第14話:仕込みの朝と、招かれざる商人
爽やかな朝の光が『グリーン・リーフ』の木漏れ日あふれるテラス席を照らしていた。
開店前の一刻、厨房ではいつものように賑やかな仕込み作業が進められている。
「ふた姉、お砂糖の容器、詰め替えておいたよ。そっちのハーブティー用の茶缶も整理しておいたから」
三葉が手帳にチェックを入れながら、ピカピカに磨かれた保存缶を棚へ並べた。
「ありがと、三葉! よーし、次はスコーンの生地作りだね!」
二葉が腕を捲り上げ、大きなボウルに小麦粉とバターを投入する。そこへ一葉が小皿に分けたグリーンハーブの粉末をそっと注ぎ入れた。
「二葉、ハーブの香りを引き立てるために、今日は少しだけ柑橘の皮をすりおろして加えてみようか」
「いいね、ひと姉! それ絶対に美味しいやつだ!」
一葉が柔らかく目を細め、二人と一緒に楽しそうに生地をこね始める。
先日の冒険者ギルドでの騒ぎ以降も、三人の日常は何ひとつ変わっていない。
自分たちがギルドでどれほどの噂になっているかも意に介さず、ただお店に来てくれるお客様の笑顔のために、毎朝丁寧に手を動かしていた。
カウンターの奥では、父親の一二三がネルドリップでじっくりと珈琲を点てている。
香ばしく深みのある香りが厨房を満たし、母親の葉が焼き立てのパンを並べながら優しく微笑んでいた。
「ふふ、三人とも本当に仲が良いわね。今日も良い一日になりそうだわ」
「ああ。子どもたちがお店を楽しんで手伝ってくれるのは、親として何より嬉しいよ」
一二三が満足そうに目を細め、淹れたての珈琲を家族みんなのカップへ注いだ。
小さな幸福に包まれた『グリーン・リーフ』の朝。
だが、その平和な空気を打ち破るように、カランコロンとドアの真鍮ベルが激しく鳴り響いた。
「失礼するよ! ここが噂の『グリーン・リーフ』かね!?」
開店前の看板が出ているにもかかわらず、ドアを強引に開けて入ってきたのは、派手な錦のローブをまとった肥満体の男だった。
首からはジャラジャラと金鎖を下げ、左右には用心棒らしきいかつい男二人を従えている。
男の名はゴルド。王都に本店を構える大商会『ゴルド商会』の支店長であった。
「……申し訳ありません。当店はまだ開店前なのですが……」
一葉が困惑しながらも丁寧に対応しようと前へ出た。
「ハッ! 開店前も後も関係ないね! 私はね、君たちがギルドに納品したあの最高級ハーブの話を聞いて飛んできたのだよ!」
ゴルドは下品な笑みを浮かべ、カウンターへズカズカと歩み寄ると、身を乗り出した。
「どうだね? あの『完全鮮度保持』と『完全浄化』が施されたハーブ……あれを我がゴルド商会に【独占納品】しないかね!? ギルドなんぞに安値で買い叩かれるより、我が商会と契約した方が何倍も儲かるぞ!」
ゴルドの言葉に、二葉と三葉は顔を見合わせた。
「えっと……独占納品って何ですか?」
二葉が首を傾げると、ゴルドは揉み手をしながら言葉を重ねた。
「簡単なことさ! 君たちが摘んできたハーブを、すべて我が商会だけに売るのだ。その代わり、街の個人店やギルドには一切売ってはならん。我々がそれを王都の貴族どもに数十倍の値段で売りさばいてやる! 君たちにも金貨十枚……いや、二十枚の契約金を払ってもいいぞ!」
ゴルドは金貨の詰まった重そうな袋を、ドスンとテーブルの上に叩きつけた。
自分たちのハーブを独占し、貴族向けに高値で吊り上げようという魂胆である。
だが、森羅家の面々の反応は、ゴルドの予想とは大きくかけ離れていた。
「……あの、せっかくのお話ですが、お断りさせていただきます」
一葉が困ったように、しかしきっぱりとした口調で首を振った。
「な、なんだと……!? 断るだと!?」
ゴルドが目を丸くする。
「はい。私たちは冒険者として商売をしているわけではないですし、ハーブはお店のメニューやお料理に使うために摘んでいるんです。余った分をギルドの皆さんに役立ててもらうために納品しているだけでして……」
「その通りだよ。僕たちのハーブは、この店に来てくれる常連さんや街の人たちに喜んでもらうためのものなんだ。貴族の人だけに高値で売るなんて、そんなことしたくないよ」
三葉も静かに、だが強い意思を込めて言った。
「け、契約金金貨二十枚だぞ!? Fランクのガキが一生遊んで暮らせる金だぞ!? 正気か君たちは!?」
ゴルドの顔が怒りで赤く染まっていく。
「お金の問題ではありません。私たちは、このカフェの日常とお客様との繋がりを大切にしたいのです」
一葉が毅然とした態度でゴルドを見つめ返した。
