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魔法世界の奴隷と主人  作者: 小山 優
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第十七章・後 守りたい優しさ

 く、と魔法使いは書斎で椅子に座ったままノビをした。

 少女との補習が終わって数十分。まだ魔法使いに寝る気はない。

 机に置いてある数十のメモに書かれているのは、生徒それぞれにあてたアドバイスだ。明日の授業で渡すつもりでいる。

――本当はそこまでしなくて良いんだけど…。

 教授陣では、ここまで授業に手を掛けるのは珍しい方だ。まだまだ生徒と自分の歳が近いため、蔑ろにしたくないという思いやりと、卒業後は自分の研究室に来させようという打算が半々、といったところだ。

――ま、あの子には何か強制するつもりはないけどね。

 先ほどまで勉強を見ていた少女の事を思い浮かべ、また違う生徒へのアドバイスをメモに書く。

――…教えていて、凄く楽しいんだよな。

 教えている時のあの子の顔は、好奇心に目を輝かせ、そして誉めてもらうのに一生懸命になっている子供のような笑顔――つい押し倒したくなるような。

――…いつまで我慢できるかな。

 撫でるまでならセーフ、と自分に言い聞かせる。

 一人分のメモを書き終え、次は、

――ファフナーか…。

 たしか、あいつの課題は…、

「ドラゴンと人との中間変身魔法、だったか」

 ドラゴンは変身によって人になるが、完全な人型ではなく、その中間点を作る、という魔法だ。ドラゴンの力は魅力的だし、使用法も多岐に渡るだろう。

 本人がつけた名前は、「竜化ドラゴライズ」だ。うん、痛い時期は自分にもあったので気にはしないが、言ってて恥ずかしくなる名前だ。

 そのアドバイスを書き終え、ペンを置く。

――あの子への返事、どうしようかな〜。

 少女に自分の気持ちを伝えてから、一ヶ月と少し。あやふやな関係のまま過ごしてきた。

――やっぱり、ヘタレかな、俺。

 あの子の言葉に甘えているのはわかっている。今の雰囲気も嫌いじゃないし、実際この生活は楽しい。

 だが、このままの状態で良いわけがない。

『いつまでも待っている』

 もちろん、本当に『いつまでも』な訳がなくて、それが崩れやすい約束だなんてのは自分も経験したし、他人がそうなったのも知っている。

 何より、

――…俺が我慢出来そうにない。

 自分は己が思っているよりも節操がないらしい。

――なまじあの子を意識しはじめて、抑えるのがつらいんだよ…。

 体を洗った直後や、リビングでうたた寝をする彼女を見て、つい滅茶苦茶にしたくなったのは一度や二度ではない。素面ならなんとか大丈夫だが、酔って襲い掛かる、なんて可能性もある。

――そんな中途半端なことにはしたくない。

 ヤるときはヤる。夜の営みは、愛情込めてじっくりねっとりするのが趣味だ。

 はあ、と溜め息をついて、アドバイスを書く作業に戻った。




 机の上に置いていた通信用魔法石に、呼び出しの反応があったのは、生徒全員分のアドバイスをちょうど書き終えたころ。

 誰だ、と思って魔法石を使用状態にする。

『おい、そろそろ時間だぞ?』

 声の主は、警備主任だった。

「わかった。すぐ行く」

 空中に魔方陣を描き、テレポートの用意をする。

――着替えは持って、準備は出来てて…。

 体がテレポートの光に包まれ始める。

 問題なし、と机の上の荷物を持って、目を閉じる。そのすぐ後に、存在が遠くなるような心地を得た。

 重力が上下する感覚のあと、目を開けて見れば、

「いつ見ても、その魔法は凄いな。何にも無いところに人間が出てくる」

「理論自体は簡単だよ、今度教えてあげても良い」

 目の前に広がっていたのは、だだっ広い屋内運動場。自分の横には準備体操をしている警備主任の姿がある。運動用のシャツ姿だ。

「じゃ、始めるか。早く着替えろよ?」

「了解」

 言われ、自分も着替えを取り出す。

「特訓の時間はそこまで長く取れてないんだからな」



 ここは、魔法学院内にある屋内修練場だ。普段は、戦闘科の授業や自主練に使われ、時おり何処かの研究室が実験に使っている。

 今は、そこを自分の戦闘訓練のために借りていた。

「まったく、ドラコ先輩からお前の訓練を頼まれた時は助かったな」

 短髪のブロンドを掻いた警備主任は、腕を伸ばしながらこちらを向く。

 ドラコからの紹介もあり、警備主任に戦闘の稽古をつけてもらうことになったのが先月の中頃だ。お互いの仕事が空く時間、ということで、訓練は夜が幾ばか深まってからになっている。一応、ハイルディの慰問(・・)の代わりだ。

