第二十一章・後① 突発的な激争
屋敷の周辺は、その日、嵐のような大雨だった。風が窓を鳴らし、あまり心地よくない音が聞こえる。
少女はため息をつき、屋敷の廊下の窓から外を眺めた。その手には衣類で一杯になった洗濯籠があった。
――久しぶりに部屋干しかな。
この季節にしては珍しい雨。夏用の半袖メイド服にも湿気が纏わり、少々動きづらい。
「シラタマさん、大丈夫ですか?」
『ヤー! 玄関先の小型インターフェースをわざわざ室内に持ってきていただいて有難いでありますぞ!』
豪雨の最中に高級品であるシラタマの呼び出し装置を置いておくのは危険なので屋内に退避してある。
『お一人ではこの屋敷も持て余しますな』
「はい、あの人にも早く帰ってきてほしいものです」
少女はただいま留守番中である。
『お仕事ですかな?』
「一応、ですね。夏休み中は事務仕事は殆どありませんし、自分のレポートのまとめをやっています」
リビングの机で、その上においたあったシラタマ呼び出し器と会話する。その横には自分のレポート用紙を広げて、だ。自室の机でもいいのだが、どうもこちらの方が集中できる。
魔法使いは、何やら調べものとかで出帳?中だ。一週間ほどで戻るそうだが、そう言ってちゃんと戻ってきたことはないので信じないでいる。
それよりも、帰ってきたときに自分の研究内容をちゃんと言えるようにしておきたい。
研究レポートの内容は、『発動並列化』。つまり、同時により多くの魔法を使えるよう、魔法陣や理論を調整していくものだ。
魔法使いが出かける少し前、どうしてレポートの内容にこれを選んだのかを聞かれた。
『先日のチンピラに襲われた際、一度にもっと水の弾丸を撃てればより楽に終わったと思いましたので。あとは…』
そこで諦めたように回答を遮られ、続きを言えなかった。
確かに、直近の理由は街でチンピラと喧嘩したときにもっと上手く戦う方法があったら、というものだが、本筋の理由は、
――作業の時間を短縮して、あの人と一緒にいる時間を増やしたい!
うぇへへ、と嬉しく歪んだ口元は、傍から見たら多分気持ち悪い。
『本日の残っている家事は、もうありませんな』
まだ時間は夕方だが、もう作業という作業は残っていない。
「はい。私だけですし、ご飯の用意も、保存してある肉を焼けばいいだけです」
――昨日は、約束破って山に入ったけど、無事ならいいよね。
山に入って遭難して以来、一人で狩りに行くのは魔法使いに禁止されてしまった。ドラコやハイルディがいれば一緒に、最悪でもシラタマを通して常に回線をオンにしておけ、というのが命令だ。
おかげで、食卓に大量の肉が並ぶのもあまりなくなってしまった。毎日パンや野菜だと、少々物足りない。過保護も考え物だ。
よって、魔法使いがいないこのタイミングで山に狩猟に行った。獲物は、イノシシ一匹に鹿一頭、鳩が三羽でリンゴが二つだ。自室においておく生首シリーズが熊に加えて三つに増えた。
胃の中の心地いい感触を実感しつつ、ペンを走らせる。えーと、関節に対する肉体操作が云々。
魔法の理論成熟に合わせて、自分の戦闘スタイルにも少し改善を加えた。ドラコのアドバイスに従い、上半身を利用した攻撃もできるように魔法強化による手攻撃の威力の増大。『物体浮遊』の魔法の応用で、空中での二段ジャンプを可能にする空気圧縮。他にもちらほら肉体強化の魔法を改善したりした。
ドラコが来ていれば修正や手合わせをお願いするのだが、最近はあまり見ていない。どうも、雇用契約がまた破棄されたらしく、今度はバチカンのどこかに交渉に行っているらしい。近々またこのあたりに戻って来るそうだが、いつになることやら。
技術面ではドラコに劣るが、よく来るハイルディには組手をしてもらうことも多い。戦闘形態は少し違うが、十分確認には役立っている。ただ、問題点があるとすれば、
――組手のたびに、あの人との関係を聞かれるだよなー。
組手の後の休憩時間に、というのならまだいいが、ヴェルが友達と旅行に行っているとかで泊まりに来た時は一晩中追及された。つい、ポロッと何かを言い漏らしてしまうと、意地悪な笑顔でからかわれるのだ。こちらとしても悪い気がしないでもないのがつらい。
――…惚気ていていいものなのかな。
一応、魔法使いとはお互いに『答えが出るまで待っていよう』というのが約束だ。実際、守るつもりだし、待つつもりでもある。
だが、それと自分の欲望とはまた別の話であって…。
――イチャイチャしたいなぁ。
何度目の願望だろうか。そう思ったところで、レポートの文末を書き間違えた。消せないので一ページ全て書き直しである。他人にぶつけられない苛立ちに、短く暴言の独り言を呟く。「クソッたれ!」『淑女の出す言葉ではありませんな』黙ってろ白饅頭。
――このまま、なし崩しであーだこーだなって…。
星空を見つつ二人で夜話していたらなんとなく良い雰囲気になって、たまたま目があって、顔が徐々に近づいてきて、そのままベッドに押し倒されて――
――人前では言えないあんなこととかこんなこととかー!!
