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森羅家の生活魔法は戦闘不能? 〜カフェの雑用と馬鹿にされた三姉弟、Fランクから最強へ駆け上がる〜  作者: いぬの名前はあとむ


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第7話:限界と、粘液モンスター

「よしっ、魔石の買い取り代金で新しい焙煎機の頭金も払えたし、今日も開店前の仕込みがてら、張り切っていこう!」


王都の南門を抜け、冷気が漂うダンジョン『迷宮の庭』の入り口前で、二葉が小鍋の蓋で作った特製の盾をポンと叩いた。


ギルドでの大騒動から数日。


ギルドマスターからの破格の専属契約をあっさりと断り、「カフェの仕込みと開店前の隙間時間で無理なく探索する」というスタイルを貫く森羅家の三姉弟。


彼らの目的は、英雄になることでも無双することでもなく、あくまで『カフェ・シンラ』で提供する最高のコーヒーと料理の素材を集めることだった。


「二葉、あまり意気込みすぎて足を滑らせないでね。前回のスライム戦は上手くいったけれど、ダンジョンは何が起きるか分からないのだから」


長女の一葉が、木の枝の杖を突いて穏やかに微笑みながら後ろからついてくる。


「手帳のメモによると、今日目指すのは最浅層の少し奥……水場近くに自生する『ミズタマリ草』の採取だよ」


末っ子の三葉が短剣の柄に手を添えつつ、手帳を開いて本日の目標を確認した。


「ミズタマリ草は、根に溜まった水分を熱すると、驚くほど澄んだ極上の純水が得られるんだ。これがあれば、店のコーヒーの香りがもっと引き立つはずだよ」


「極上の水……! それは絶対に持って帰らなくっちゃ!」


二葉の目が輝く。


三人は慎重に足音を殺しながら、薄暗いダンジョンの通路へと歩みを進めた。


発光苔が青白く照らす石畳を下り、湿り気が強くなってきた水場エリアへと到達した時だった。


ペチャリ……ズズ……。


前回戦ったスライムよりも、遥かに重く湿った水音が壁の向こうから響いてきた。


「みんな、止まって! 何か来るよ!」


二葉が素早く鍋蓋の盾を構え、三人は一瞬で身を固くした。


通路の影からヌッと姿を現したのは、前回のスライムとは明らかに異質な存在だった。


大きさは人間の背丈ほどもあり、ドロドロとした濃い紫色の粘液を撒き散らしている。


表面からは酸っぱい刺激臭が漂い、中心にある核はラグビーボールほどの大きさで不気味に脈動していた。


『Fランク最上位モンスター:アシッド・スラッジ』。


ただのスライムと異なり、強力な腐食性の酸と、ダメージを受けても瞬時に周囲の水分を吸い上げて巨大化する高い再生能力を持った、初心者殺しの難敵である。


「う……なんかすごく嫌な匂いがする! お店の衛生環境にすっごく悪そう!」


二葉が顔をしかめる。


しかし、アシッド・スラッジは三人の姿を認知するやいなや、巨体を歪ませて、大量の酸性粘液を弾丸のように飛ばしてきた!


「きゃっ!? 【二生の根張ツイン・ルーツ】!」


二葉が叫び、足元から魔力の根を深く床へと張り巡らせる。飛来した酸性の粘液が鍋蓋の盾に激突し、バシュッ! と激しい音を立てて煙が上がった。


「うわっ、重い……! それに、鍋の蓋が溶かされそう!」


強力な酸によって、実家の厨房から持ってきた特製盾の表面がじわじわと削られていく。


二葉の足元は完璧に固定されているため吹っ飛ばされはしないものの、相手の酸攻撃そのものを無効化できているわけではない。


「ふた姉、耐えて! 【三途の葉落エンド・オブ・リーフ】!」


すかさず三葉が飛び出し、小剣の先から灰色の分解光線をアシッド・スラッジの巨体へと照射した。


しかし——。


シュシュシュ……と音を立てて粘液がわずかに乾燥するものの、巨体ゆえの圧倒的な質量と水分量によって、三葉の分解魔法のスピードが全く追いつかない。


それどころか、ダメージを受けたアシッド・スラッジは通路の水たまりから水分を勢いよく吸い上げ、傷口を一瞬で修復してしまった。


「くっ、ダメだ……! スライムと違って体が大きすぎるし、周りの水を使ってすぐに再生しちゃう!」


三葉の額から焦りの汗が吹き出す。


「私の【一輪の秒芽ファースト・ブルーム】で状態を固定するわ!」


一葉が前に出て、木の枝の先を巨大な粘液の塊へと向けた。


しかし、相手は常にウネウネと複雑に蠢き、大量の酸を周囲に撒き散らしているため、中心にある小さな『核』に直接接触することができない。


「だめ……! 相手が動いて表面の酸が邪魔で、固定したい中心部に手が届かないわ!」


一葉の時間固定(鮮度保持)魔法は、対象に魔力を集中して触れさせるか、明確にイメージを絞り込む必要がある。巨大で流動的なアシッド・スラッジ全体を覆うには、一葉の今の魔力と経験では範囲が広すぎたのだ。