「ホント、助かった。あのままハイルディのところに行くことになってたかと思うと…」

 警備主任は溜め息をついて苦笑い。

「そう? 昔は、結構良い声で()いてたと思うんだけど」

「やめろバカ。そんなことを思い出させるな」

 自分とハイルディの二人で、てきとうな三人目(・・・)を捕まえて行為に及ぶ、という生活も悪くなかったのかもしれない。



「今日は、水を使おうと思う」

 自分も運動着に着替え、訓練に入ろうとしたところで警備主任がそう言った。

「水?」

「ああ、水だ。これまでは基礎訓練に簡単な応用を加えたものをしてきたが、今度は実践的な部分に入る」

 言いつつ、警備主任はボトルを取り出す。

「水、というより、液体だな」

 無論、それが飲料水な訳がない。

「『物体浮遊』系統の魔法はどれくらい使える?」

 『物体浮遊』――読んで字の如く、物を浮かせる魔法だ。広義として、水や空気といった流体に形を持たせて操るということも含んでいる。

「水でテーブルを作れるぐらいかな。気体の制御も頑張れば出来る」

「なら大丈夫か」

 警備主任はボトルを開け、中の水を空中にぶちまけた。

 一瞬、重力に従って下に落ちかけたそれは、しかしやがて球体になって空中に留まる。勿論、警備主任が『物体浮遊』の魔法を使っているからだ。

「じゃあ、この球を殴ってみろ」

――タマを殴れとか、聞いてるだけだと変態だな〜。

 警備主任の言葉に変な想像を浮かべながら、拳を振りかぶる。

――水玉を殴れ、か。

 以前、自分で浮かせた水の玉に手を入れたことがあったが、ゼリーに手を突っ込んだみたいで気持ちが良かった。

 果たしてこれは、と目標を見据え、呼吸を一瞬荒くして拳を突き出せば、

――ゴンッ!

「痛っ…」

 鈍い音がして、拳が弾き返された。固い。

「…思いっきり殴る奴があるか」

 呆れ顔で警備主任が呟く。

「『物体浮遊』で浮かせた水って、もっとゲル状じゃなかった? そんな固くなったっけ?」

 警備主任は出ていた水をボトルの中に戻す。

「『魔力硬化』つってな。防御の時、反射的に攻撃を受けた場所に防御魔法が発動するだろ? 原理はあれと一緒で、魔力の集中で、その部分を固くできる。ある程度修練は必要とはいえ、誰でも使いやすい」

 例えば、と再びボトルから水が出てきた。

「薄く広げれば盾になり…」

 警備主任が手を動かすと、彼の前面に水が薄く壁の様に広がる。

「棒にして、先を尖らせれば槍になる」

 その壁が一本の槍に変化する。

「水滴のまま発射すれば、水の弾丸だ」

 その槍が散り散りになる。

「防御としてなら、土で壁を作るよか魔力が少なくて済むし、魔力で防御壁を作るよりも技術が要らない。遠距離から近距離まで、攻撃の応用は様々だ」

 聞いている分には、コスパも良く、使い勝手も良さそうだ。だが、疑問が残るとすれば、

「なんで、それをドラコ先輩やハイルディは使わないんだ?」

 まさか、警備主任が独自に作った技術でもあるまい。発想だけなら昔からありそうだ。そうならないのは、無論、欠点があるわけで、

「…この魔法じゃ、人を殺せないんだ」

 水がボトルの中に吸い込まれていく。

「一番使い勝手が良い水を使っているが、それだとどんなに魔力を貯めても強度が知れている。弾丸にして打ち出したとしても、精々『凄く痛い』程度だ。それじゃ、戦争には使えない。何より、こんなまどろっこしいことするなら、『地獄の業火』辺りの魔法で焼き払った方が早い」

 では、何故それを自分に教えるのか。

「――だが、逆に、殺してはいけない場面。例えば、群衆の中で逃げる不審者を捕まえなければいけないとか、要人警護の途中で暴漢に襲われ、乱戦になった時なんかは、こういう、『大事な奴にあてても大丈夫な魔法』は重宝される」

 その口振りから、もしや、と思う。

「先輩から聞いてる。ガキを一人、守るための魔法なんだろ? お前が欲しいのは」

 警備主任も、数少ない友人の一人だ。

「これで、座学は終わりだ。あとは実戦あるのみ」

 警備主任は関節をならし、ボトルを渡してくる。

「今日の訓練は、それを使え。早く済ませて寝るぞ」

 伸びをしながら間合いを取る背に向かって、

「…ありがとうな」

「よせ、そう畏まって言われると気持ち悪い」

 二人で苦笑する。「ホント、ケツ掘られた原因みたいな奴の訓練、よく頼まれる気になったね」「うるせぇ! こちとらその所為で、今の恋愛も戸惑ってるんだからな!」面白いことを聞いた。また今度探りを入れてみよう。

「ま、何はともあれ、まずは訓練だ。モヤシ野郎」

 二つ返事で頷き、対峙する。

「好きな奴、守りたいんだろ?」

「もちろん。あの子の優しさに、応えてあげたい!」

 大切なものを守る練習が、始まった。



『魔力硬化』について

別に、ナニに魔力集中しても固くはならないよ。形の表面の硬度が上がるだけで、ふにゃふにゃならふにゃふにゃのままだよ。大きさも変わらないし。

例えるなら、絹ごし豆腐が木綿豆腐になるぐらいの変化だよ

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