第69話:最深部の塊と、偽りの英傑たち
いつもお読みいただきありがとうございます。
9月30日18時に予定していた更新ですが、こちらの不手際でお休み(遅延)してしまいました。
楽しみにしてくださっていた皆様、申し訳ありませんでした。
『根の回廊』の最奥――そこは、無数の太い根が巨大なドーム状の空間を形成する世界樹の心臓部だった。
中心には、家一軒ほどもある巨大な黒紫色の泥の塊――『世界澱』の核がのたうち回るように脈打っている。
そこから伸びる無数の黒い脈動が、大陸各地の地脈へと濁りを送り出していた。
だが、その巨大な核の前に、三人以外の先客がいた。
「おい、もっと魔力を注げ! 砕けねぇぞ!」
「チクショウ、大魔法を叩き込んでいるのにびくともしない! なんだこの頑丈な塊は!」
声を張り上げていたのは、数時間前に霊峰の中腹で一葉たちをせせら笑い、グラニトラムに返り討ちにされて逃げ出したはずのBランクパーティ『銀翼の獅子』のラグナルたちだった。
彼らはシルヴァンが案内する別の抜け道を通って先回りしていたらしく、ボロボロの身体に強壮ポーションを煽りながら、世界澱の核に向けて無闇やたらと爆裂魔法や大剣の斬撃を叩きつけていた。
シルヴァンが叫ぶ。
「無謀な衝撃を与えるなと言ったはずだ! 力任せの攻撃は、かえって澱みを刺激し、大陸中に汚染を飛散させるだけだ!」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
ラグナルは唾を飛ばしながら振り返った。その目は功名心と焦りで血走っている。
「ここさえ吹き飛ばせば、俺たちは世界を救った伝説のAランク……いや、Sランク冒険者に成り上がれるんだ! ギルドの歴史に名を残す偉業なんだよ! 後から追いついてきたガキどもに横取りされてたまるか!」
魔導士の男も狂ったように杖を掲げ、最級の火炎魔法を詠唱し始める。
「消し飛びやがれええっ!」
放たれた巨大な業火が世界澱の核に激突した。
――だが、次の瞬間。
ドクンッ!!
空間全体が割れるような重苦しい衝撃音が響き渡り、火炎を吸収した世界澱の核がドス黒く膨れ上がった。
極限まで刺激された澱みは、数千本の刺々しい黒い蔓となって弾け飛び、ラグナルたちへ一斉に襲いかかった。
「ひっ……!? ギャああああっ!?」
ラグナルの大剣は一瞬でツタに絡め取られて砕け散り、魔導士も防御障壁ごと吹き飛ばされて壁に激突した。
彼らが誇っていた高級な装備も、必死で放った攻撃も、膨れ上がった汚染の前に何一つ通用しなかった。
「助け……助けてくれぇっ!!」
かつてCランクの一葉たちを「雑用専門の未熟者」「邪魔だ失せろ」と見下していたベテラン冒険者たちは、今や泥に塗れて泣き叫び、無様に地を這い回っていた。
「自業自得だね……。でも、これ以上暴れさせたら世界樹が保たないよ」
三葉が眼鏡の位置を正しながら冷静に分析する。
「ふた姉、あの肥大化した攻撃部位の動きを止めて! ひと姉は核の魔力過剰を抑えて!」
「任せて! 見下してくれたお返しに、本物の戦い方ってやつを見せてあげるよ!」
二葉が八重歯を見せてニッと笑うと、木剣を力強く床へ突き立てた。
【二生の根張】!
疾風のごとき勢いで伸びた真緑の太根が、荒狂う数千本の黒い蔓をすべて空中ですれ違いざまに捕獲し、完璧に固定してみせた。
幾重にも交差した太根が、ラグナルたちを包むように完璧な壁を作り出し、余波の衝撃から彼らを保護する。
「な……なんだと……!? 俺たちの全力攻撃をあんなに簡単に……!?」
腰を抜かしたラグナルが、目を見開いて絶句する。
「三葉、分解のポイントは!」
「核の中心、暴走した不純魔力が集結している三か所の結合部だ! 僕が同時に解体する! 【三途の葉落】!」
三葉が指先から微細な光の束を放つ。
力任せの攻撃では傷一つ付かなかった世界澱の核が、まるで熟した果実が弾けるように、外側の汚泥をパラパラと剥がし落としていった。
長年蓄積された不純物が、ただの無害な乾燥した砂へと変質していく。
「バカな……! 破壊魔法すら通らなかった無敵の塊が、ただの生活魔法の応用で……崩れていく……!?」
崩れ落ちる泥の陰から一歩前へ踏み出したのは、落ち着いた足取りの一葉だった。
その手には、両親から受け継いだ『グリーン・リーフ』の特製ハーブ抽出液と、柔らかく澄み切った緑の保持光線が握られていた。
「【一輪の秒芽】!」
一葉の指先から放たれた光が、世界樹の心臓部全体を包み込む。
そして、静寂が訪れた。
膨れ上がっていた黒紫色の巨大な核は、一瞬にして光の粒子となって綺麗に雲散霧消していく。
あとに残されたのは、透き通るような白銀と翡翠の光を放つ、生命力に満ち溢れた世界樹の巨大な主根だった。
脈動が戻り、清涼な魔力が回廊から大陸全体へと、勢いよく駆け巡っていく。
地脈の目詰まりは、完璧に解消されたのだ。
「終わった……。本当に、世界樹の澱みが消えた……」
シルヴァンが膝をつき、奇跡のような光景に感涙を流した。
一方、助け出されたラグナルたちは、自分たちが散々馬鹿にしていたCランクの三姉弟に命を救われ、さらに自分たちが束になっても叶わなかった大異変を目の前で一瞬で解決された現実に、顔を蒼白にして震えていた。
「あ……あぁ……。俺たちは……一体何を……」
二葉が木剣を鞘に納め、無様に倒れているラグナルの元へ歩み寄ると、上から冷ややかな、だがどこか楽しげな視線を投げかけた。
「ねえ、Bランクのすごい冒険者さん? 威張ってばかりで足引っ張って、結局私たちに助けられる気分はどう?」
「くっ……ぅうう……っ!」
「ランクなんてただの飾りだよ。大切なのは、日々の積み重ねと、ちゃんと目の前のことに向き合うことなんだから」
ラグナルたちは恥ずかしさと惨めさで顔を真っ赤にし、ただ平伏して震えることしかできなかった。
かつて高慢だった『銀翼の獅子』のプライドは、完全に打ち砕かれたのだ。
一葉はそっと胸元のペンダントに手を当て、二人の弟妹へ向けて柔らかく微笑んだ。
「二葉、三葉。お掃除、大成功だね」
「うん! スッキリしたー!」
「これで街のみんなも、また元気に暮らせるね」
三人は互いに顔を見合わせ、晴れやかな笑顔を弾けさせた。
こうして、高慢なBランク冒険者を遥かに凌駕する真の実力を示し、世界を救う偉業を成し遂げた三姉弟の物語は、また新たな一歩を踏み出すのだった。
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