第36話:逃亡と確信、暗雲を破る疾風
「捕らえよ! 抗うようなら足の骨の一本や二本、折りくじいても構わん!」
ジュリアン子爵の冷酷な一手により、一葉たち三姉弟の周囲を一斉に銀鎧の騎士たちが囲い込む。
剥き出しの鉄の刃が、重苦しい室調の光を反射して怪しく光った。
「くっ……! どこまで卑劣なの……!」
二葉が木剣を構え、一葉と三葉を背中に庇うように立ちはだかる。
「僕たちを罪人に仕立て上げて、腐敗症の治療法ごと闇に葬る気だね…!」
三葉が鋭く子爵を睨みつける。
その表情には恐れよりも、人命を政争の道具にする権力者への強い憤りが宿っていた。
「なんとでも言え。世の中は力と権力がすべてだ。田舎の雑用魔法使いどもが、王都の深淵に首を突っ込んだことをあの世で悔やむがいい!」
「全員、構えて……!」
一葉の声が凛と響く。
胸元の緑のペンダントが、激しく、そして温かく明滅を開始していた。
父・一二三から託されたその光は、まるで「自分たちの信じた道を行け」と背中を押しているかのようだった。
「二葉、三葉! 床に向かって全魔力を!」
「了解っ! 【二生の根張】——全開爆破!」
二葉が両手で持ち直した木剣を、子爵邸の頑丈な石造りの床へと全力で突き刺した。
ドゴォォォンッ!!
通常の拘束術ではない。
二葉が解き放ったのは、一二三との特訓で昇華させた「魔力の脈動を爆発的に拡散させる根張り」だ。
極太の緑の魔力根が床を突き破り、豪奢な絨毯や石畳を激しく跳ね上げる。
「な、なにっ!? 地震か!?」
「ぐわああっ!?」
床の崩落と同時に吹き荒れた魔力の衝撃波に、襲いかかろうとしていた騎士たちが体勢を崩し、次々と押し倒されていく。
「三葉、煙幕と退路の確保を!」
「【三途の葉落】——大気成分分離!」
三葉が手をかざすと、崩壊した床から舞い上がる粉塵と、部屋に充満していた魔力の残渣が一瞬で分離・再構成された。
濃密な視界不良の霧が部屋全体を一瞬で覆い尽くす。
「目が! 目が開けられん!」
「どこへ行った! ガキどもを逃がすな!」
「変えさせない……私たちの進むべき道を! 【一輪の秒芽】!」
一葉が空中を通じて蔓を巻くように優雅に指を動かした。
一葉の手から放たれた淡い緑の光が、二葉が崩した床と三葉が作った濃霧の状態を「固定」する。
子爵や騎士たちがどれほど魔力を練り込んで視界をクリアにしようとしても、一葉の保持魔法によって濃密な煙幕はびくともせず、部屋全体を完璧に足止めした。
「今よ、二人とも! 窓から飛ぶわよ!」
「おっしゃあぁぁっ!」
三人は煙幕を突き抜け、最上階の大きなガラス窓を突き破って外へと躍り出た。
「キャァァァッ! 高いーっ!」
二葉が叫ぶが、地面へ激突する直前、二葉自身が地上へ向けて放った【二生の根張】の魔力根が巨大な網となって三人の身体を柔らかく受け止めた。
そのまま衝撃を殺し、庭園の植え込みへと滑り込む。
「追え! 屋敷の外へ逃がすな! 衛兵を集めろ!」
屋敷の上層からジュリアン子爵の怒号が響き渡る。
「逃げるよ、二人とも! 街の貧民区へ向かうの!」
一葉の合図とともに、三人は白亜の貴族区を駆け抜け、入り組んだ王都の街並みへと姿を消した。
陽が傾き、街に影が伸び始める頃。
三人が辿り着いたのは、王都の外縁部に位置する貧民区の片隅にある廃教会だった。
華やかな中央区とは対照的に、崩れかけた石壁と汚れにまみれた人々が肩を寄せる薄暗い場所だ。
「はぁ……はぁ……ここまで来れば、すぐには追ってこられないはず……」
三葉が荒い息を吐きながら、腰を下ろす。
「あいつら……本当に許せない! 自分の権力のために街の人たちを病気にして苦しめてただなんて!」
二葉が拳を握りしめ、悔しさに唇を噛みしめる。
一葉はそっと胸元のペンダントに触れた。少女を治療した時の感触、そして街で苦しんでいた人々の姿が脳裏に焼き付いて離れない。
「子爵の言っていた通りなら、王都の『魔力腐敗症』は自然発生した病気じゃない……子爵家が人工的に作り出し、まき散らした毒素だわ。だから、どんな高位の治癒魔法でも治せなかったのね」
「でも、僕たちの魔法なら治せるよ!」
三葉が瞳に力強い光を宿した。
「【二生の根張】で脈動を鎮め、【三途の葉落】で毒素を微細分解し、【一輪の秒芽】で健康な状態を固定する。……あの女の子で証明できた通り、僕たちならどんな重症者でも完治させられる!」
「ええ。それに……子爵が私たちを拘束しようとした本当の理由は、自分たちの犯罪が露呈するのを恐れたからだけじゃないわ」
一葉は毅然とした表情で二人を見つめた。
「私たちが『生活魔法』という誰もが知る身近な力で病を治してしまえば、彼らが独占しようとしていた『特効薬の価値』そのものが暴かれ、暴利を貪れなくなるからよ」
「……そっか。生活魔法だからこそ、あいつらは怖かったんだね!」
二葉がハッとしたように目を見開く。
そう、高価な薬品も、大仰な儀式も必要としない。森羅家の三姉弟が紡いできた絆の魔法——それこそが、王都を蝕む巨大な悪意を打ち破る唯一の「光」なのだ。
その時、廃教会の影から、ガタガタと震える小さな人影が現れた。
「た、助けて……お母さんが……お母さんが死んじゃうよ……!」
現れたのは、ボロ布を纏った幼い少年だった。
その奥の藁床には、肌を黒く変色させ、苦しげに息を吐く女性が横たわっている。
「君……」
一葉は優しく微笑み、少年の目線に合わせて屈み込んだ。
「大丈夫よ。怖がらないで」
一葉は二葉と三葉へ頷きかけてから、そっと病床の女性へと歩み寄った。
「私たちは冒険者。あなたの、そしてこの街の『日常』を取り戻しに来たの」
一葉の手から、あたたかな緑の光が溢れ出す。
王都の権力者が仕掛けた冷酷な謀略に対し、三姉弟による反撃が、この小さな廃教会から静かに、そして確実に始まろうとしていた。
「少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ページ下部の【ブックマーク】や【評価】(★★★★★)で応援していただけると励みになります!」
前作もあわせてお楽しみいただけると嬉しいです!
前作はこちらから読めます。
https://ncode.syosetu.com/n5113mk/
※アプリをご利用の方は検索画面で Nコード『n5113mk 』と検索していただくか、作者マイページの「活動報告」から直接お越しいただけます




