第62話 学校でも
休み時間。
俺は机の上に教科書を広げながら次の授業の準備をしていた。
すると。
トントン。
肩を軽く叩かれる。
「ん?」
顔を上げる。
都子ちゃんだった。
「真春君」
「どうした?」
都子ちゃんは周囲を見回した。
誰かに聞かれないようにするみたいに。
そして。
「行こ」
「どこに?」
「人がいないところ」
「は?」
思わず変な声が出た。
「なんで?」
「我慢できないから」
「……」
一瞬。
思考が止まる。
「待って待って」
「うん」
「今なんて言った?」
「我慢できない」
「聞き間違いじゃなかった」
「うん」
都子ちゃんは真顔だった。
余計に怖い。
「いやいやいや」
「早く」
「なんでそうなるんだよ」
「いいから」
「よくないだろ」
「いいから」
ぐいっ。
腕を引っ張られる。
「お、おい」
「行くよ」
「授業始まるよ」
「まだ5分ある」
「そういう問題じゃなくて――」
「行く」
全然聞いていなかった。
結局。
俺はそのまま連行された。
☆☆☆
教室を出る。
廊下を歩く。
階段を下りる。
校舎を抜ける。
都子ちゃんは1度も振り返らなかった。
俺の腕だけはしっかり掴んだまま。
「ねえ」
「なに?」
「本当にどこに行くの? 」
「もう着く」
そんなやり取りをしているうちに足が止まった。
自動販売機が3台並んでいる。
人通りはほとんどない。
静かな場所だった。
「ここなら大丈夫だね」
都子ちゃんが満足そうに言う。
「何が大丈夫なんだよ」
「誰もいない」
「だから?」
「2人きり」
「……」
俺は思わず額を押さえた。
「まったく」
「なに?」
「都子ちゃんさぁ」
「うん」
「我慢できないにしても強引すぎるだろ」
そう言うと。
「だってもう限界だし」
都子ちゃんは即答する。
心臓が変な跳ね方をした。
本人は平然としている。
いや。
平然としているように見えるだけかもしれない。
よく見ると。
頬が少し赤かった。
「でも来てくれた」
「無理やりだろ」
「来てくれた」
「……」
否定できなかった。
都子ちゃんは嬉しそうに笑う。
その顔を見ると。
文句を言う気が失せる。
ずるいと思う。
こういうところが。
「……」
「……」
風が吹いた。
木の葉が揺れる。
カサカサという音だけが静かに響く。
誰もいない。
本当に俺たちだけだった。
気付けば。
都子ちゃんとの距離が近かった。
肩が触れそうなくらい。
少し動けば当たる。
そんな距離。
なのに。
どちらも離れない。
「真春君」
都子ちゃんが呼ぶ。
「ん?」
「顔赤い」
「赤くない」
「赤い」
「都子ちゃんもだろ」
「……」
その瞬間。
都子ちゃんが黙った。
図星だったらしい。
ますます顔が赤くなる。
可愛い。
そう思った瞬間。
都子ちゃんが1歩近付いた。
「っ」
息が止まる。
近い。
さっきより近い。
いい香りがした。
「都子ちゃん」
「ん」
都子ちゃんが顔を上げる。
視線がぶつかる。
逃げられない。
いや。
逃げたくない。
「……」
「……」
時間が止まったみたいだった。
どちらも何も言わない。
ただ見つめ合う。
都子ちゃんの瞳が少し揺れる。
強引に連れてきたくせに。
なのに。
緊張しているのかよ。
「真春君」
小さな声。
「うん」
「……嫌?」
不安そうだった。
今までで1番。
そんな顔をされたら。
答えなんて決まっている。
都子ちゃんがゆっくり目を閉じる。
長いまつ毛が震えた。
控えめに唇を突き出す。
「っ」
心臓がうるさい。
うるさすぎる。
聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい。
だけど。
もう離れられなかった。
俺はゆっくりと顔を近付ける。
都子ちゃんの吐息が触れる。
あと少し。
本当にあと少し。
そして。
誰もいない静かな場所で。
俺たちはそっと唇を重ねた。