きゃあ、と心の中でベッドの上を転げまわる。星を見ていたはずなのにベッドという矛盾があるが、妄想の中だ。多少の設定破綻は許してもらおう。
ニマニマしつつ妄想していると、レポートの書き始めを間違えた。舌打ちして紙を変える。「|死に腐れ《Fuck'n shit》!」『…私は何も聞いていないことに致します』おう、黙ったか白饅頭。
チャイムがなったのは、いつかの時と同じようにレポートを書き終えた時だった。日も沈み、雨模様も手伝って外は真っ暗になっている。
――ハイルディさんかな。
書ききったものをざっと見直し、間違いがないことをチェックする。これでだいたいの内容は終了だ。まとめを少しやって完遂となる。なんとか、夏休みの終わりに慌てて仕上げるとかいう事態にはならずに済んだ。
もう一度鳴ったチャイムに、はいはい出ますよ、と席を立つ。
レポートを書いている最中にメイド服についた汚れを払い落とし、玄関へと向かう。
「薪の備蓄は十分でしたか? 濡れていらっしゃると思うので、暖炉に火を点けたいのですが」
『少々湿気っておりますが、大丈夫でしょう。着火装置に備蓄魔法石から魔力を流し込んでおきます』
手が回るようで何より、と有能な白饅頭に感謝した。
風と雨の音に軋んだ音を鳴らす廊下を歩き、扉の前に立つ。その時にまたチャイムが一回。
「今出ます!」
急かしてくる相手に大声で言い、開けようと扉に手をかけた――
私が油断していた理由は三つ。
一つ目。これまで、家にはハイルディやドラコといった戦闘職、そこまでいかなくとも魔法使いがいて、防犯に意識を配るという必要がなかった。
二つ目。屋敷の外でいろんな事態に陥ったせいで、逆に屋敷に入れば安全という思いを抱いてしまった。
三つ目。不審者が屋敷を訪ねたことはあったが、その際には外の呼び出し器からシラタマが教えてくれたため、扉を開ける必要がなかった。
そして、私と、そしてシラタマが対応できなかった理由も、どうように三つ。
一つ目。直前にシラタマに『火を点けさせる』という処理を頼んだため、本来なら補助プログラムとして忠告すべき場面でシラタマはほんの一瞬、その答えを出すのが遅れた。
二つ目。湿度と、直前の洗濯で少し濡れた服、しかも動きやすさよりは「汚れてもいい」ということを優先したメイド服は急な動きに不適だった。
三つ目。これが最も大きい理由。
――私は幸せすぎた、扉の向こうに襲撃者がいるなんてことを思いつくには。
扉を開けた瞬間、目に入ったのは、全身を黒ずくめの服と汚い布で覆った男たち。人数は少なくとも三人。それ以上は暗闇に紛れて把握できない。
雷雨の訪問者。見るからに怪しい服装。額から上を布で覆い、判別できない顔。そして何より――
――私が扉を開けた時に一瞬見せた、汚く勝ち誇った笑み。
それだけですべてを理解した。こいつらは襲う者で、私は襲われる者なのだと。
『逃げてくだされ!』
反応が最も早かったのはシラタマだった。別の処理をしているとはいえ、優秀な精霊だ。対応は早い。
次に動いたのは自分。その声を聞くなり、踵を返して走り出した。戦うことも出来たが、相手の正しい人数もわからず、手の内もわからないで暗闇の中へ飛び出すのは得策とは言えない。何より服装は戦闘向きではない。
そして最後に襲撃者。背後から怒号とともに走り出す音が聞こえた。
一目散に廊下を走り抜け、階段を駆け上がり、二階の自室へ向かう。途中で振り返ると、後ろには誰もいない。どうやらスタートダッシュで振り切ったようだ。
自室の扉を乱暴に開けて中に飛び入る。閉めるときになった大きな音が自分を驚かせた。鍵を閉めると同時に、灯りを消した。
そこで一瞬一呼吸。まずは何が起こったか整理しなければ。
――相手の所属は不明。恐らく盗賊か何かの類だろう。
窓にゆっくり近づく。灯りを消した時に視界が闇に覆われたが、窓からの僅かな光に目が慣れ、朧げながらも部屋の中はわかっている。
窓の外。玄関の近くを見下ろす。幾つか灯りが動いている。松明…では雨に消えてしまうので、ランタンか発光系の魔法だろう。数は少なくとも五つ。全員が灯りを持つはずもないので、三人に一人灯りを持っている計算だとすると、外にいるのは最低十五人。
床に伏せ、耳を板につける。聞こえたのは、階下で動き回る足音。
