第十八章・前 見つめる先
魔法使いは、ローマ西区の裏通りを歩いていた。
少女と出会ったあの日のように、太陽の光を建物が遮る狭い路地を、右に左に、迷いなく進んでいく。
平日、授業のあった日の午後だった。
少女にはいつものように帰りの時間だけを伝えて、自由時間にしてある。今頃はリット達と街で遊んでいるだろう。
何個目かの分かれ道を曲がり、目当ての看板を見つける。
『奴隷商店』
三ヶ月前と変わらず禍々しいそれを一瞥し、店の扉を開く。
すると、店の中から、幾つもの小さい人影が、きゃあという黄色い声付きで自分の横を駆け抜け、店の外へと走り出ていった。
後ろを向いて確認すれば、普通と貧乏の中間辺りの格好をした子供たちだった。
「おじちゃんありがと〜!」
その子供達が店の方に手を振って路地に消えていく。無論、その『おじちゃん』が自分なはずがなく、
「お菓子でもあげたの?」
「飴玉を少々。イチゴ味ですな」
店から出てきた奴隷商人に声を掛けると、ニコニコ顔で返答が返ってくる。デコボコとした顔が歪むのが、愛嬌があると言えなくもない。
「奴隷売ってる人間が子供にお菓子を配るなんて、変な様相だとは思わない?」
「勝手に言っておきなされ。趣味で御座いますよ、魔法使い殿」
肩を竦めるが、促されて中に入る。
平日の真っ昼間とあって、店内に人の姿はない。ローマ西区の裏通りにあるとはいえ、この奴隷商店が相手にするのは高級奴隷を即金感覚で買える金持ちだ。当然、この国の金持ち、つまり政治家や商人達が昼間から暇なわけがない。だからこそ自分は人目につかない時間帯に来るのだが。
「その呼び方、やめて欲しいな。邪険に扱われているみたいだ」
「相手になるお客様は、商売柄、奴隷商店に来ているなどと噂がたてられたくない方ばかりですので、うっかり喋った名前が聞き耳を立てられているとも限りません。自然と役職や職業で呼ぶようにしているの御座いますよ」
それとも、とニヒルな笑みを奴隷商人は作った。
「昔のように『坊っちゃん』とでもお呼びしましょうか、魔法使い殿?」
「やめてよ。そっちに方がむず痒い」
小さく笑ったあとに、奴隷商人はカウンターの中へと入った。
「さて、本日のご用件でしたが…」
カウンターの下から何かしらの書類を取り出した奴隷商人は、その書類をこちらに渡してくる。
「それが、あの女奴隷の身辺情報になります」
もちろん、あの少女のことだ。
前々から頼んでいた、少女の出自についての情報がようやく纏まったらしく、今日はそれを受け取りに来ていた。
何枚かに分けられていたその書類を流し読みし、思うことは、
「少なくない?」
名前、年齢、体格、能力。おおよそ奴隷商店に必要なものは揃っていたが、そんなことは最初の資料で解っていた。自分が知りたかったのは、どこから来たのかとか、どういう経緯で奴隷になったかだ。
「申し訳ありません。神聖ローマの業者から仕入れた内の一人でしたが、どうにもその業者が悪徳で…」
奴隷商人の口から溜め息が漏れる。
「ドイツ北部のあるスラムから身売りされた集団を買い取ったのですが、どうやらあの娘は、道中で拐われた者のようでして」
聞いていて、自分も溜め息が出る。
「…犯罪だよね、それ」
「ええまあ、売ったのが魔法使い殿で良かったと思っております」
奴隷制度。しかし、この国にはそれと対を成す法律がある。
『何人たりとも正当な理由なしに他者を疎外してはならない。異族、異教、異人、異才、全てを受け入れよ』
早い話が、万民平等、信教自由、前歴不問だ。もちろん、魔法学院も少なからず影響を受けている。それが、本来人間の国家では冷遇される竜人やドラゴンが平然と街中を闊歩し、三色合わせや褐色エルフが安心して暮らせる理由だ。あいつら今ごろどこで買い物してるんだろうか。
が、そんな国においても、身分を一つ下げることになる奴隷は存在する。何故か。
市民が奴隷になる場合は、二つのパターンがある。
一つ目は、戦争や人拐いにより、強制的に奴隷にされること。
二つ目は、金銭的事情、つまり身売りだ。
この国の奴隷制度が採用しているのは後者だ。
前者が禁止されているのは言うまでもないが、貧困を解決する手段として、最後の砦に『奴隷に身を落とす』が残されているのだ。
別段、これは奴隷にとって悪い制度ではない。
貧困や飢餓では死ぬのを待つだけだが、奴隷として身を売れば、少なくともその教育期間の間は生命が保証される。このバチカンに、商品をダメにしたい奴隷商人はいないだろう。その上、運良く金持ちの妾や執事として召し抱えられれば、将来的な成り上がりも可能だ。売った家族の方も、売ったお金である程度生活の質は良くなる。ギリシャの方では、英才教育を施した年頃の娘を「どっかの金持ちのイケメンを捕まえて玉の輿してこいよ〜」とバチカンの高級奴隷商に預ける、なんてこともあるらしい。
騙された、とか、こんなの契約と違う、という話もないことはないが、それはあらゆる商売に起こり得ることだ。然るべき司法に訴え出れば相応の対応をしてくれるだろう。
バチカンでは、この「身売り」を『他者を疎外』する『正当な理由』としている。政治的な話をすれば、貧民層を貴族や金持ちに養わせ、働き口を増やすと共に社会保障を富裕層へ間接的にだが負担させている、とも言えるだろう。
しかし、戦争奴隷などは違う。
神聖ローマでは黙認されているが、バチカンが定める『不当な理由』であり、そうやって作った奴隷は、売り買いすることも持つことも禁止されている。
「…秘密だよ?」
「ええ、私めも捕まりたくはありませんので」
仮に誰かが密告したとしても、自分が牢屋に入り、少女が一人残されるだけなのでやめてもらいたい。
「で、その『道中で拐った』っていうのは、どういう状況なの? 住んでた場所ぐらいわかるでしょ?」
溜め息をつきつつ、奴隷商人は首を横に降った。
「その業者の話では、森の中で一人で寝ていたのを見つけ、催眠魔法を重ね掛けで連れてきたそうです。一人旅をしている無用心な娘、と思ったそうです」
たかが見つけただけの少女を拐っていくとは、その業者も節操がないな。
「他の奴隷も、契約内容が違うだとか、移民として来たはずだとか訴える者が多く、迷惑しております。二度とあの業者からは仕入れないことに致しましたよ」
災難だったね、と笑う。が、
――森の中で寝ていた…?
