第二十一章・後② 困惑的な奇襲
動いたのは同時だった。
自分がダッシュの開始と同時に脚力強化の魔法を展開し、足元に金色の魔法光が舞う。
相手は手元をこちらから見えないように体の後ろに隠した後、そこで魔法陣を展開する。
――角を捨てたのは失敗だったな。
間合いが短い。相手に先手を取られる。
――攻撃は、射出系か。射線見えるかな。
まあいいかな、と思った瞬間、相手のローブが翻り、赤い真っ直ぐな光がこちらへ延びるのが見えた。
――数は四。コースは…やや難しいけど避けられる。避けた後は…
一秒以下の時間の中での思考。濃密な一瞬を感じて、行動を実行する。
赤い弾丸――炎系魔法のやや難度高めな技だ。名前は、確かファイアー…アロー? バレット? まあそんな名前だったかな。
足元でステップを踏むようにその弾丸を避ける。最初に来た二本を頭を下げてかわし、右と左に体を順に振って残りを避ける。が、最後の一発が左肩を掠って服が破けた。こいつ殺す。
視界は、相手の魔法光で塗りつぶされてやや見えづらく、敵のはっきりとした形はわからない。だが、おおよその位置はわかっている。楽勝。
左にステップした反動で相手の右側へと回る。そして同時に右足を振りかぶり、
「ッラァァ!!」
相手の左半身に渾身の回し蹴りを叩き込む。そして、足に伝わってきた感触は、
――外れ、か。
感触は良いが、反発が強い。綺麗に防御されたな。
光が弱まり、視界が慣れてきて見えてきたのは…
――…足で防御された。
こちらが打ち付けた足に合わせるように、名も知らぬ男は自分の左膝を合わせて防御してきた。絵面だけで言うなら、双方片足立ちでお互いの足を打ち付けあい、男は膝蹴り、こちらは回し蹴りの格好になっている。
――…手こずりそう。
舌打ちをした後、蹴った足を相手に押し付けて反動を得て、距離を取る。
――なら、
そして、その加わった力を相手が処理するより早く再接近して、
――速攻で決める!
もう一度蹴りを打ち込んだ。
否、一度ではない。
「ッラッエェェ!!」
何度も何度も何度も蹴りを打ち込む。一つずつ防御されるが、それでもラッシュを止めない。
自分が蹴りを打ち込むたび、それを相手が腕や膝で受け流すたび、脚力強化の金色の魔法が、硬化防御の赤い魔法が弾ける。
常に攻撃は自分、防御は相手。
――…押しているわけじゃない。
手加減、というほどではないが、まだ相手は本気を出していない。自分も本気を出しているつもりではないが、手応えがない。
――様子見、ということか。
チッ、と苛立ちの蹴りを一発ぶち込む。防御された。
「…なるほど」
そんなときにそんな言葉が相手の口から聞こえたから、自分の中の苛立ちがまた一つ増えた。
「確かに君は強い。お互い本気で戦えば、恐らく君が勝つ。仮に僕が勝ったとしても重傷は免れないだろう。だが――」
だから何だと股下から蹴り上げる。避けられた。ぜってー殺す。
「――もう少し汚さを覚えた方が良い」
あぁ?、と低い声で怒鳴り散らしたかったが、女としてそれはこらえた。偉いな私。
代わりに、という風に相手の右肩に回し蹴りを見舞う。防御の赤い魔法陣が展開した。防がれた。コイツ死ね。
――そんなにズルく戦ってほしいなら…!
右肩に打ち付けた左足を基点に、空中で体を回転させる。当然の帰結として、体が宙に浮かび上がり、右足が相手の頭上高くに上がる。
「オッラァァァァァ!!」
乙女からほど遠い雄叫びをあげ、空中踵落としを繰り出す。
そして、当然のように敵は空いている方の左手で防御しようとして――
――掛かったァァ!!
