第47話:熱砂の呼び声と、新たな旅立ち
『グリーン・リーフ』の店内に、熱帯特有の芳醇なスパイスと微かな砂の香りが漂っていた。
南方の砂漠都市『サフィール』から助けを求めてやってきた見習い錬金術師の少女、レイラ。
彼女が差し出した小瓶の中では、どろりと濁った紫黒色の液体が不気味な明滅を繰り返している。
「オアシスの水脈が、ある日突然このように黒く濁り、干上がっていったのです……。高位の神官様や魔導士様方は『古代の邪悪な呪い』だと仰り、誰も近づこうとしません」
レイラは緋色の瞳を悲しげに揺らし、握りしめた拳を震わせた。
「でも、私は諦めたくありませんでした! 王都で『魔力腐敗症』を救い、アルトリスの鉱山を蘇らせたという三姉弟の噂を聞き、最後の希望をかけてここまで走ってきたのです!」
その切実な叫びを受け止め、一葉はそっと胸元の緑のペンダントに触れた。
父から受け継いだその結晶は、小瓶の不純魔力に反応し、静かに澄んだ光を放って毒素を押し返している。
「レイラさん、顔を上げてください。私たちが必ず、サフィールのオアシスに清らかな水を取り戻してみせます」
一葉の穏やかだが固い決意に満ちた声に、レイラは息を呑み、目元を濡らした。
「本当ですか……!? 噂通りの、なんて温かいお方……!」
「へへっ、任せときなよ! 乾いた砂漠だろうがなんだろうが、私たちでちゃっちゃと元通りにしてあげるんだから!」
二葉が背中の木剣を威勢よく叩いてニッと八重歯を見せる。
「僕もすでにサフィール周辺の地脈と水脈の構造について解析を始めています」
三葉が言う。
「小瓶のサンプルを観察する限り、この黒い砂と濁りは呪いじゃないみたい。地中深くの精霊樹の根に、過剰な不純魔力と重金属粒子が固着し、水の循環機能を麻痺させている状態です。僕たちの【三途の葉落】で不純物を微細分解し、【二生の根張】で水脈の根を整え、【一輪の秒芽】で清浄な状態を保持すれば、確実に解決できます」
三葉の明快で論理的な分析に、レイラは「そんな……神官様たちが手に負えなかった現象を、一瞬で見抜いてしまうなんて……!」と感嘆の声を上げた。
厨房から静かに歩み出てきた父・一二三は、三人の顔を順番に見つめ、深く頷いた。
「サフィールの精霊樹か……。あそこは古来より、大地の水気を司る重要な霊地だよ。不純物が溜まれば、オアシスだけでなく周辺の生態系そのものが死に絶える。一葉、二葉、三葉。お前たちの『生活魔法』の真価を、存分に発揮してくるといい」
母の葉も、焼き立てのハーブパンと干し肉をぎっしり詰めた包みを三人に手渡した。
「砂漠は日中の暑さと夜の冷え込みが激しいわ。しっかり食べて、身体に気をつけて行くのよ」
「ありがとう、お父さん、お母さん! 行ってきます!」
胸に誇らしく輝く銀色のDランクプレートを揺らし、三人はレイラと共に、新たな冒険の舞台である南方砂漠都市サフィールへ向けて出発した。
街道を南下すること数日。
緑豊かな山林や草原の風景は次第に姿を消し、視界のすべてが黄金色の砂丘へと変わっていった。
照りつける太陽、肌を灼くような熱風。過酷な砂漠の環境に、レイラは心配そうに三人を振り返った。
「一葉様、大丈夫ですか? 砂漠の旅は体力の消耗が激しいです。日よけの布をしっかり被って——」
「ふふ、大丈夫ですよ、レイラさん」
一葉は優しく微笑むと、空中を通じて蔓を巻くように優雅に指を動かした。
「【一輪の秒芽】——環境温気保持」
一葉の手のひらから放たれた涼やかな淡い緑の魔力が、三人およびレイラの周囲をやさしく包み込んだ。途端に熱風は心地よい秋風のような涼気へと変わり、肌を刺す暑さが嘘のように和らいでいく。
「な……なにこれ!? 暑さが全然感じられない……!? まるで木陰にいるみたい!」
レイラが目を丸くして歓声を上げる。
「ひと姉の保持魔法はね、私たちが過ごしやすい『最高の空間の状態』をそのままキープしてくれるんだよ!」
二葉が嬉しそうに胸を張る。
「さらに、僕の【三途の葉落】で大気中の微量な水分を分離・集束させれば……ほら」
三葉が手帳をかざすと、三人の水筒の中に、澄み切った冷たい水がなみなみと溜まっていった。
「魔法で水分補給まで……!? 魔法薬品も高価な魔導具も使わずに、生活魔法だけで砂漠の環境を完全に攻略してしまうなんて……!」
レイラは驚きのあまり絶句し、改めて三姉弟の秘めたる規格外の実力に戦慄するのだった。
砂丘を越え、ついに三人の視界に目的地の都市『サフィール』が姿を現した。
白亜の石造りの建物が整然と並び、かつては「砂漠の宝石」と称えられた美しき交易都市。
しかし、その中央に広がるはずの巨大なオアシスは、今や濁った漆黒の泥と化し、街全体に不快な異臭が立ち込めていた。
街の住民たちは乾きに喘ぎ、活気を失った様子で壁際に座り込んでいる。
「ひどい……。王都の時と同じように、街の人たちの日常が奪われているわ」
一葉が痛ましそうに街並みを見つめると、二葉が木剣を強く握りしめた。
「ひと姉、三葉! 一刻も早く、オアシスの源流へ行こう! 苦しんでいる人たちを放っておけないよ!」
「オアシスの中心にある『精霊樹の地下洞」に、水脈の核が存在している!」
三葉が指さした先には、枯れ果てて黒く変色した巨大な大樹の姿があった。
「待ちたまえ! そこから先へ足を踏み入れることは許されん!」
突然、厳めしい甲冑を纏ったサフィールの警備隊と、豪華な宗教衣を着た高位の神官が手勢を引き連れて三人の立ち塞がった。
「私はサフィール神殿の大神官ガルシアである! オアシスの汚染は神の怒りによる『呪い』だ! 外部の不審な冒険者どもが触れることは、神への冒涜であるぞ!」
高圧的に言い放つガルシア大神官。
だが、三葉は神官の背後に漂う魔力の質を目敏く捉え、瞳を冷ややかに細めた。
「神の怒り……ですか。ですが神官様、あなたのご衣裳からは、オアシスを汚染している『黒い砂』と同じ高濃度の魔導薬品の匂いが漂っていますが?」
「な……なにをバカなことを言っているのだ!?」
ガルシアが露骨に動揺し、顔を強張らせる。
一葉は神官の狼狽を見逃さず、凛とした声で宣言した。
「真実がどうであれ、私たちはこの街の『日常』を取り戻すために参りました。邪魔をなさるというなら、私たちの『生活魔法』でお通しいただきます!」
胸に輝く銀のDランクプレートと、父から託されたお守りを握りしめ、森羅家の三姉弟は、砂漠の都市に潜む新たな陰謀と異変に向け、力強くその一歩を踏み出すのだった。
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