第26話:歪みの源流と、ギルドの英断
バルガスを担架に乗せ、無事に街の救援拠点まで送り届けた一葉たち。
『グリーン・リーフ』の店内に戻ると、慌ただしい喧騒の中でヴァルターとギルドの幹部たちが緊急の作戦会議を開いていた。
二葉と三葉が温かいハーブティーを運ぶ中、一葉は報告を行うバルガスの傍らにそっと寄り添っていた。
「……間違いねえ。中層手前に出現した『シャドウ・ボア』は、普通の魔物が変異したもんじゃない。森の最奥から溢れ出している『濃縮された歪み』の魔力を直接浴びて誕生した影の異形だ」
バルガスが胸元を押さえながら、重々しい声で語る。
「もし一葉ちゃんたちの助けがなけりゃ、俺はあそこで影の泥に呑み込まれてた。……あの子たちは、もはやBランクパーティの戦術にすら匹敵するぜ」
幹部たちが息を呑み、一葉たち三姉弟に驚愕の視線を向ける。
ヴァルターは深く頷き、静かに思考を巡らせた。
「バルガス君の報告、および救護班からの証拠を精査した。森の『歪み』は浅層・中層のレベルを遥かに超えている。原因を突き止め、核を浄化または破壊しない限り、魔物の氾濫は避けられないだろう」
「ヴァルターさん……ギルドとしては、どう動くのですか?」
一葉が尋ねる。
「本来なら、王都からAランク以上の大型指名依頼を出す案件だ。しかし、王都からの救援を待っていては、この街が呑み込まれるのが先になる。……したがって、我がギルドは現存する最高戦力を結集し、森の最奥部への『特別精鋭調査隊』を編成する」
ヴァルターの力強い眼差しが、一葉、二葉、三葉の三人へと向けられた。
「そして……一葉さん、二葉ちゃん、三葉君。君たち三人にも、特別補助員としてこの調査隊への同行を要請したい」
「「「えっ……!?」」」
二葉と三葉が思わず声をあげる。
「正気ですか、ヴァルターさん!?」
幹部の一人が立ち上がった。
「彼らはまだFランクの駆け出しだ! 確かに後方支援や奇襲での成果は素晴らしいが、最奥部への同行など危険すぎる!」
「いや、彼女たちこそが、今回の作戦の鍵なのだ」
ヴァルターは冷静に言葉を続けた。
「影の魔物の特性は『不純物と異質な魔力の結合』だ。三葉君の【三途の葉落】による構造分解、二葉ちゃんの【二生の根張】による物理・魔力拘束、そして一葉さんの【一輪の秒芽】による状態の固定と遮断。この三位一体の術式は、高火力の攻撃魔法すら減衰させる影の性質に対し、最も効率的かつ確実に干渉できる」
ヴァルターは一葉たちの前に歩み寄り、視線を同じ高さまで下げた。
「これは命令ではない。君たちの安全を考えれば、お店で待機してもらうのが一番だ。……だが、街と大切な日常を守るため、君たちの力を貸してはくれないだろうか」
静まり返る店内。
二葉と三葉は一葉の顔を見上げた。
一葉は静かに息を吐き出すと、迷いのない瞳でヴァルターを見つめ返した。
「ヴァルターさん。……私たちに行かせてください」
「ひと姉……!」
「私たちは、ただ守られるだけの存在でいたくありません。特訓を重ね、バルガスさんを助けられたことで確信しました。私たちは、この街と家族を守るための力になります」
一葉の強い言葉に押されるように、二葉が木剣を強く握りしめた。
「うん! 私も行く! バルガスさんや街のみんなが怪我をするのを、黙って見てなんていられないよ!」
「僕も賛成です」
三葉が手帳を胸に抱える。
「影の魔物の構造解析なら、僕が一番役に立ちます。ひと姉とふた姉と一緒なら、どんな相手でも隙を作れます」
三姉弟の固い決意と絆を前に、反対していた幹部たちも息を飲み、言葉を失った。
厨房の陰からその様子を見守っていた父の一二三と、母の葉。
一二三は静かに前へ歩み出ると、ヴァルターの前に立った。
「ヴァルター殿」
「マスター……。子供たちを危険な前線へ連れ出すこと、申し訳ありません」
一二三は首を横に振った。その表情は厳しくもあり、どこか誇らしげでもあった。
「子供たちが自らの意志で『守る側』に立つと決めたのです。親として、その覚悟を留める理由は提示できません。……ただし、一つだけ条件があります」
「条件、ですか?」
「私も、そして葉も、店を一時休業し、後方連絡線と撤退路の確保のために森の浅層まで同行します。……子供たちの成長を信じてはいますが、親としての務めも果たさせてもらいますよ」
一二三の言葉に宿る、隠しきれない圧倒的な静けさと覇気。ヴァルターは一瞬背筋を伸ばし、深く頭を下げた。
「感謝いたします、マスター。」
会議が終わり、出発までの準備時間。
二階の自室で装備の点検を行っていた一葉の元へ、一二三がやってきた。
「一葉」
「お父さん……」
一二三は一葉の隣に座ると、優しくその頭を撫でた。
「成長したな、一葉。料理の鮮度を保つためだけに教えてやった【一輪の秒芽】が、これほど美しく、力強い絆の魔法になるとは思わなかったよ」
「お父さん……。私、最初は怖かったの。妹や弟を危険に巻き込んでいるんじゃないかって。精神的にも未熟なFランクの私たちがどこまでできるのかって。でも、二人ともすごく頼もしくて……私が二人を引っぱっているつもりが、私の方が二人に支えられてた」
一葉が微笑むと、一二三は温かく目を細めた。
「お前の【一輪の秒芽】の本質は『変えさせない意志』だ。大切な日常、妹と弟の笑顔、そして自分自身の誇り……それを絶対に損なわせないという強い心が、その魔法の真の威力なのだよ」
一二三はポケットから、小さな緑色の結晶が埋め込まれたペンダントを取り出し、一葉の手のひらに握らせた。
「これは……?」
「かつて私が旅をしていた頃のお守りだ。魔力の巡りを滑らかにし、魔法の『定着率』を高めてくれる。お前の【一輪の秒芽】を、より遠く、より強固に繋ぎ止めてくれるはずだ」
「お父さん……ありがとう!」
一葉はペンダントをぎゅっと握りしめ、胸元に掲げた。
窓の外では、夕暮れの赤い光が森の黒い影を押し返そうと輝いていた。
明日、決戦の火蓋が落とされる。
小さな芽吹きが、大森林の深部で荒れ狂う巨大な『歪み』に対し、いかなる奇跡を咲かせるのか。
森羅家三姉弟は、静かに、そして力強く、次なる一歩を踏出そうとしていた。
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