第19話:訓練場の試行錯誤と、それぞれの意地
朝露が残るギルド裏の訓練場。土と汗の匂いが混じり合う広い敷地には、木のダミーや標的がいくつも並んでいた。
二葉と三葉の正面には、木製の大剣を肩に担いだBランク冒険者・バルガスが立っている。その巨体から放たれる圧倒的な威圧感は、構えているだけで空気を重く湿らせた。
「よし、それじゃあ早速始めるぞ。まずは二人で思いつく限りの連携で俺に一撃入れてみな。武器は木剣で、魔法も制限なしだ!」
「いくよ、三葉!」
「うん!」
二葉が地面を強く蹴り、一直線にバルガスへと肉薄する。木剣を上段に構え、まっすぐに振り下ろした。
(【二生の根張】で、足元を固定して踏み込む力と威力を上乗せする……!)
二葉の足元から見えない根が大地を掴み、鋭い踏み込みを生み出す。重く鋭い一撃がバルガスの脳天を捉えたかに見えた。
ガンッ!
「甘い!」
バルガスは一歩も動かず、木製の大剣の腹で二葉の撃ち下ろしを軽々と受け止めた。
手に強烈な痺れが走り、二葉の表情が歪む。
「力が伝わってねえな! 踏み込みの固定はいいが、腕の振りと体の回転がついてきてねえ!」
「くっ……! 三葉、お願い!」
「【三途の葉落】!」
二葉が距離を取ると同時に、後ろから三葉が魔法を発動させた。バルガスの足元に生えている雑草や土の不純物を一瞬で分解し、摩擦力を完全に奪い去る。
つるりと足元が滑り、バルガスの巨体がわずかに体勢を崩した。
「よし、引っかかった!」
二葉が再び距離を詰め、体勢の崩れたバルガスの脇腹を狙って木剣を突き出す。
しかし——。
「甘いと言っただろ!」
ズドッ!
バルガスは滑る足元のまま、倒れ込む勢いを逆に利用して体を大きく捻り、柄頭で二葉の木剣を横から激しく弾き飛ばした。
からんからんと乾いた音を立てて二葉の木剣が砂利の上に転がる。
「うあぁっ!?」
「ふた姉!」
三葉が慌てて駆け寄る。バルガスは大剣を肩に戻し、フッと息を吐いた。
「惜しいが、まだまだだな。二葉、お前の踏み込みは【二生の根張】でブレないが、それゆえに動きが一本調子で読まれやすい。三葉、お前の【三途の葉落】で足場を奪うタイミングは悪くねえが、相手が体勢を立て直す隙を与えちまってる」
バルガスは砂利を蹴りながら、二人を見下ろした。
「お前さんたちの魔法は、発動した瞬間に『ここに使いました』ってアピールが強すぎるんだよ。戦いにおいて一番効くのは、相手が予期していない『不意打ち』と『罠』だ」
二葉は痺れる手を握り締めながら、悔しそうに歯を噛んだ。
「不意打ちと、罠……」
「そうだ。例えば二葉、お前の【二生の根張】。自分の足元を固めるだけじゃなくて、打ち合う瞬間に『相手の武器』や『相手の足の裏』にほんの一瞬だけ根を張らせたらどうだ?」
二葉がハッと目を見開いた。
「相手の武器に……根を……?」
「ああ。打ち合った瞬間に相手の刃を固定して動きを止める。あるいは足裏を地面にくっつけて、回避行動をコンマ数秒遅らせる。自分の体を固定するだけが根張りじゃねえはずだ」
ヴァルターが昨夜語っていた「物に付与する発想」と、バルガスの実践的なアドバイスが二葉の頭の中で完璧に結びついた。
「三葉、お前もだ」
バルガスは三葉に視線を転じさせた。
「【三途の葉落】で足場を滑らせるなら、最初から滑る場所を作っておくんだ。相手が踏み込んだ瞬間に魔法を置くのではなく、踏み込ませたい場所に前もって仕込んでおく。相手の動きを誘導するんだよ」
三葉は手帳を開き、素早くペンを走らせながら深く頷いた。
「相手の踏み込みを予測して、あらかじめ『摩擦ゼロの地点』を配置しておく……チェスの盤面を作るみたいに」
「そういうことだ! 理解が早くて助かるぜ。さあ、次はそれを取り入れてもう一回だ!」
「「はい!」」
二人の瞳に、先ほどまでの焦りは消え、純粋な闘志と探求心が宿っていた。
それから二時間。
訓練場には二葉の激しい踏み込みの音と、三葉が手帳をめくる音が絶え間なく響き続けた。
何度も倒され、泥だらけになりながらも、二人は諦めずに魔法の新たな使い方を試み続けた。
「ふた姉、次はいける!」
「うん!」
二葉が再びバルガスに向かって突き進む。今度は上段からの大振りではなく、低く滑り込むような踏み込みだ。
バルガスが迎え撃つべく木剣を横に払う。
ガキィン!