夏に入る少し前、もう一度少女に事情聴取をした。今度は、お互いで認識の齟齬がでないよう、代名詞の意味すら照らし合わせながらだ。
村が盗賊に襲われ、火が放たれた。腕の立つ二人組の傭兵に家族が殺された。呆然自失になっていたところで、後ろから殴られ、気絶した。気付いて目を覚ませば、奴隷を積んだ馬車に乗せられていた。
少女の住んでいた村の場所や、彼女の細かな血筋に関する情報は得られなかったが、それでもその供述の中に「森の中で一人で寝ていた」なんてものはなかった。
――まさかあの子が嘘をついてるなんてありえないし、その業者がこの期に及んで犯行を誤魔化すとも思えない。
誤魔化すなら、もっとマシな事を言うだろう。「道中で知らない奴から買った」とかでも十分責任逃れはできる。しらばっくれてもいいはずだ。
――どうなってるんだ?
所在不明で魔法のない村。いつの間にか奴隷にされていた少女。食い違う証言。
矛盾に頭を悩ませるが、無駄だと予想できて諦める。ハイルディならバカにしたように言うだろう、「そんなに気になるなら自分の目で見に行けばいいじゃない」
――…調べに行く必要があるな。
情報から辿っていくには限界がある。
「業者が言ってる、あの子を拐った場所ってわかる?」
「ええまあ、おおよその位置は聞いております」
いつになるか解らないが、ドイツに行って調べなければならないだろう。それが、彼女の正体を知る一番の近道だ。
諸々の情報を貰った書類に書き加え、ローブの中に入れる。
「ありがと、助かった。ヴェルやハイルディも元気にしてるから、たまには会いにいってみると良いよ」
「はい、時間があればまた」
お礼を言い、謝礼金を置いて店の外に出る。
路地の隙間から見える太陽は少し傾いているが、夕暮れにはまだ早い。おやつ時少し前ぐらいだろう。
――街に出て、買い食いでもしてくるかな。
ドイツに行くのは夏休みあたりか、と予定を組み込み、歩みを進める。リット達も街で遊んでいるだろう。
――…まだ、キミのことを全然僕はわかってない。
少女について、知りたいこととわかっていないことが多すぎる。だからこそ、それを知りたい、解き明かしたいと好奇心がうずく。
――…それまでぐらいは、待ってて欲しいな。
逃避に似た願望を思って、魔法使いは路地へと消えていった。
設定補足~魔法学院について~
正式名称 「フェルドラント=バチカン教育庁」
指揮・権力系統
①学院長
②理事会
意思決定や他勢力との交渉、代表として学院長。内部運営の方針確定として理事会がある。現在の学院長は「ルドルフ=イル=リーベン」、フランス出身。
③各教授陣・各業務部
研究科・教育科・業務科に指揮系統が分かれており、研究科は研究室で、教育科は学年やクラス担当の教授で、業務科は警備部などの実務で構成されている。
施設・設備
①ローマ本校舎
「魔法学院」と一般に言われる建物。研究室があり、多くのクラスがある。魔法使い達が勤めているのはここ。学生寮完備、食堂あり、立地はローマの中心から遠すぎず近すぎず。主に通うのは、王族や金持ち、ローマ在住の比較的裕福な庶民。
②分校
何かしらの事情により本校舎へ通えない生徒のために、地方都市に用意された小規模学校。教えるレベルはやや落ちるが、一つの学問を極めるぐらいなら十分。主に通うのは、地方の零細貴族や地方豪族、異族の中堅どころなど。
③支援学校
利益度外視でバチカン国内のあちこちに作られた、貧困層向けの教育施設。基本的な読み書き計算を教えており、教育の最低レベル押し上げを目的としている。教えるのは、その街の知識人や本校・分校の教育学部の人間など様々。主に通うのは、貧困~中流層。
その他
その成立過程から、あまり他の行政と仲が良くなく、権力的に対立している。技術の権利関係をしっかり保持することが多いので、多くの利益を特許料から得ている。