――五人…いや七人はいる。
外に十五人。屋敷の中に七人。楽観的に見ても敵の数は二十人以上。
「…シラタマさん。どうにかして逃げる方法はありませんか」
『地下室に籠城が最善と思われます。もっとも、それでなんとかなる保証はありませんが』
小声で白饅頭と会話する。
窓から飛び出て、そのまま麓まで逃げ切るというのも手だが、雨の中、数の利が向こうにある状況でそれは無謀だ。山の奥に入るというのも手だが、暗闇に加えて大雨だ。以前のように崖下に落ちて、増水した川に流されて息絶えるなどということは避けたい。
反応の速度からして、敵の熟練度はそう高くないと判断でき、一対一、よしんば二対一でも対抗できる。だが、それを十回はする体力はないし、一人でもドラコレベルの盗賊が混ざっていれば助かる可能性はゼロになる。
となると、取れる策は、どこかに隠れて、魔法使いが帰ってくるまで、願わくはそれより早くハイルディか誰かが訪問してくれるのを待つだけだ。
――まずは、朝になるまで逃げないと。
日が昇れば、雨が止めばまだ望みはある。状況の確認は楽になるし、何より村の誰かが気づいてくれるかもしれない。
「シラタマさん、援護ってできますか?」
『出力デバイス…鏡の前に相手を連れていただければなんとか。敵の動向も探れていますから、お望みとあらばお教えいたしましょう』
ふう、と深呼吸し、部屋の中を見回す。机とベッド。タンスにはファフナーに選んでもらった服とメイド服が何着か。作業用の革服に着替えてもいいが、そんな時間はないだろう。他には、棚に並んだ動物の生首シリーズが、熊・鹿・猪と三つ。
――よし。プランは立った。あとは実行に移すだけ。
生首を部屋の中心に並べた。扉に鍵がかかっているのを確認し、そこに耳をつける。
「――ちを探――どこか――はず――一部屋ずつ――捕まえ――」
小さいが、侵入者の声が聞こえてくる。物盗りではなく、人攫いのようだ。
話し声、足音から、二階にいるのは三人。部屋をそれぞれ調べているらしい。
一人は、この部屋から右に二つずれた部屋に。一人は階段付近で…見張りか? そして最後の一人が…
――来た。
ガチャ、と鍵のしまった扉のドアノブが回る。そして、扉の向こうの相手は、何かに気づいたように動きが慎重になった。
――来るか。
相手が扉から離れる雰囲気。短く何か呟く声の後に、扉のこちらで感じたのはドアノブが少し熱くなる感覚。
――炎系の魔法で、ドアノブと鍵を破壊したあとに押し入ってくるか。
そんなの肉体強化で破壊すれば楽なのに、と思ったが、向こうの頭の中では「私はまだ気づいていない」設定だろう。大きな音を立てて「健気な少女」がパニック状態にでもなられたら面倒だ。
――私は私の準備をしないと。
ゆっくりと部屋の後方まで下がる。
すぅ、と息をついた後、ゆっくりと扉を見据える。
その時、ぺちゃり、と変な音がして、いきなりドアノブの部分が光りだした。
否、熱で溶けたドアノブが外れ、そこから廊下の光が入り込んだのだ。廊下の灯りはつけていなかったはずだから、ランタンか光系の魔法だ。
しばらく見ていなかった強めの光に目を細める。だが、それが今から狙う目標だ、と睨めつけていると、
――…目、だ。
そのドアノブが溶け落ちた穴、その向こう側に目が現れた。扉の向こうの襲撃者が、部屋の中を確認しようと覗いているのだろう。そして、
――目が、合った。
違う、こちらから向こうは明るいために見えているが、暗所のこちらは向こうからは見えていない。
だが、たしかに目線が交差し、獣人の目には瞳の色までくっきりと見えた。
緑かかった黒い目で、緊張のためかやや瞳孔は開き気味。黄ばんでないあたり、健康的な生活を送っているのだろう。
その目が、ドアノブから離れる。
――来る。
一呼吸おいて、心の中で三つ数える。
――三。
直立だった足を前後に開くように、左足を後ろに引く。
――二。
その引いた左足を前に踏み込んで勢いをつけ、右足を振りかぶる。その瞬間、ドアからはミシリと破砕音の前の悲鳴が聞こえた。
――一。
後ろに振りかぶった右足を、地面に置いてあった熊の生首へとヒットさせる。白目をむいた熊の顔が、入れられた衝撃に形を歪ませ、一瞬遅れて床から発射される。
そして、扉は――
バコンッ!