互いの木剣が交差した瞬間、二葉がニッと笑った。
(【二生の根張】——相手の木剣の先端に付与!)
「……ぬ!?」
バルガスが刃を引こうとした瞬間、一瞬だけ木剣が空気中に引っかかるような奇妙な重みが生じた。
二葉が剣の交差点に薄い根を張り、バルガスの武器の自由を奪ったのだ。ほんのコンマ数秒の違和感。
「三葉、いま!」
「【三途の葉落】!」
バルガスが力任せに木剣を引き抜こうとして後ろへ踏み込んだ足先——そこには、三葉があらかじめ摩擦を削ぎ落としておいた『死角の落とし穴』が存在していた。
ズリッ!
「おっと!?」
完全に死角からのトラップ。
今度ばかりはバルガスも体勢を大きく崩し、巨体が宙に浮く。
「もらったぁ!」
二葉が泥を弾いて跳び上がり、木剣をバルガスの胸元へと突き出した。
コンッ!
乾いた音が響き、木剣の先がバルガスの革鎧の胸当てにしっかりと届いた。
静寂が訓練場を包み込む。
宙で体勢を立て直して着地したバルガスは、己の胸元に触れている木剣を見つめ、それから二人の顔を交互に見た。
「……ハッ! ハハハハハハ!」
豪快な爆笑が訓練場にこだました。
バルガスは大剣を地面に突き刺し、二人の頭を豪快に撫で回した。
「合格だ! 見事だぜ二人とも! 俺の動きを誘導して、二重の罠にハメやがった!」
「やったぁぁぁ! 届いた!」
「ふぅ……うまくいった……!」
二葉と三葉はその場にへたり込み、泥だらけの顔で見つめ合って笑った。
「生活魔法も、使いようによってはBランクの俺をヒヤッとさせられる。お前さんたち本物だぜ」
バルガスは満足そうに頷くと、腕を組んで二人に言った。
「よし、今日の訓練はここまでだ。泥を落として、街で一番美味い珈琲でも飲みに行くか!」
「あ、それなら『グリーン・リーフ』に行こうよ! ひと姉の美味しいお茶があるよ!」
「いいね、ひと姉に今日の成果を報告しよう!」
汗と泥にまみれながらも、二人の表情は晴れやかだった。単なる生活のための魔法が、自分たちの知恵と努力によって新たな可能性を開いた瞬間だった。
昼過ぎの『グリーン・リーフ』。
真鍮のベルが鳴り、泥を拭き取った二葉と三葉、そしてバルガスが店内に姿を現した。
「いらっしゃいませ……あら、みんなお疲れ様」
カウンターの奥から一葉が優しい笑顔で迎える。
二葉と三葉はカウンター席に飛びつき、興奮冷めやらぬ様子で報告を始めた。
「ひと姉! 聞いてよ! バルガスさんの胸元に一撃入れられたんだよ!」
「【二生の根張】で相手の武器を重くして、【三途の葉落】で事前に作っておいた罠に誘導したんだ。生活魔法でも、戦い方が少し分かった気がする」
二人の誇らしげな顔を見て、一葉は空中を通じて蔓を巻くように優雅に指を動かした。
【一輪の秒芽】を発動させ、二人の手首や足に残っていた小さな擦り傷や打撲の痛みを、鮮度保持の要領で優しく和らげていく。
「二人とも、本当によく頑張ったわね」
一葉は二人の頭を優しく撫で、バルガスへ向き直った。
「バルガスさん、二人をご指導いただき、本当にありがとうございました」
「気にすんな、一葉ちゃん。俺も楽しませてもらったぜ。あの子たちの発想力には驚かされた。これからが楽しみだ」
バルガスはドカリと椅子に腰掛け、冷たいハーブティーを一気に飲み干した。
厨房の奥から、様子を見ていたマスターの一二三と葉が微笑みながら歩み出てくる。
「バルガス殿、ありがとうございました。二人の成長した顔を見れば、良い訓練だったと分かります」
一二三が感謝を述べると、バルガスは不敵な笑みを浮かべた。
「マスター、あんたの子供たちは強いぜ。型にハマらねえ強さを持ってる」
二葉と三葉は、温かいお茶を飲みながら顔を見合わせた。
「もっと練習して、どんなモンスターが来ても店とみんなを守れるようにならなきゃね」
「うん。次はもっと精度を上げよう」
店内に流れる穏やかな時間の中で、三姉弟の絆と強さは、静かに、しかし確実に芽を伸ばしていた。
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