第25話:群れなす影と、連携の旋風
薄暗い森の奥から吹き抜ける風が、焦燥と血の匂いを孕んで肌を刺す。
最浅層を駆け抜け、中層手前の防衛線へと向かう一葉、二葉、三葉の三人。木々の隙間から見える空は、不気味な紫黒色の魔力によってどんよりと澱んでいた。
「ふた姉、三葉、準備はいい!?」
「いつでもいけるよ! 身体がすごく軽い!」
「僕も……魔力の巡りは完璧だ。いつでも命令を!」
一葉を先頭に、三人は鬱蒼とした茂みを切り開いて広場へと飛び出した。
そこに広がっていたのは、惨状だった。
なぎ倒された巨木と抉られた地面。その中央で、ボロボロになりながらも大剣を振り回し、一人で持ちこたえている男の姿があった。
「はぁ……はぁ……! 来やがれ、影の雑魚どもが……!」
Bランク冒険者・バルガスだ。
全身の革鎧は引き裂かれ、膝からは血が流れ出ている。
その周囲を取り囲むのは、黒い泥のような流体状の体を持つ不気味な魔物——『シャドウ・ボア』の群れだった。本来のワイルドボアよりも一回り大きく、赤く発光する目と、鋭く尖った影の角を持っている。
「バルガスさん!!」
二葉が叫び、飛び出した。
「なっ……お前たち!? なぜここに……逃げろと言ったはずだぞ!」
バルガスが驚愕の声をあげる。しかし、その隙を見逃さず、三体のシャドウ・ボアが左右と上空から同時に襲いかかった。
「させない! 【二生の根張】!」
二葉が地面に拳を叩きつける。
二葉から放たれた魔力の根が地表を駆け巡り、襲いかかる二体のシャドウ・ボアの足元へと潜り込んだ。
一瞬にして影の巨体が地面へと縫い付けられ、突進の勢いが殺される。
「三葉、今よ!」
一葉の凛とした合図とともに、三葉が手帳を開く。
「【三途の葉落】……!」
三葉の目が鋭く光る。
空中から襲いかかっていた三体目のシャドウ・ボア、その核となる体内の不純物と流動魔力を一瞬で認識し、構成要素を分解・散逸させた。
ズシャァッ!
黒い流体状の身体が一気に形を保てなくなり、ただの濁った水となって地面へと激しく落とし込まれた。
「な……魔法一発でシャドウ・ボアを散体させたか!?」
バルガスが目を丸くする。
しかし、残る二体は二葉の拘束を力任せに振り払おうと、漆黒の角を狂暴に暴れさせていた。流体上の身体が根をすり抜けようと形を変える。
「解かせないわ! 【一輪の秒芽】!」
一葉が疾走しながら、空中を通じて蔓を巻くように優雅に指を動かした。
淡い緑色の光が二葉の魔力の根を包み込む。二葉が施した「拘束状態」そのものが、一葉の時間・鮮度保持の魔法によって強制的に定着・固定された。
グギャァァァッ!
どれほど身悶えしようとも、影の巨体はピクリとも動かない。完全な硬直状態だ。
「よし! 二葉、三葉、一気に片付けるわよ!」
「「はい!!」」
三人の完璧な連続攻撃が幕を開ける。
二葉が木剣を低く構え、一葉によって完全固定されたシャドウ・ボアの足元へと滑り込んだ。
「【二生の根張】——粘着付与!」
木剣の先を相手の影の足首に接触させ、さらに強固な固定を重ね掛けする。逃げ場を完全に奪われたシャドウ・ボアに対し、三葉がすかさず追撃の魔法を重ねた。
「【三途の葉落】……コアの分解!」
ボアの胸元で不気味に明滅していた赤い魔核。三葉の精密な分解魔法がピンポイントで魔核の構造を破壊し、瞬時に霧散させる。
パンッ! という弾けるような音とともに、一体のシャドウ・ボアが影のチリとなって消滅した。
さらに、残る一体に対して一葉が踏み込む。
空中を通じて蔓を巻くように優雅に指を動かし、【一輪の秒芽】を攻撃のサポートとして展開する。
三葉の【三途の葉落】によって崩壊を始めた魔物の状態を「崩壊した瞬間のまま固定・増幅」させ、自己再生の隙を一切与えずに完全消滅へと追いやった。
息の合った流れるような三段構え。
ほんの数十秒のうちに、バルガスを追い詰めていたシャドウ・ボアの群れが全滅した。
「ふぅ……ふぅ……うまくいった……!」
二葉が木剣を引き、汗を拭う。三葉も荒い息を吐きながら手帳を閉じた。
「みんな、怪我はない!?」
一葉が駆け寄り、二人の身体を素早く点検する。かすり傷一つないことを確認すると、すぐにバルガスの元へ膝をついた。
「バルガスさん! 動かないでください、いま応急処置を……!」
一葉は空中を通じて蔓を巻くように優雅に指を動かした。
「【一輪の秒芽】……!」
バルガスの深く引き裂かれた右足の傷口、そして溢れ出る滑血。その「出血と損傷の進行」が一葉の魔法によってピタリと停止した。激痛が和らぎ、バルガスの表情に生気が戻ってくる。
「一葉ちゃん……それに二葉、三葉……。お前たち、本当にあの生活魔法だけで……」
バルガスは信じられないといった様子で自分の足元と、消滅した魔物たちの残骸を見つめた。
「凄まじいな……。不純物の分解で威力を奪い、根張りで動きを封じ、鮮度保持でその効果を永久固定する……。完璧な『完封術』じゃねえか!」
「えへへ……バルガスさんに教わった『不意打ち』と『罠』の応用だよ!」
二葉が誇らしげに胸を張る。
「僕たちの魔法は威力がありません。でも、三人で補い合えば、格上の魔物でも隙を作ることができます」
三葉が静かに言った。
バルガスは深く感服したように息を吐くと、二人の頭を強引に引き寄せてワシワシと撫で回した。
「ハハハッ! まったく、とんでもねえ三姉弟だぜ! マスターと葉さんの血を引いてるだけのことはある!」
「痛い痛い! バルガスさん、力強いよ!」
二葉が笑い声をあげる。
一葉も安堵の笑みを浮かべた。しかし、その視線はすぐに森のさらに奥——暗く重い魔力が渦巻く深部へと向けられた。
(取り敢えずの脅威は去ったわ。でも……森の『歪み』の本質は、もっと奥にある)
風が不気味に唸りを上げ、森の樹木を揺らす。
「バルガスさん、歩けますか? 一度、自警団の防衛線まで下がりましょう。ギルドへの報告と、今後の対策を練る必要があります」
「ああ、そうだな。一葉ちゃんの魔法のおかげで痛みはねえ。行こう」
バルガスを支えながら、三姉弟は街への帰路へと足を進めた。
小さな生活魔法の組み合わさった刃。それは、これから森羅家を待ち受ける巨大な『歪み』という名の嵐に対し、決して折れることのない確かな希望の光として、暗闇の森を力強く照らし出していた。
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