第72話:看板娘と頼もしい弟の新たな一歩
嵐のような査察官騒動が過ぎ去り、数日が経った。
王都ギルド本部から正式な陳謝状と特別補填金が届いたというニュースは、瞬く間に街中へと行き渡った。
悪質な言いがかりを退け、名実ともに『Bランク冒険者』としての地位を揺るぎないものにしたカフェ『グリーン・リーフ』には、これまで以上の賑わいが戻ってきていた。
「はい、お待たせしました! 本日のおすすめ、特製ミートパイとハーブティーのセットです!」
二葉がトレイを片手に、店内のテーブルを縦横無尽に駆け巡る。焼き立ての香ばしい匂いに、客席のあちこちから笑みがこぼれた。
「ありがとう、二葉ちゃん! いやあ、あの横暴な査察官をギャフンと言わせたって噂、本当だったんだな。スカッとしたよ!」
「ふふん、当然ですよ! 私たちと、お父さん、お母さんの料理をバカにする奴には容赦しませんから!」
胸を張る二葉の姿に、客たちからどっと温かな歓声が上がる。
厨房では、母親の葉が優しく目を細めながら、大鍋から立ち上るスープの湯気を手で払っていた。
その隣では、父親の一二三が丁寧にフィルターへお湯を注ぎ、深みのある香りを店内に漂わせている。
「一葉、あちらの窓際のお客さまへ、お代わりのスープをお願いできるかい?」
「はい、お父さん。すぐ持っていきますね」
長女の一葉は湯気の立つカップをトレイに載せると、静かな足取りで客席へと向かった。
カウンターの端では、末っ子の三葉がギルドから届いた新しい依頼書の束を丁寧に整理している。
「ひと姉、ふた姉、落ち着いたらちょっといいかな? ギルドから新しい『指名依頼』の候補が届いているんだ」
「指名依頼?」
配膳を終えた一葉と、トレイを脇に抱えた二葉がカウンターへと戻ってきた。
三葉が広げた羊皮紙には、ギルド本部の鮮やかな朱印が押されている。
「うん。例の事件の後、本部のレオンハルト卿が直々に推薦を出してくれたみたい。街の近郊にある旧鉱山跡地で、魔物の異常繁殖が確認されたんだって。周辺の流通ルートが滞りかけていて、迅速かつ確実な討伐と原因調査が求められているんだ」
「へえ! 採掘場といえば、あのバルトとかいう横暴な奴が送られた場所の近くじゃない?」
二葉がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「まあ、そうなるね。でも、今回の依頼はただの魔物討伐じゃないんだ。鉱脈の奥深くに潜む『地脈の歪み』を感知して処理できる冒険者が必要らしくて。僕たちのカフェでの手伝いや、地道な観察力が買われたみたいだよ」
三葉の説明に、一葉は深く頷いた。
「ただ戦うだけじゃ解決できない依頼……まさに私たちが目指してきた冒険者の仕事ね。お父さん、お母さん、少し店を空けても大丈夫?」
厨房から一二三が顔を出し、柔らかい笑顔で答えた。
「もちろん。お店のことは任せて、気をつけて行っておいで。みんなが元気に帰ってくるのが、一番の隠し味だからね」
「ありがとう、お父さん!」
翌朝。装備を整えた三姉弟は、街の北側に広がる岩山地帯へと向かった。
「うわあ……ここは相変わらず殺風景な場所だねえ」
二葉が木剣の柄に手を置きながら、周囲のゴツゴツとした岩肌を見上げる。
旧鉱山跡地の入り口付近には、重労働に服する罪人たちを監視するための防壁と、簡易的なギルド駐屯地が設けられていた。
三人が駐屯所の受付へ足を踏み入れると、だぼだぼの作業着を着せられ、大きなツルハシを担いだ丸まった背中の男が、ヒーヒーと喘ぎながら通り過ぎようとしていた。
「ひいぃ……泥と埃ばかりで、手がボロボロだ……こんな作業、私がやるべきことではないのに……!」