中途半端にでかい爆発音をあげ、木製の扉が砕け散る。受けた攻撃は、単純なエネルギー発射による爆発だろう。
その向こう、扉を破壊した魔法の主は、左手に持つランタン――火がないようで、魔力で光る物のようだ――に顔を照らされているが、その下半分が革のマスクに包まれて人相はわからない。だが、そこに高速で向かう生首が一つ。
――ゼロ。
熊の生首は襲撃者の喉元に直撃。蹴りを打ち込まれた猪のような声を出して襲撃者が後ろに飛ばされる。
――もう少し上だった。
頭に当てられなかったことを残念がりながら、次弾に移る。
次に置かれた猪の頭を蹴り飛ばす。今度は、飛ばされている襲撃者の股間めがけて。
――ッラァ!
命中。ぶちょん、と鈍い音がした後、また似たような豚の悲鳴が聞こえた。
――ラスト。
鹿。まだ立派な角のついた雄の鹿だ。凛々しい。円らな黒い瞳は庭で拾った石を埋め込んだ。角の歪曲具合も中々様になっている。横幅一メートルはあるんじゃないか。
鹿の頭を蹴り飛ばした。
真っ直ぐドアに向かって飛んだ鹿の頭は、しかしドア枠にその角が引っかかる。だが、勢いにやがて角は耐え切れなくなり、
――ボギィッ。
折れた。
そして、遮るもののなくなった鹿の頭は倒れいく男の頭にクリーンヒット。調べずともわかる。気絶だ。あの勢いでまだ意識があったら多分生物じゃない。
最終結果、場に残ったのは、倒れた敵、三つの生首、綺麗に折れた一対の角。
――次。
蹴った体勢から、右足をそのまま床に踏ん張って、走り出す。途中、折れた角を片手に一本ずつ拾う。
扉が開いたままになった入口から廊下に出る。暗いが、獣人の行動を阻害するほどではない。
「おい、なんの音だ!?」
廊下に出て向かって右側、隣の部屋から別の男の声が聞こえた。酒に焼けたガラガラとした声。
――楽勝。
右の方向へとターンし、声の聞こえた方へと向く。二本の角は体の右側に低く構え、切り上げの準備だ。
「早く見つけねぇとリーダーに俺が怒られんだろうが!」
廊下の床を踏みしめると、ギィと板が擦れて呻きをあげる。
魔法による加速はつけない。魔法光は相手にアドバンテージを与える。
敵が隣の部屋から出たのを見ると同時に全速力でダッシュする。そして、
「返事を――」
こちらに向きかけた相手の股間目がけて角を打ち付けた。
カエルが潰れるような音と悲鳴が聞こえ、それを無視して右足を踏み込む。
――跳ぶ。
片足で相手の目線にまでジャンプし、左足は部屋の反対側に振りかぶった。
――飛ばす。
その左足を、痛みに顔を不細工にしている相手の右半身に叩き込む。
不細工な顔がもっと不細工に歪み、足には衝撃を芯でとらえた心地のいい爽快感が来た。
ワンテンポ遅れて敵が吹っ飛び、さっきまでいた部屋の中に叩き込まれた。ドンガラガッシャンバリーンと豪快な音がするが、まあ片づけは後でいいだろう。
残りは、一人。
トン、と着地し、ゆっくりと顔をあげる。その先には―
――目があった。
確認できていた最後の一人。やや痩せ気味に見える若い男だ、少年というには大人びて、大人というにはガキ臭い。
