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魔法世界の奴隷と主人  作者: 小山 優
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第十八章・後 伸ばした手

 午後の陽が降り注ぐカフェテラスで、少女はリスティナと二人でテーブルに座っていた。

「たまには、(ぬし)と二人でいるのも悪くはないな」

 揚げ物をかじったリスティナが見つめる先、通りの反対側では、服飾店の中でリットとファフナーが言い合っている。

「まあ、あの二人のコントを見ているのも面白いですしね」

 食べるか、と出されたリスティナの揚げ物を断る。脂っこいものはあまり好きじゃない。肉は塩で食べたい人間だ。

 授業の終わった、午後の自由時間。いつもの四人で、街に遊びに来ていた。

 いつもは、自分がファフナーの着せ替え人形になっているのを「たまには他の人が」と主張し、ついでに六歳児のお洒落を鍛えよう、ということでリットがファフナーに見繕われることになった。

 その間、暇になる女性陣は日陰でひと休みだ。

 鱗肌で、背に翼を持つリスティナといると、嫌でも周りの視線を集めるが、「いつものことか」と徐々に道行く人々も慣れていく。

「…暑いな」

「…夏ですから」

 晴れやかだが容赦のない太陽が、乾燥した熱気を生み出している。洗濯物が良く乾くだろう。

「…ああ、そういえば」

 お冷やを一口含んだリスティナが、話題探しにでも、といった風に話を切り出す。

「『末裔』の集会(サロン)には参加するか? 主のところにも誘いが来ていただろう?」

「断りの連絡を入れました。そんな暇もないでしょうし」

 実技の授業があった日から、自分が『救世の末裔』だという事実は多くの人が知ることとなった。とはいっても、「あ、そうだったんだ。へー」ぐらいのものだ。特別クラスに十数人、一般クラスでも数人の『末裔』がいる魔法学院では、大した情報ではないらしい。事務の人に「書類に書いとかないといけないんだから早く言ってよね!」と怒られただけだ。