かつての威厳など欠片もなく、泥塗れになって愚痴をこぼしているのは、元特別査察官のバルトだった。
「あら? どこかで見覚えのある泥だるまさんね」
二葉がわざとらしく首をかしげると、バルトはビクッと体を震わせて振り返った。
「な……お、お前たちは……! なぜこんなところに……っ!?」
「僕たちはギルド本部からの正式な指名で、この鉱山の異常事態を解決しに来たんです」
三葉が静かに、しかし毅然とした態度で告げる。
「ぐ……ッ! ガキどもが調子に乗るな! 私は貴族だぞ! いずれ本部が見直しを――」
「バルト! 手を休めるな! 今日のノルマが終わらなければ夕食は抜きだぞ!」
監視の騎士から鋭い一喝が飛び、バルトは「ひいいっ!」と悲鳴を上げてツルハシを握り直し、逃げるように奥の坑道へと走っていった。
「自業自得とはいえ、あそこまで惨めだとせいせいするね」
二葉がフンと鼻を鳴らす。
「さあ、行こう。奥から嫌な感じの気配が漂ってきているよ」
しっかりとした足取りで頼もしく先行する三葉に続き、二人も表情を引き締め、照明の明かりを手に暗い坑道へと足を踏み入れた。
坑道の奥へ進むにつれ、岩壁が怪しく赤黒く光り始めているのが分かった。
「これは……地脈の魔力が異常に活性化して、岩石を侵食しているんだね」
三葉が壁に手を触れ、静かに分析する。
「だから狂暴化した岩トカゲや暗黒グモが集まってきていたんだわ」
一葉の言葉を裏付けるように、闇の奥から「ルルル……」と低く不気味な威嚇音が響き渡り、巨大な岩肌の甲殻を持つ魔獣『アーマーロック』が数匹、姿を現した。
「私が行くよ!」
二葉が俊敏な動きで前に飛び出す。
相手の強固な装甲に対し、真っ向から叩きつけるのではなく、岩の継ぎ目――魔力が集中している関節部分へ向けて、一瞬の隙を突いた寸勁を叩き込んだ。
バシィン!
「ギャオン!?」
硬い甲殻が内側から崩れ去り、魔獣はたまらず崩れ落ちる。
「三葉、魔力の結節点は!?」
「奥の巨大な水晶だよ! あれが地脈の狂いを増幅させてる!」
「了解! 一気に決めるよ!」
一葉が短剣を構え、三葉の誘導に従って最奥の水晶へと跳躍した。魔力を纏わせた一撃が、歪みの元凶である赤黒い水晶の核を正確に打ち抜く。
パリン――ッ!
心地よい砕破音が坑道内に響き渡り、それまで充満していた重苦しい空気が、一気に清々しい風となって吹き抜けていった。
異常の発生源を完全に断ち切り、無事に駐屯地へと戻ってきた三姉弟は、ギルドの責任者から惜しみない感謝の言葉と、破格の報酬を受け取った。
「見事な手際だ! これで鉱山の採掘も安全に再開できる。本部から派遣された冒険者が君たちで本当によかった!」
「お役に立てて光栄です」
一葉が丁寧にお辞儀をする傍らで、へとへとになって泥に塗れたバルトが、遠くから羨望と後悔が交ざったような複雑な目つきで三人を見つめていた。
だが、もう誰一人としてその男を相手にする者はいなかった。
夕暮れ時。
街へと戻る帰り道、三人は西日に照らされた街道を並んで歩いていた。
「ふう! 今日もいい仕事したねー!」
二葉が大きく伸びをする。
「さあ、帰ろう。お父さんとお母さんの美味しいご飯が待ってるよ!」
「「おーっ!」」
ドアを開けると、カランコロンと心地よいベルの音が鳴り響いた。
「ただいまー!」
「おかえり。みんな、よく頑張ったね」
温かな湯気と笑顔に迎えられ、三姉弟の日常は、より一層の輝きを増しながら続いていくのだった。
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