はい」
『――それに』
ほっとしたように、えにしさまが。
『安心した結ちゃんの表情を見て、改めて安心しました』
「……はいっ」
ふわりと笑うと、『それでは、また』と気配は消えた。そしてすぐに、様子を見に来た創から、昼ご飯の伝言が来た。
次第に空気も音楽も暑くなっていく季節。雨が上がる頃に、また次の縁が訪れる。
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幕間
「ん」
創が居間に来ると、日記帳が開いたまま置かれていた。
恐らく結のものだろうと、内容を見ないように閉じる。
結は買い物に出かけたままなので、メッセージを送っておこうとスマートフォンを取り出す。
――サラサラッ……
独りでにペンの走る音がした。
思わず目を見開いて振り返る。
「また開いてる……」
どうやらページをめくったらしく、次のページの隅に丁寧な字体でこう書かれていた。
『この日記帳、タンスの、結ちゃんの引き出しにしまってくれませんか?』
困惑しつつ、結にメッセージを送る。
『日記帳、置きっ放し』
『あっ、引き出しに入れて!』
日記帳に書かれたメッセージと同じ内容。
不思議さの中に、若干の不審さを感じながら、日記帳をそっと引き出しにしまった。




