4.中年太りは侮れない
『自分で限界を決めるな』
コレ、昭和生まれのおばちゃんから、令和を生きる若者へ贈る言葉。
我が息子が受験生なので、将来を踏まえての真面目な意味もあるが、連載エッセイのタイトル通り、ダイエット・バージョンでお送りする。
漫画とお絵描きが好きなヲタ少女期、運動は苦手で嫌いだったので、体型はぽっちゃり系だった。
それでも食べることにそれほど興味は無かったので、ギリ標準くらい。
同級生の中では早めに成長期が訪れたので、身長が150センチを超えた頃、体重も50キロを超えた。
小学五年生で、まだ女子のみとは言え、身体測定は保健室に順にならんで体重を量る時代。
読み上げて記入されるので、大声でなくとも数人には聞こえてしまう状況。
そうすると口伝えにコソコソと広がるのも想像出来る。
その頃は今ほど発育の良い子供も少なかったので、すでに初潮も迎えて肉付きも良くなった私は恥ずかしくて、ものすごく嫌だったのを今でも覚えている。
実際、クラスで最初にブラを使用したので、からかわれたり、つっかかられたりすることもあった。
あの頃、体育で体操服に着替えるのは男女一緒に教室だったな。
今では考えられんコトだ。
さておき。
生後わずか10年で50キロを超えた私だが、その後は156センチで身長も伸びなくなり、二十代前半まで、ずっと50キロ台前半をキープしていた。
漫画の設定やアイドル雑誌の公表サイズを見ては40キロ台に憧れたものだが、なんせ運動キライだったのでダイエットなどやろうとも思わない。
たまに食べ過ぎたと思っても、就職してから運動不足だと自覚しても、55キロを超えることはなかったので、自分の身長での限界値だと思っていたのだ。
しかし。
三十路を前に55キロの壁を突破した。
始めは、たまたまだろうと思っていたが、今までのように落ちる気配がない。
年齢的に、妊娠・出産で体型が崩れると言われる世代だったが、こちとら独身貴族なので関係ないとタカをくくっていた。
三世代同居の大家族育ちで、祖父母に合わせた食事メインの実家だったこともあり、食の好みと楽しみを自覚したのは、大人になってからだ。
インドアの友人はインドアなので、社会人になってから友人と会うのは、もっぱら買い物とランチや飲み会ばかり。
そうすると正直な身体は目に見える変化を始め、三十路前後を境にジワジワと体重は増加していく。
周囲の結婚ラッシュや派遣切りの経験など、決定打ではないがプレッシャーだったかもしれない。
ストレス発散が飲食だった。
そうするうちに、超える訳ないと思っていた60キロは、三十代前半で突破した。
それでも辛い思いをしてダイエットに取り組むには、腰が重い。
よくある「明日から」族だったのだ。
始めて本格的に減量を意識したのは、急激に3キロくらい増えて膝が痛くなった時。
体重は68キロだった。
一念発起で一食置き換えとウォーキングを続け、半年で11キロの減量に成功。
あと5キロは落としたかったが、はずみで結婚が決まってガラリと環境が変わった。
一応は増えないようにと気を付けていたが、一人目を妊娠して再び60キロを超え、ワンオペで気づくと65キロまで戻っていた。
まぁでも、さすがにこの辺で限界、70キロは無いだろうと思っていたのだ。
しかし三年後に二人目を妊娠、40歳を過ぎて出産する頃には70キロを超えた。
それから70キロ前後をキープ、地域の役員を立て続けにやった後、二人目の臨月時を超えて78キロに到達した。
膝も痛くなっていないのに。
超えないと思っていた限界を何度も超えると、新しい扉でも開くんだろうか。
いっそ百の大台も乗れる?
笑い飛ばしたいが、これまでの経験上、意外と簡単に超えるかもしれないと、ここにきてやっと危機感を持った。
それでもジムに行こうと決めたのは、息子が興味を持ったからだ。
お金と時間の自由が激減している今、自分だけでは動けなかったと思う。
まだ大丈夫、そうやって自分を甘やかすと劣化は早いのが中年。
もしあなたがダイエットを躊躇っているなら、少しでも若いうちに始めることをお勧めする。
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