第61話 後藤さんのニヤニヤ
教室のドアを開ける。
すると。
「お」
「ん?」
「え?」
クラスメイトたちの視線が一斉に集まった。
俺は思わず足を止めそうになる。
だが。
隣の都子ちゃんは気にした様子もない。
むしろ少し機嫌が良さそうだった。
俺たちが教室へ入る。
都子ちゃんがそのまま隣を歩く。
すると。
「仲直りしたんだ」
誰かがそう言った。
「やっぱりそうだよな」
「昨日まで変だったし」
「全然話してなかったもんね」
教室がざわつく。
昨日の俺たちは思った以上に目立っていたらしい。
まあ無理もない。
昨日はお互い妙に意識してしまっていた。
休み時間も距離があったし、会話も少なかった。
クラスメイトから見れば喧嘩でもしたように見えたんだろう。
「別に喧嘩してたわけじゃないけどな」
俺が小さく呟く。
「心配かけちゃったみたいだね」
都子ちゃんがくすっと笑った。
「どうやらそうみたいだね」
俺たちはそのまま席へ向かう。
並んで歩くだけ。
ただそれだけなのに。
「やっぱ仲良いよな」
「うん」
「昨日がおかしかっただけか」
クラスメイトたちは勝手に納得していた。
そんな中。
「そういえばさ」
都子ちゃんが俺を見上げる。
「真春君」
「ん?」
「今日のお昼、一緒に食べる?」
「うん」
俺は頷いた。
「都子ちゃんが良ければ」
その瞬間だった。
「ん?」
聞き覚えのある声がした。
振り返る。
後藤さんだった。
いつの間に近くまで来ていたんだ。
後藤さんは不思議そうな顔で俺たちを見ている。
いや。
違う。
俺たちの会話を聞いていた?
「……」
数秒。
沈黙。
そして。
後藤さんの口元がゆっくり上がった。
嫌な予感がした。
ものすごく嫌な予感がした。
「ちょっと待って」
「え?」
「今なんて呼んだ?」
来た。
俺は反射的に視線を逸らした。
だが遅かった。
後藤さんは完全に気付いている。
「都子ちゃんって呼んだ?」
「っ」
顔が熱くなる。
やめてくれ。
そこに触れるな。
「へぇ~」
後藤さんはニヤニヤした。
完全に面白がっている。
「へぇ~~」
もう1度言う。
「へぇ~~~~」
「うるさい」
「いやだって」
後藤さんのニヤニヤは止まらない。
「つい昨日まで前川さんだったじゃん」
「……」
「それが都子ちゃん?」
ニヤニヤ。
ニヤニヤ。
本当に楽しそうだった。
すると。
「七海!」
都子ちゃんが嬉しそうな声を上げた。
「やっぱり気付いた?」
「気付くよ」
後藤さんは即答する。
「前までずっと前川さんだったじゃん」
「そうなの!」
都子ちゃんの顔がぱっと明るくなった。
「やっと呼んでくれたの!」
その声には隠しきれない喜びが滲んでいた。
後藤さんはそんな都子ちゃんを見てさらにニヤニヤする。
「良かったねぇ」
「うん!」
即答だった。
迷いも何もない。
本当に嬉しそうだった。
「で?」
後藤さんが今度は俺を見る。
「いつから?」
「……」
「いつから?」
「……」
「いつから?」
「しつこいな」
「気になるもん」
逃がしてくれる気はないらしい。
俺は観念した。
「け、今朝から」
「今朝?」
「うん」
「昨日じゃなくて?」
「昨日決まって……呼び始めたのは今朝から」
自分で言っていて恥ずかしくなる。
視線を合わせられない。
すると。
「ふ~ん」
後藤さんがニヤニヤしながら頷いた。
「なるほどねぇ」
「その顔やめて」
「別に~?」
全然隠す気がない。
むしろ楽しんでいる。
「まだ慣れてないんだ」
「……」
図星だった。
「顔真っ赤じゃん」
「うるさい」
「可愛いな〜」
後藤さんが茶化してくる。
すると。
「真春君」
都子ちゃんが俺を呼んだ。
振り返る。
都子ちゃんは嬉しそうに笑っていた。
「もっと呼んでね」
「……」
ドクンッ。
心臓が大きく跳ねた。
胸が大きく高鳴る。
隣で。
「おー」
後藤さんが面白そうに声を上げる。
「これは熱々だね〜」
笑みを絶やさずニヤニヤと俺の都子ちゃんを視界に収めるのだった。