「えっ……ひと姉の固定が届かない!?」


前回スライムに成功した「受けて、固定して、分解する」という勝ちパターンが、巨大な相手と環境の前にあっさりと通用しなくなった。


グオォ……と不気味な気泡を泡立たせ、アシッド・スラッジが三人を押しつぶさんと、巨体を持ち上げて倒れかかってくる。


「みんな、後ろへ下がって!」


二葉が根張りの魔法を解除し、一葉と三葉を後ろへ押しやりながら後退した。


直後、先ほどまで三人が立っていた地面に大量の酸性粘液がぶちまけられ、石畳が激しい煙を上げて溶けていく。


「はぁ……はぁ……ッ! 強い……! スライムとは全然違うよ……!」


二葉が膝を震わせながら息を荒らげる。


ギルドでベテラン冒険者たちが笑っていた言葉が、再び脳裏をよぎる。


『生活魔法なんて、ちょっとデカい魔物が出たら手も足も出ねえよ!』


武器も甲冑もなく、攻撃呪文もない。


長年使い慣れた「日常の生活魔法」だけで戦う三姉弟の前に、早くも【Fランクの壁】が立ちふさがっていた。


「二人とも、焦ってはダメよ」


絶体絶命の危機の中、一葉の落ち着いた声が響いた。


一葉は息を整えながら、倒れかかってくるアシッド・スラッジと周囲の環境をじっと観察していた。


「私たちの魔法は、相手を力でねじ伏せるためのものじゃないわ。いつだって、お店の汚れや困りごとを解決するために使ってきたでしょう?」


「仕込みの……工夫……?」


三葉がハッと目を見開く。


「そうよ。あの魔物は、水たまりから水分を吸い上げて再生しているわ。だったら、まずはその『環境』をお掃除してあげればいいのよ」


一葉の言葉に、三葉と二葉の頭の中で、バラバラだったパズルがカチリと噛み合わさった。


「そうか……! カフェの床が濡れていたら、滑らないように拭き取るのが掃除の基本だ!」


三葉が短剣を握り直す。


「ふた姉! 相手を力で止めるんじゃなくて、足元の水たまりと相手の接地面だけを【二生の根張】で石畳に固定して!」


「えっ? 体じゃなくて、魔物を床に固定するの!?」


「うん! カフェの重いテーブルが動かないように床に固定するのと同じ要領だよ!」


「よーし……やってみる! 【二生の根張ツイン・ルーツ】・対象変更!」


二葉が鍋蓋の盾を突き出し、魔力を自分ではなく、アシッド・スラッジが這っている足元の石畳へと流し込んだ。


足元の見えない魔力の根が、アシッド・スラッジの底面の粘液と石畳を強力に接着・固定する。


グ……ガガッ!?


勢いよく三人に飛びかかろうとしたアシッド・スラッジの巨体が、底面だけを床にガッチリと貼り付けられ、前傾姿勢のまま派手に前へ突っ伏した。


「よしっ、動けなくなった! 三葉、水場の水分を断つよ!」


「任せて! 【三途の葉落エンド・オブ・リーフ】!」


三葉が狙ったのは、魔物本体ではなく、魔物が水分を吸い上げていた周囲の水たまりだった。


指先から放たれた灰色の光が水たまりを直撃すると、水中の有機物や不純物が一瞬で分解され、水そのものが急速に蒸発・乾燥してただのカラカラの乾いた土へと変わった。


「再生のための水分補給をカットしたよ!」


「今よ、ひと姉!」


「ええ……! 【一輪の秒芽ファースト・ブルーム】!」


底面を固定され、補給路を断たれて姿勢を崩したアシッド・スラッジの背後に、一葉が素早く回り込む。無防備に露出した赤く輝く『核』に向けて、一葉は手に持った木の枝を正確に突き立てた。


あらかじめ痛めつける必要はない。


「核が剥き出しになった隙」そのものを狙ったのだ。


温かな光が核を包み込み、アシッド・スラッジの核の運動と魔力供給がピタリと停止する。


「核の機能を……一時停止キープ!」


核を止められた巨体は、もはやただの動かない巨大なゼリーだった。


「これで終わりだぁぁッ! 【三途の葉落】・全開!」


三葉が両手を突き出し、持てる全魔力を込めて分解光線を放つ。


再生も反撃もできなくなったアシッド・スラッジの巨体は、端からサラサラとした綺麗な紫色の砂へと変わり、一気に崩れ去っていった。


シュゥゥ……と音を立てて巨体が消滅し、あとには大きな紫色の魔石と、目的の『ミズタマリ草』が群生する澄んだ水場だけが残された。


「はぁ……はぁ……っ! 勝った……! 勝てたよ!!」


二葉がその場に座り込み、大の字になって息を吐いた。


「ただ魔法を順番に使うだけじゃダメなんだ……。相手の動きや環境に合わせて、カフェの掃除みたいに工夫しなきゃいけないんだね」


三葉も短剣を収め、自分の手を見つめながら手応えを噛みしめる。


「ええ。三人で力を合わせて、知恵を絞れば……どんなに大きな問題も、ちゃんと綺麗にできるわ」


一葉は優しく微笑みながら屈み込み、転がっていた大きな紫魔石と、瑞々しいミズタマリ草を丁寧にバスケットへと収めた。


自分たちの「生活魔法」は、決して万能ではない。


けれど、工夫と連携次第で、格上の魔物相手でも食らいつき、乗り越えていける——。


森羅家の三姉弟は、ダンジョンの暗闇の中で、またひとつ確かな「強さ」と「チームワーク」を掴み取っていたのだった。

「少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ページ下部の【ブックマーク】や【評価】(★★★★★)で応援していただけると励みになります!」


前作もあわせてお楽しみいただけると嬉しいです!


前作はこちらから読めます。

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