「ええい、生意気なガキどもめ! 好意で儲け話を持ってきてやれば調子に乗りおって!」
交戦的な態度を崩さない三人に、ゴルドはついに本性を現した。
「おい、お前たち! この店を少しお仕置きしてやれ! 道具や看板を叩き壊せば、少しは頭が冷えるだろう!」
ゴルドの命令を受け、左右の用心棒がニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
二人は腰の棍棒を引き抜き、厨房の棚や焼き立てのパンへ向かって振り下ろそうとする。
「店のお道具や食べ物に手を出すなっ!!」
二葉が一歩前に踏み出した。
【二生の根張】——大地と一体化し、絶対的な固定力を誇る二葉の固有能力が発動する。
二葉は一人の用心棒の振り下ろされた腕を、素手で軽々と受け止めた。ドオン! と鋭い衝撃音が響いたが、二葉の身体は一ミリたりとも揺るがない。
「なっ……!? なんて力だ……! 腕が動かん!?」
用心棒が驚愕に目を見開く。
「もう一人は僕がやるよ」
三葉が落ち着いた足取りで二人目の用心棒に近づき、その足元へ向けて手帳を軽く振った。
【三途の葉落】——範囲内の不純物や障害物を分解・清掃する魔法。
三葉が床の微細なホコリや油分を一瞬で完全に清掃・分解したため、用心棒が踏み込んだ床は摩擦係数ゼロの超ツルツル状態と化した。
「うわあぁっ!?」
勢いよく踏み込んだ用心棒は派手に体勢を崩し、盛大にすっころんで床に叩きつけられた。
「ひっ……!? な、なんなのだこのガキどもは……!?」
腰を抜かしたゴルドが怯え、後ずさりする。
「ゴルドさん。お店の食べ物や道具を傷つけようとする方にお売りするお茶はありません。お引き取りください」
一葉が静かな、しかし圧倒的な威圧感を込めて告げた。
一葉の背後には、大切な子どもたちを温かく、しかし鋭い眼差しで見守る一二三と葉の姿もあった。
「覚えてろよ! こんな怪しい店、ギルドや商業組合に訴えて営業停止にしてやるからな!」
ゴルドは捨て台詞を残し、用心棒を引きずるようにして逃げ出していった。
「ふぅ……びっくりしたね。開店前にあんな人が来るなんて」
二葉がふうっと息を吐き、エプロンのシワを伸ばした。
「うん。でも、お店の道具やパンが無事でよかったよ。ひと姉、ふた姉、怪我はない?」
三葉が床の状態を元に戻しながら、手帳に『開店前トラブル:解決』と書き込んだ。
「うん、大丈夫。二人とも頼もしかったわ、ありがとう」
一葉が微笑み、二人をねぎらった。
「みんな、大丈夫だったかい?」
一二三と葉が心配そうに駆け寄ってくる。
「うん、お父さん、お母さん。怪我もないし、何一つ壊されてないよ」
一葉が両親に笑顔を見せた。
「あのような欲深い商人に目をつけられるのは困ったものだが……三人とも、本当によく店を守ってくれたね。誇らしいよ」
一二三が三人の頭を順番に優しく撫でた。
「さあ! 気を取り直して、今日の営業の準備を仕上げましょう! もうすぐ十時よ!」
葉の弾んだ声に、三人も「はい!」と元気よく返事をした。
カランコロン——。
ちょうど十時を迎えた瞬間、真鍮のベルが心地よい音を立てた。
「一葉ちゃん、二葉ちゃん、三葉くん! おはよう! 今日もスコーン食べに来ちゃったわ!」
「おはよう、みんな。今日も美味しい珈琲を頼むよ」
マリアやトーマスをはじめ、街の常連客たちが笑顔で店内へと入ってくる。
「いらっしゃいませ! 『グリーン・リーフ』へようこそ!」
一葉、二葉、三葉の明るい声が、朝の店内に爽やかに響き渡った。
どれほど怪しい商人が訪れようと、自分たちの価値を釣り上げようと画策されようと、森羅家の三姉弟のやるべきことは変わらない。
大好きな家族と共に、大切なカフェ『グリーン・リーフ』で、最高の一杯とお菓子を用意して客を迎えること。
そんな温かく平穏な日常を守りながら、三人は今日もしあわせな一日を紡いでいくのだった。
「少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ページ下部の【ブックマーク】や【評価】(★★★★★)で応援していただけると励みになります!」
前作もあわせてお楽しみいただけると嬉しいです!
前作はこちらから読めます。
https://ncode.syosetu.com/n5113mk/
※アプリをご利用の方は検索画面で Nコード『n5113mk 』と検索していただくか、作者マイページの「活動報告」から直接お越しいただけます