ニタァという薄笑いは、絶対あの人には見せられない。
相手から見えなくなっている位置。自分の胸の上で、右手を裏拳の構えにする。そしてもちろん魔法による腕力強化を加える。
「ッッ!!」
先ほどの雄叫びとは打って変わって息継ぎのような力みでもって攻撃を始動させる。
敵の左手に右足の踵が優しくぶつかる。ダメージと反動がほとんど発生していないのを確認して、上から裏拳を振り下ろす。狙うのは――
――首筋ィ!
ガラアキになった男の首の左側に、己の右手を叩きつける。体が変に捻ってやや痛みが伴うが、許容範囲だ。
「ッッ――!?」
苦悶の呻きをあげ、相手が一瞬のけぞり、怯む。しかし大したダメージではない。ほしかったのは、
――隙アリィ!
痛みに少し潤んだその目を一瞥したあと、重力にまかせて床へと落下する。その落下の最中、右手には筋力強化と攻撃用の爆発魔法を一、二、三――七重掛けする。
着地。脚力強化の残りで、体重以上の力が床に掛かり、ミシミシと木が軋む音が聞こえた。
そして、目の前にあるのは、遮るものの何もない相手の胴体。
血が沸騰するのを感じる。それは、勝負を終わらせる興奮であり、魔法の発動による疲労感がもたらす高揚感だ。
「ットベェェェ!!」
右手を相手の鳩尾目がけてぶちかます。
瞬間的に高速になった拳がローブの腹にめり込み、手を伝わる感触はメリメリと何かを砕く心地よさ。
ほんの一瞬音の速さを超え、衝撃波が発生し、相手と自分に空気の層が攻撃を仕掛けるが、魔法の爆発ついでに発生させた『熱量発散』の魔法で攻撃を周囲の空気や建材に温度として分配する。屋敷を壊してあとで怒られては困る。
ギ、と変な呻きを発した相手は、一メートル少し空中を浮遊した後、天井にぶつかり、落下とともに前方に吹き飛ばされて廊下の闇へと消えていった。
――勝利、かな。
ふぅー、と長い息と一緒に緊張や興奮を吐き出す。
――『爆発』の魔法は、『熱量分散』と併用しないといけないから面倒くさいな。
ドラコに教えてもらったことだが、併用しないと味方やそのあとの自分の行動に支障が出るらしい。
――まあ、私の場合は豊富?な魔力のお陰で、無意識の内に防御魔法が展開してて心配ないらしいけど…。
今度からは考えて殴らないとな、と頭を掻いた。
『…話しかけてもよろしいですかな?』
そこで聞こえたのは、やや控えめなシラタマの声。胸元の魔法石からだ。
「なんですか、シラタマさん。戦闘は終わったのでなんでもいいですよ」
『いえ、魔法学院のご主人の研究室から屋敷の回線に通信が入っておりまして…』
出してください、と告げる。
――…初めからこれで助けを求めれば早かったんじゃないか?
まあ、過ぎたことはしゃーないなー、と後悔はしないことにしておく。
『もしもーし、えっと、室長…じゃないよね?』
「はい、私です」
聞こえてきた声は、いつもの女性研究員の声だった。やや変質しているが、たぶんこの嵐で通信状況が悪いからだろう。
『じゃあ伝言お願いねー。レポートが何個か届いているのと、研究でちょっと相談したいことあるのでは一週間以内にこっち来てもらいたい、って言っておいて』
「わかりました、伝えておきます」
そう会話が終わって、何故か「大丈夫?」と通話の向こう側から聞かれる。
『なんか、かなり息が荒いけど…』
「あ、はい。ただいま、屋敷を襲ってきた暴漢と交戦してまして」
一瞬の間のあと、ハァ!?と驚愕の声が返ってくる。
『…大丈夫なの? それ』
「はい、多分大丈夫です」
おそらく、さっきのが相手で一番強い奴だろうし、あとは油断していてもなんとかボッコボコにできるぐらいの有象無象だろう。心配はない。
「一応、明日の朝にでもお役人を呼んでもらえればいいと思います」
『あ、そう…』
まだ腑に落ちないような声が聞こえてきたが、無視する。
「それより、今度服買いに行くのに付き合ってもらえませんか? ファフナーと一緒だと、どうも人形にさせられている気がして…」
仮にも殴り合いをした後の会話とは思えず、心の中で少し笑う。
『ん、いいよ。今度、室長と一緒に来た時でいいかな』
「はい。お店はそちらでお好きに決――」
――衝撃は一瞬だった。
ガンッ、と足に何か強い衝撃が来たかと思うと、視界の上下がグルリと周り、顔面から地面に叩きつけられた。五体投地の様に床に四肢を大の字で倒されると、視界が一瞬で真っ暗になり、背中に伸し掛かられる感触が。
――…何が起こった?