 問題は、その数日後。特別クラスでも年長者の人から、「仲間に入らない?」と誘われたことだ。

集会(サロン)と言っても、将来の人脈作りのためのお世辞の言い合いのようなものだろう」

 派閥争いや出世、要は政治の話らしい。

「性質上、『末裔』は国内外の要職に付くことが多いからな。貴族連中は、今から情報共有のパイプを作っておきたいらしい」

 その集会(サロン)は、『末裔』を中心に、有力貴族や商人の子供達で構成されているらしい。

 では、竜人の族長家系であるリスティナは、と言うと、

「どうせ私は郷里に帰って、戦闘職に転職。家督をついだ後は蛮族相手に戦争だ。こっちの宮廷事情なんぞ、しがらみにはなっても助けにはならんのでな」

 言って、その背の蝙蝠のような翼を小さく羽ばたかせる。

「まあ、その時には、ファフィを連れ帰って、私の所に永久就職(・・・・)させるかな」

 ハハと笑うリスティナは、やはり肉食系だ。

 政治は自分からは一番遠いところであるし、そんな集会(サロン)とは関わる必要はない。ただ、

――情報共有、か…。

 自分にもひとつ。知りたい情報があった。それは、

――『知識の泉』で貰った、力のこと。

 一応、魔法使いとハイルディから説明は受けた。『光』の力、対魔物用必殺技、使うには普通の魔法を使う要領で、それに加えて全力で思いの丈を叫べば良い。

 だが、この力の目的や存在する意味なんかは教えてもらえなかった。魔法使い曰く、「知らない方が精神に優しい」とのことだ。

 リスティナには聞いたが、何も知らないそうだ。

 話だけ聞きに行くのも良いかもしれない、とお冷やを飲んだところで、リスティナがこっちを向いた。

「永久就職と言えば、そっちはどうなんだ?」

 そっち、というのが何のか解らなくて首を傾げた。いや、とリスティナは訂正して、

「センセーとはどこまでヤったんだ?」

「ハァッ!?」

 間抜けな声で驚く。最初に思ったのが「どこから漏れた」で、次が「どうしてそういう話になる」だ。

「何で知って…!?」

「ん? ああ、半分はカマかけだが、もう半分はファフィの勘だな。少し前から、二人の関係に違和感があるとかいっていてな。もしやと思ってな」

 図星だ。その問いに答えられない。

「で、どこまでヤったんだ? 年長者としては、最初から突飛な行為(・・)をしていると後々ダレてくるからな、変態的なことをするにしても段階を踏むのをオススメするぞ」

 話している内容が完全に中年オヤジだ。ファフナーの苦労が知れる。

「…ノーコメントで」

「なんだ、つまらん」

 リスティナは呆れたように肩を竦める。

「――リス! ちょっとこっち来て!」

 その時、向かいの店からファフナーの呼ぶ声が聞こえた。

「じゃあ、行ってくる。主は待って…時間は大丈夫だったか?」

 店内の時計で確認すると、余裕はあるがそうそうゆっくりもしていられない時間だった。リスティナが数着の試着の手伝いを終えて戻ってくる頃には帰っていないといけないだろう。

「あ、では、そろそろ帰らせてもらいます」

「おう、センセーとはよろしくやれよ」

 何をヨロシクするんだ、何を。

 言った後、リスティナは服飾店の方へと行く。

――…帰るか。

 時間はあるので、帰りにどこかの店を冷やかしにでも行こうか。

 カフェテラスから通りに出て、専門店街を学院の方向に歩いていく。まだまだ陽の高い時間帯なので、通りも中々賑わっていた。

 軒先に開いていた露店の幾つかを見て回る。アクセサリーや小物が多いが、古本や骨董品も売っていた。

――あ、『パラケルススの元素論』の初版だ。珍しい。

 学術書の古本を見て手を伸ばすが、値段を見てやめる。手持ちの倍だ。

 魔法使いに授業で良いところを見せる、という狙いは、達成率三割と言ったところだ。

 着実に魔法の腕は上がっているが、驚くほどではない。

――なんか良い本、ないかな。

 古本を売っている露店を眺めていると、学術書で前から欲しかったものを見つける。魔法使いの蔵書で、以前になくしたと言っていたものだ。

――自分でも読みたいし、彼に渡せるし…。

 値段も手頃だ。買おう、と手を伸ばして、

「あっ」

 横から出てきた他の人の手とぶつかった。同じ本を買おうとしたのだろうか。

「すいません、不注意でした。怪我は…」

 謝ろうとその方向を向く。

「こっちこそ、そちらが先に見ていたのに…」

 そこにいたのは、

「僕は、なくしたのを買い直すだけなので別に…あれ?」

 自分の主人が、申し訳なさそうな顔をして立っていた。

 お互いに予想外の人物で、発する言葉が見つからない。

「あ、えっと…西区の方に用があったんじゃ…?」

「うん、それが終わって、買い食いしつつこっちに来たんだけど…」

 そして偶々自分に遭遇してしまった、と。

「まあ、向かいに行く手間も省けたし、結果オーライかな」

 小さく笑った魔法使いは、視線を古本に戻す。

「じゃあ、あれは俺が払うね」

 そう言って、財布を取り出す。

「あ、いえ、最初にいたのは私ですし、代金は私が!」

 そう言い募るが

「こういう時ぐらい、格好つけさせてよ。君にはカッコ悪い所ばっか見せてるんだから」

 論破されて口を閉じる。

 店主から本を貰うと、笑顔でこちらを向いた。

「帰ろっか」

 クシャクシャと頭が撫でられ、道を歩き始める。

――…格好つけたいのは、私も同じなのに。

 少し落ち込んでいると、それが顔に出ていたらしい。心配そうに顔を覗き込まれた。

「大丈夫?」

「あ、はい。ボーっとしてただけです」

 それに何でもない風に返す。安心したように彼は歩みを再開する。自分もそれに並走だ。

――どうせ意地を張っても得はない。でも…

 そんな堂々巡りをしていたところ、彼は一瞬溜め息をついたあと、

「あっ…」

 こちらの手を取り、指を絡ませた。

「手、繋ごっか」

 無邪気で、楽しそうな笑顔がこちらを向いていた。

 突然の出来事に紅潮した顔で頷く。

 身長差はあるものの、苦ではない手繋ぎをしたまま歩いていく。指は複雑に絡ませて…所謂、「恋人繋ぎ」だ。

 繋いだ手から、相手の熱が伝わって、自分の熱も伝わって…。そんな共有に鼓動が早くなって、胸が高鳴ってくる。

――こういう距離の近さも、悪くないかもしれない。

 恥ずかしさと嬉しさを感じた、初夏の日のことだった。


遅れちゃってすみませぬ


更新は暫く二週間に一度になりそうです…

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