第66話:高慢な精鋭と、霊峰の試練
世界樹の霊峰へ続く石段は、登るにつれて猛烈な吹雪と鋭い冷気に見舞われていた。
二葉が木剣を握り直し、寒さに耐えるように肩をすくめる。
「う〜、下よりも一段と風が強くなってきたね!」
「ここからは霊峰の結界領域内だからね。外部からの侵入者を拒むような魔力の乱流が発生しているんだ」
三葉が周囲の吹雪の乱れを観察しながら、足元を慎重に確認する。
一葉も胸元のペンダントを握りしめ、二人の様子を窺いながら前進を続けた。
石段の中腹、少しひらけた古代の祭壇跡のような広場に出たときだった。
吹雪の向こうから、重厚な甲冑の擦れ合う音と、高圧的な声が響いてきた。
「なんだ、こんな過酷な霊峰に子供がうろついているとはな。見失ったか、それとも道にでも迷ったか?」
霧と雪の奥から姿を現したのは、洗練された銀色の全身鎧に身を包んだ四人の冒険者パーティだった。
中央に立つ大剣を背負った男が、胸元に誇らしげに輝く『Bランク』の金属プレートをかざしながら、一葉たちを見下すように鼻で笑う。
「おいおい、胸のプレートを見ろよ。たかがCランクじゃないか。ここは王立騎士団や我々『銀翼の獅子』のような最高峰の選ばれし者しか足を踏み入れてはならん聖域だぞ」
後ろに控える魔導士風の男も、蔑むような視線を一葉たちに向けた。
「ギルドも落ちたものだな。こんな未熟者を霊峰の調査に向かわせるとは。我々は国からの特別依頼を受け、世界樹の『異常発生源』を討伐しに向かっているのだ。足を引っぱられては困る。さっさと引き返しなさい」
二葉がカッとなって言い返そうとしたが、三葉がそっと手を出して制した。
「僕たちは討伐ではなく、地脈の目詰まりと環境の調整のために来ています。あなた方と競うつもりはありません」
一葉も穏やかに頷く。
「危険な場所ですから、お互いに気をつけましょう」
だが、大剣の男――リーダーのラグナルは失笑を漏らした。
「調整だと? くだらん。魔物の群れや変異の根本など、我々の圧倒的な火力で叩き潰せば済む話だ。雑用専門のCランクがでしゃばる場面ではない。邪魔だ、失せろ」
ラグナルたちは一葉たちを露骨に押しのけ、大股で石段の上へと向かっていった。
「なんなのあの人たち! すごく嫌な感じ!」
二葉が頬を膨らませて木剣の柄を固く握りしめる。
「いいよ、二葉。私たちは自分たちのやるべきことをやろう」
一葉が二人を落ち着かせ、再び石段を登り始めた。
しかし、ラグナルたちが突き進んでいった数百メートル先で、突如として激しい爆発音と悲鳴が山響きした。
「うおあああっ!? なんだこのバケモノは!?」
「魔法が……魔法が弾かれる!? 嘘だろ、効かないぞ!」
一葉たちが広場へ駆けつけると、そこには惨状が広がっていた。
ラグナルたちが誇っていた豪華な鎧はズタズタに引き裂かれ、魔導士は杖を折られて雪の上に倒れ伏していた。
彼らの前に立ちはだかっていたのは、霊峰の汚染された地脈を吸収して巨大化した『グラニトラム』――全身が結晶化した巨大な岩石の魔物だった。
表皮は頑丈な魔導結晶で覆われ、ラグナルたちの放った大剣の斬撃や強力な攻撃魔法をすべて表面で跳ね返している。
「くそっ……! なぜだ、我々Bランクの全力の攻撃がまるで通用しないなんて……!」
ラグナルが血を吐きながら後退し、腰を抜かしていた。
巨大なグラニトラムが、倒れたラグナルに向けて容赦なく太い結晶の腕を振り下ろそうとする。
「させるかあっ!」
二葉が一閃、疾風のごとく間に入り込んだ。
「【二生の根張】!」
木剣を地面に突き立てると、雪原の底から力強い太根が爆発的に噴き出し、グラニトラムの巨腕を絡め取って強力に拘束した。
豪快な地響きとともに、巨腕がラグナルの頭上数センチの位置でピタリと止まる。
「な……!? Cランクの根回し魔法が、あのバケモノの腕を止めた……!?」
ラグナルが目を見開いて絶句する。
「三葉、表皮の構造は!?」
一葉の問いに、三葉が即座に目を見開いて敵の体表を分析する。
「あの硬い結晶鎧は、不純な不純魔力が多層に重なって固まったものだよ! 力で叩いても衝撃を吸収されちゃう! でも、接合部の魔力波長を解体すれば一気に崩せるはず!」
「【三途の葉落】!」
三葉が手を突き出すと、鋭い分解の波動がグラニトラムの胸元へ着弾した。
ドカン、と一見地味な衝撃音が響いた直後、グラニトラムの全身を覆っていた無敵の結晶鎧に、網の目のような亀裂が一瞬で走り抜ける。
不純魔力の結びつきを完璧に分解された結晶は、強度を失ってパラパラとただの砂となって崩れ落ちていった。
「バカな……! 我々の爆裂魔法でも傷一つつかなかった外甲が、一瞬で……!?」
倒れていた魔導士が信じられないといった様子で叫ぶ。
「仕上げだよ、ふた姉、ひと姉!」
「任せて! 【一輪の秒芽】!」
一葉が解体されたグラニトラムの中心核に向けて柔らかな緑の光を解き放ち、核に溜まっていた毒素と狂暴化の魔力状態を丸ごと包み込んで浄化・定着させた。
光が弾けると同時に、巨大な魔物は狂暴さを失い、穏やかなただの岩石の塊へと姿を変えて崩れ去っていった。
圧倒的な戦闘力と完璧な連携。
何一つ傷を負うことなく、Bランクパーティを壊滅させた脅威を一瞬で無力化した三人の姿に、ラグナルたちは言葉を失って震えていた。
「あ……あり得ん……。Cランクの子供たちが、一瞬で……」
二葉が木剣を鞘に納め、ラグナルの前に歩み寄ると、八重歯を見せてニッと笑った。
「威張るのもいいけど、力任せに殴るだけじゃ勝てない相手だっているんだよ。大怪我する前に、おとなしく下山した方が身のためじゃない?」
「くっ……うぅ……!」
かつて三人を見下していたBランク冒険者たちは、顔を真っ赤にし、恥ずかしさと恐怖でぐうの音も出ず、這いずるようにして下山していった。
「ふう、スカッとしたね!」
二葉が爽快そうに息を吐く。
一葉と三葉も顔を見合わせ、小さく微笑んだ。
「さあ、邪魔者もいなくなったことだし、先へ進もうか」
三人はさらなる霊峰の奥深く、世界樹の根が眠る最深部を目指して足を進めた。
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