自分の顔は、最初の男が床に落としたランタンに照らされ、彼の顔は自身が右手に浮かべていた魔法の光球に照らされていた。
まだ新米なのだろう、恐らく階段付近で見張りを命じられていた彼は、突如聞こえた大きな物音に階段を駆け上り、そして仲間の惨状を目にした。
つまり、一人は動物の生首に囲まれて床に倒れ、もう一人がいるであろう部屋の前には、鹿の角を両手に持った――綺麗で楽しそうな笑顔をした少女がいる光景。
何が起こったか、そして何が起こるかは明白にわかることだろう。
廊下の先にいたその彼に狙いを定め、ゆっくりと鹿の角を構えた。
――楽しい。
戦闘で分泌された脳内快楽物質が、感覚を麻痺させ、口角を緩ませる。
この場で、少なくともこの瞬間は、狩る側と狩られる側が完全に逆転していた。
つまり、少女が狩人で、
――あなたが獲物。
二人の動きは同時だった。
まず、少女が再び足に力を入れ、ダッシュの体勢に入った。そして、少年の方は空いていた左手に何かの魔法を発動する。赤い魔法光だ。
――身体強化は、身の振りからして違うだろう。爆破系かエネルギー射出か。
自分なら、という予想を少女は巡らせるが、どれを取っても自分が負ける要素はない。それぐらい、相手の挙動は素人染みていた。
手に持つ二つの鹿の角に、魔法を通わせる。すると、金色の魔法光が角を包み、その実体が隠れていく。
それを見た相手は、一瞬驚愕と戸惑いの表情を見せた後、左手を前にかざした。
――悪手。どこまでも悪手だ。
これで、相手の魔法は射出系か、あるいは防御用の何かであることが決まった。自分は使えないが、少なくとも何をするかがわかるような動作でするべきではない。
金色の魔法光を纏った鹿の角を、走りながら振りかぶる。二本とも肩に担ぐ形で、だ。
迫った相手に、少年は焦りと動揺の汗を額に浮かべ、魔法を発動した。
――早い。
スピードではない。タイミングの話だ。勝負はなるべく後出しの方が応用が利くのに。
イヒ、と多分気味の悪い笑顔を見せて、角を二本、順番に投げた。
発動した相手の魔法は、ただの火球。教科書的に言うとファイヤボールだったか。炎系の基本的な魔法の一つだ。
――魔法式は『着火』の魔法に『射出指向』の言葉を付け加えるだけ。
すぐに出てきた知識に、自分も成長したなぁ、と少し機嫌を良くした。
――あの人が帰ってきたら褒めてもらおう。
一本目。投げた角に相手の火球がぶつかる。急ごしらえで作った弱小な火球では、大した威力を持ち得なかったのだろう。少し大きめの音を出して鹿角を破壊するだけでとどまった。
角の二本目は、妨害を受けることなく光を纏ったまま相手へとぶつかる。目潰しのための『発光』の魔法だ。別に媒体がなくても使えたが、まあ過去の自分の考えたらずを憂いてもしょうがない。
結果、残ったのは、光に怯んだ相手と、そこにまさに今跳びかかろうとしている、
――私!
床を蹴り、相手の目線にまでジャンプする。
光に目を細めた相手の顔に狙いを合わせ、
――蹴る!
