第9話:買い取り窓口と、新たな仕入れ先
「おはよう、ひと姉。今日の仕込み用の挽き具合、これで大丈夫かな?」
朝日がやわらかく差し込む『カフェ・シンラ』の厨房で、三葉が新しく導入したミルから細かく粉砕されたコーヒー豆をスプーンですくい上げ、一葉に見せた。
「ええ、完璧ね三葉。粉の粒が綺麗に揃っているわ。これなら今日もお湯が均一に届いて、豆本来の甘みがしっかりと引き出せるわね」
一葉が満足そうに頷き、ドリッパーにフィルターをセットする。
昨日提供を開始した『ミズタマリハーブティーと自家製ハーブビスケットのセット』は、近所の住民やエレノアの来店をきっかけに大好評を博した。
店内は終日賑わい、仕入れていたグリーンハーブとミズタマリ草のストックは、一日でほとんど使い切ってしまったのだった。
「仕入れの回転が早くなるのは嬉しい悲鳴だけど、このペースだと毎朝の採取だけじゃ追いつかなくなっちゃうね」
二葉がエプロンの紐を結びながら、カウンターの上の空になったガラス容器を指さす。
「うん。だから今日は、ギルドの買い取り窓口に依頼の達成報告をしつつ、ギルド専属の薬草農家さんや卸業者さんから直接仕入れができないか相談してみようと思うんだ」
三葉が手帳に書かれた取引先候補のメモを指でなぞる。
「採取だけじゃなくて業者さんからの仕入れも組み込めば、もっと安定してお店を回せるようになるものね。開店前の小一時間で、サッとギルドへ行ってきましょうか」
一葉の提案に二人が力強く頷き、三人は仕入れと手続きのために冒険者ギルドへと向かった。
朝の冒険者ギルドは、依頼を受注しに集まった冒険者たちでごった返していた。
三人が足を踏み入れると、数日前に専属契約を辞退した一件もあってか、周囲のベテラン冒険者や職員たちから一斉に視線が集まる。
「あいつら、例の喫茶店の……」
「ギルドマスターの特待契約を断ったって本当かよ……」
ざわつく館内を通り抜け、三人は最浅層で採取した『グリーンハーブ』と、副産物として回収した『アシッド・スラッジの紫魔石』が入った革袋を手に、買い取り窓口へ向かった。
「おはようございます。Fランク依頼『グリーンハーブの採取』の納品と、魔石の買い取りをお願いします」
一葉が窓口の女性職員に声をかけると、職員は慌てて姿勢を正し、丁寧に革袋を受け取った。
「森羅の皆様、おはようございます! はい、拝見いたしますね」
職員がトレイの上に革袋の中身を取り出した瞬間、窓口の空間にピンと張り詰めたような瑞々しいハーブの香りが広がった。
「これ……っ!?」
職員の手が止まる。
トレイの上に並べられた二十株のグリーンハーブは、根の先端まで傷ひとつなく、葉の一枚一枚が朝露を乗せた摘みたての状態を完全に保っていた。
「葉の変色が一切なく、根からの薬効液の漏れもゼロ……。先日の魔力草に続き、これほどの品質のグリーンハーブは見たことがありません。Fランクの提出物としては過去最高品質です」
「よかったです。それと、こちらの魔石もお願いします」
三葉が袋から取り出したのは、昨日倒したアシッド・スラッジからドロップした紫色の魔石だった。
親指ほどの大きさのスライム魔石とは異なり、拳ほどもある滑らかな結晶だ。
「これは……『アシッド・スラッジ』の魔石ですね!? 最浅層の奥に生息する個体ですが、不純物が綺麗に取り除かれていて、魔力の密度が通常個体の三倍近くあります……!」
職員が鑑定用の魔導具をあてながら、目を見開いて声を上げた。
「ふむ……どれ、ワシにも見せてみろ」
奥の鑑定室から、前回の老鑑定士が眼鏡の位置を直しながら滑り込んできた。彼はルーペで魔石とハーブを舐めるように観察すると、深く息を吐いて三人を見上げた。
「相変わらず見事な処理じゃ。ハーブの鮮度保持もさることながら、この魔石の表面……不純物層が極限まで削ぎ落とされ、純度の高い核だけが残っておる。これならば高位の魔導具の燃料として、通常の五倍の値がつくぞ」
「五倍ですか!?」
二葉が目を丸くする。
「うむ。依頼達成の報酬と合わせて、合計で大銀貨八枚……いや、ギルド特別加算をつけて金貨一枚でお買い取りしよう」
老鑑定士が提示した金額に、周囲で見ていた冒険者たちから「金貨一枚……!? Fランクの納品でか!?」と驚愕の声が上がった。
「ありがとうございます。あの、鑑定士様。実はひとつご相談があるのですが……」
三葉が手帳を取り出し、老鑑定士に向き直った。