突然のことに思考は真っ白。どこかくぐもった、女性研究員の声が僅かに聞こえる。
――視界が真っ暗なのは、頭に何かを被せられたせいか。
徐々に理解が追い付いてきたところで、ガチャンという何かの金属音が四回聞こえた。
――何の音だ。
思考を巡らせる。自分がこんな状況、つまり何者かに組み敷かれるという現状を生み出せるのは、もちろんこの場には一人しかいないわけで…。
――…止めを刺し損ねたか。
ク、と悔しさに奥歯を噛む。
「…君の敗因は二つ」
自分に被せられた布の向こう。先ほどの男の声が上方より聞こえる。
「一つは相手を本当に倒せているのかを確認しなかったこと。油断と言えばそれだけだが、爪が甘すぎる」
言われなくてもわかっている。少し興奮しすぎて冷静な判断が出来なかった。
「二つ目は、自分の目に見える部分しか考えていなかったこと。僕がローブを着ているだけで、ただの魔法使いだと見誤った。仮にも盗賊団で、単騎で突っ込んでくる奴だ。相応の実力、相応の戦法、相応の装備を保持していることを予測すべきだった」
実力の面はわかるとして、戦法は…一度負けたふりをして油断させたことか。装備は…。
考えていると、ゴトリと重いものが床に落ちる音が聞こえた。
「…君の最後の攻撃で、ローブの下に着込んでいた対魔法用の鎧が壊れた。高かったんだぞこれ」
そりゃどうも、と薄笑いを浮かべたところで、反撃できるか、と手足を動かそうとする。
「抵抗はしない方がいい。君の手足にさっき魔法発動を妨害する拘束具を付けた。体を動かすには支障はないだろうが、魔法を使ったら、出力によっては四肢が吹き飛ぶ。魔法なしで僕には敵わない」
わかったか、と聞かれてうなずくしかない。取れる手段は全てなくなった。
「…拉致監禁はするが、強姦や拷問の心配はしなくていい。そのために君を攫うんじゃないし、ウチの団もそこまで治安が悪いわけじゃない。下っ端に商売女を抱かせる程度の無駄遣いならいつでもできる経営状況だ。逆に、無理に襲って自我崩壊の後に魔力暴走でも起こされたら困る。その拘束具、『末裔』レベルの最高出力には耐えられる作りじゃないんだ」
自分も、魔法の技術的な使い方は習ったが、ハイルディが時々するように、ただただエネルギーとして魔力を最高出力まで放出する方法は教えてもらってない。魔法使い曰く、『無駄だから』だそうだ。
「立たせるぞ、いいな?」
一見許諾を取っているように見えるが、その実強制だ。逆らうことも出来ず頷く。
メイド服の襟を掴まれ、強引に立たされる。自分の体重の軽さが少し憎かった。
――…ああ、またか。
閉ざされた視界の中で重くため息をつく。
――迷惑かけちゃうなぁ。
エタりはせんけど更新くそ遅いのね…ごめんなさい