蹴った。膝で。
痩せ形の相手の体が不自然に曲がった後、相手は階段を雪崩のような音を立てて転げ落ちていく。
――…あの感触は、まだトドメをさせてない。
殆ど勘でそう判断した後、階段の踊場に姿見があるのを確認して、
「シラタマさん!」
『ご了解致しました!』
白饅頭の返事が聞こえた後、踊場にあった姿見が眩く輝きだす。
その輝きだした鏡の前に、転げ落ちていく敵が丁度重なって――
『喰らいなされ!』
バヂリ、と電気が空気を焼く音が聞こえ、踊場が電撃の光に包まれた。
出所は、もちろん姿見。つまりシラタマの呼び出し機だ。そこからシラタマが備蓄魔法石のエネルギーを使い、気絶用の電気系魔法を使用した。
気絶用ということもあり、出力はそこまで高くない。だが、蹴りを受け、階段を転がり落ちた敵の意識を奪うには十分だったようだ。電撃を喰らった後の相手は、時折ビクビクと体を痙攣させるだけで起き上がる気配はない。
「援護ありがとうございます」
『いえいえ、最後の一押しをしたまでで御座います』
ふう、と一息ついて考える。
――まずは地下室だ。そこに朝まで籠城。そのあとはそのあとに考えればいい。問題はどう行くかだ。
今ので階下の敵に気づかれたかもしれない。手練れがいれば面倒だし、早めに向かわなければ。
――地下室は、台所の横の階段から行ける。あ、でも、ちょうど二階だから、踊場から一階の天井に張り付いた方が楽かな。
そう考えて、
――後ろに、殺気。
静かな、だけど確かな気配を感じた。
ゆっくりと振り向く。
そこには、やや薄汚れたローブに身を包み、顔は黒い布で隠したやや背の低い人間がいた。布の切れ間から覗いた二つの目は、綺麗な緑色だ。
「…やったのは、君?」
聞こえたのはまだ子供っぽさの残る男の声。歳は、自分よりも上だが魔法使いよりは下だろう。
指しているのは、周りに転がっている盗賊達の気絶体だろう。
どう答えるべきか少し迷い、小さく頷く。
「…そう」
男は、あまり気にしてないような風で返事をした。
――この男が盗賊だか人攫いの仲間であるのは確定として…どこから来た?
男が立っている位置を確認する。自分から五メートルほど廊下を進んだところ。二人目の敵を放り込んだ部屋の前か。
『ドンガラガッシャンバリーン』
――バリーン、ってことは、窓割ったのかな私。
そりゃ外の連中にバレる、と内心頷く。
――でも、どうしてこっちにいるんだ。階段から上がってこないと来れないはずなのに…。
そこまで考えて、すぐに答えは出た。
――窓から入ってきたのか。
割れてるんだから入るのは容易だ。常識的に考えてしないしできないが、自分であればするしできる。目の前の男はどうやったのか、と考えれば。
――…ローブ。
おそらく、この男の職業も魔法に関係している。なら答えは簡単だ。脚力強化か何かで二階の窓に飛び込んできた。
――よくやるなー。もっと楽のしようがあったろうに。
だが、たぶん自分も同じようにするので口には出さない。
――…で、だ。
これから起きることは明白。この男との一騎打ちだ。
――次は、さっきみたいにはいかないな。
最初に倒した二人は、油断と不意打ち。三人目は見習いだ。前二人はどんな実力を秘めていたとしてもこちらに圧倒的なアドバンテージがあった。三人目を解説する必要はない。
だが、この男は違う。脚力強化で二階の跳ぶなんて発想は、それ相応の戦闘馬鹿じゃないとでてこない。何よりそれが可能な魔法の技能があるということ。そして純粋な一騎打ち。
――勝率は、五分五分ってところかな。
仮にこの男がドラコレベルに強い者なら、先ほどのような会話をする隙は作らない。それより遥かに強く、こちらにどんなハンデを与えても勝てるような実力の持ち主なら、そもそも徒党を組まない。そこから導き出される結論は、自分と戦闘能力は左程変わらない、だ。
地の利や暗闇の利点はこちらにある。戦闘スタイルが未知という意味では引き分け。経験なら向こう。
「…どうする?」
男は、やる気がなさそうにそんな質問を投げかけてきた。
「…どうする、とは?」
「…このまま僕と君が戦っても良いと思うけど、大人しく捕まってくれた方が、お互い無駄な労力を掛けなくて済むと思うんだけど」
何を言っているんだこいつは。
「それは、あなたが私に負けることなんてありえない、という意味ですか?」
「いや、別にそういうんじゃなくて…わざわざ戦闘するのも面倒くさいし、君が勝っても、ここから逃げるの…」
説得の文言を言っているらしき相手は、何故かそこで一度言葉を切った後ため息をつく。
「説得面倒くせぇ…」
愚痴に似た呟きにやや呆れを覚えた。
「戦った方が単純だと思いますけど」
言うと、男はまたため息をついて、
「それも、そうだね」
頭良いのか悪いのかどっちだこいつ。悪いな、バカだなこいつ。
「じゃあ…うん、そうか」
「ええ、では」
相手が気怠そうに頭を掻いたのを見て、自分は腰を下げて構える。
「やろうか」
2ヶ月ぶり\(^o^)/