「僕たち、カフェで使うハーブや高品質なお水を常時確保したくて。自分たちで採取するだけでは限界があるので、ギルドを通して高品質な素材を卸してくれる農家さんや商人さんを紹介していただくことは可能でしょうか?」
「なに……? 外部からの仕入れを検討しておるのか?」
「はい。僕たちの本業はカフェの営業ですので、仕入れの仕組みを整えて、お店のメニューをより安定して提供したいと考えています」
三葉の言葉に、老鑑定士は感心したように髭をさすった。
「なるほどな。素晴らしい素材を扱う者として、供給の安定化を考えるのは当然の理。よろしい、ワシの知人に、王都郊外で高品質なハーブや果実を育てる『エルム農園』の園主がおる。あそこなら、お主たちの求める基準に応えられる質の良い素材が手に入るはずじゃ。紹介状を書こう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
一葉が嬉しそうに手を合わせ、三人は深く頭を下げた。
手続きを終え、金貨と紹介状を受け取った三人がギルドを出ようとしたその時、背後から声をかけられた。
「おい、待てよ」
振り返ると、そこに立っていたのは、頑丈な金属鎧を身に纏った背の高い男だった。
腰には大きな長剣を挿し、腕には数々の戦傷が刻まれている。Cランクパーティ『鋼の牙』のリーダー、バルガスだった。
「君が森羅一葉さんだな。話は聞いている。生活魔法を応用して、素材の品質を跳ね上げる技術を持っているとか」
「はい。森羅一葉です。何かご用でしょうか?」
一葉が落ち着いた態度で応じると、バルガスは腕を組み、周囲の視線を気にすることなく切り出した。
「単刀直入に言う。俺たちのパーティに加わらないか? 入力扱いの専属サポートとしてでいい。中層や深層で手に入る高価な希少素材を、その魔法で劣化させずに持ち帰りたいんだ。報酬は山分け、安全は俺たちが完全に保障する」
Cランクの上位パーティからの直接スカウト。
周囲の冒険者たちが「マジかよ、あの『鋼の牙』がFランクを誘ってるぞ」とざわめく。
しかし、一葉は迷うことなく、柔らかく微笑んで首を振った。
「お声をかけていただき、とても光栄です。ですが、お断りさせていただきます」
「……なに? なぜだ? Cランクパーティのサポートとなれば、Fランクで薬草を拾うより数百倍の金になるぞ?」
バルガスが眉をひそめる。
「私たちの本業は『カフェ・シンラ』の店員なのです。冒険者としての活動も、すべてはお店に来てくださるお客様に美味しいコーヒーやお茶をお届けするための準備に過ぎません。ダンジョンの深層へ向かうために、お店を休むことはできませんから」
一葉の言葉には、一切の迷いがなかった。
「……本気で言っているのか?」
「はい。お店で皆さんの笑顔を見ることが、私たちの何よりの喜びですので」
バルガスの横で静かに様子を見ていた三葉と二葉も、一葉の隣に並び、力強い眼差しで頷いた。
バルガスはしばらく一葉の目を見つめていたが、やがて呆れたように鼻で笑い、肩をすくめた。
「……なるほどな。ギルドマスターの特待契約を蹴ったという噂は本当だったわけだ。惜しい素材だが、無理強いはしない。だが、もし気が変わったら重い腰を上げてくれ」
「ありがとうございます。お気をつけていってらっしゃいませ」
一葉が丁寧にお辞儀をし、三人はギルドの重い扉を押して外へと出た。
朝の爽やかな風が王都の街並みを吹き抜けていく。
「ふぅ……ちょっと緊張したね」
二葉が胸を撫で下ろしながら笑う。
「でも、エルム農園さんの紹介状をもらえたのは大きな収穫だよ。これで新しいハーブジュースや、果物を使ったパウンドケーキの試作ができるね」
三葉が嬉しそうに紹介状を鞄にしまった。
「ええ。自分たちでダンジョンに行って手に入れる素材と、農園さんから仕入れる新鮮な素材。両方をうまく使えば、もっとお店のメニューが豊かになるわ」
一葉が二人を見つめ、優しく微笑む。
「さあ、急いでお店に戻りましょう。今日もたくさんのお客様が、美味しいお茶を楽しみにして待ってくださっているわ」
「「はーい!」」
三人は軽やかな足取りで、自分たちの愛する『カフェ・シンラ』へと向かって歩き出した。
冒険者としての名声や破格の報酬よりも、目の前の一杯のコーヒーと、お客様の温かな笑顔。
自分たちの軸を決してぶれさせない三姉弟の日常は、新たな仕入れ先という確かな一歩を得て、より一層深みを増していくのだった。
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