第47話 朝+母親
お母さんが帰って来た次の日。
朝ということもあり、ベッドで爆睡する俺。
「真ちゃん、私の真ちゃ~ん♡ 」
近くからなにか聞こえてくる。
よく知った人物の声。
「はぁぁ~〜、真ちゃんの温もり落ち着く~」
急に何者かによって抱き締められた感覚と共に荒い鼻息は俺の頭をくすぐる。
「う、う~〜ん」
そのせいで完全に睡眠状態だった意識が徐々に覚醒する。
隣で俺に抱き付く人物の正体を眠い目で確認する。
「あら、真ちゃん。おはよう」
俺の反応に気付いたお母さんが、ニコッと笑って挨拶する。
「…まだ…眠いんだけど」
半分寝ぼけながら不満を口にする。
「あら、まだ寝てていいのよ? お母さんは真ちゃんの温もりを感じたくて抱き付いてるだけだから。気にしなければいいのよ」
お母さんは俺の頭を優しく撫でる。まるで再び眠りにつかせようとするように。
「…流石に寝れないよ」
俺は少し強引にベッドから起き上がる。お母さんから解放される。
「あん! 私の至福をもう少しだけ楽しませてよ! 」
お母さんは不満そうに頬を膨らませながら、ベッドから起き上がる。
「帰って来る度いつも堪能してるからいいでしょ 」
俺はお母さんから逃げるようにベッドから床に足を付ける。
ベッドに置いていたスマートフォンを手に取る。
時刻は7時ちょうど。
前川さんが来るまで後30分ほどある。
「真ちゃん、まだ寝ないの? 」
お母さんが不思議そうにベッドから俺に尋ねる。
「前川さんが7時30分ごろに来るから、それまでに色々と準備しておかないと」
「え! 都子ちゃん来るの? なんで? 」
お母さんがベッドから立ち上がる。興味津々で俺に疑問を尋ねる。
「それは…。前川さんが朝ご飯を作りに来てくれるから」
俺は伝えようか迷ったが、いずれバレることになるので答える。
「へぇ〜。真ちゃん都子ちゃんにごはん作って貰ってるんだ〜。だから前より顔色がいいわけか〜」
お母さんは俺を揶揄うようにニヤニヤする。
「…そんなに違う? 」
「それは全く違うわよ。心配になって私が健康的なご飯を焦って作るレベルだったもの」
確かに。
前に帰って来た時は、すぐに自炊でご飯を作ってくれた。お母さんの言う通りなのかもしれない。
「真ちゃんの健康維持までしてたなんて。都子ちゃんには感謝してもしきれないわね。もう嫁に貰っちゃえば? 」
「ぶほっ 」
衝撃的な発言に吹き出す。
「な、なにを言ってるんだよ! よ、嫁〜? 前川さんを? 」
「あら、私はお似合いだと思うけど? 」
お母さんはニヤニヤしながら首を傾ける。
なにを根拠に言ってるのだろう?
「そんなわけないだろ! 前川さんみたいな素敵な人が俺のことなんてどうでもいいだろ? 」
俺は事実を伝え、部屋から退出しようとする。
このままだと、お母さんのペースから抜け出せずに揶揄われるだけだ。
「あらら〜。これは都子ちゃんが苦労しそうだわ〜 」
お母さんは、やれやれと肩をすくめる。
まるで全てを察したみたいに。
☆☆☆
ピーンポーン。
時刻は7時30分。
いつも通りドアファンの音が家全体に広がる。
「は〜い」
事前に部屋着の着替えや歯磨きや顔を洗って準備していた俺は、リビングから玄関に移動する。
両足に靴を通してドアを開ける。
「おはよう〜、真春君! 」
前川さんは嬉しそうに満開の笑顔で挨拶と共にヒラヒラと俺に手を振る。
「おはよう。前川さん」
俺も手を振り返す。
「あら、都子ちゃんいらっしゃい! 」
お母さんが玄関に姿を見せる。
「お母さん、おはようございます! 」
前川さんは元気に挨拶をする。
「おはよう。都子ちゃん、ありがとね〜。毎日、真ちゃんにご飯作ってくれてるんだよね? おかげで真ちゃんの健康状態がすこぶる良さそうよ」
お母さんが日々の前川さんの行いに感謝を伝える。
「いえいえ。私が好きでやってることですから。こちらこそ毎日お家にお邪魔させて貰ってありがとうございます」
前川さんからも感謝を返す。
「あらあら。お熱いわね。それに本当にいい子ね。さっさっ、都子ちゃん上がって」
お母さんは手招きして促す。
「はい! お邪魔します!! 」
前川さんは学校規定のローファーを脱いで、きれいに整えてから俺の自宅の玄関に足を踏み入れる。
前川さんは、お母さんを追うようにリビングに入る。
どうやら以前よりも距離が縮まっているようだ。
リビングからは、前川さんとお母さんが楽しそうに会話する声が聞こえてくる。
前川さんとお母さん楽しそうだな。
そんな感想を抱きながら、俺もリビングに戻るのだった。
☆☆☆
「ごちそうさま〜。都子ちゃんって料理が上手なのね〜」
お母さんは両手を合わせて食事の挨拶をし、前川さんの料理技術を称賛する。
「ありがとうございます! 」
前川さんは礼儀正しく軽く頭を下げる。
「本当に美味しかったわ〜。栄養のバランスも考えてたし、真ちゃんが沼にハマるのも分かるわ」
お母さんが感想を並べる。
「沼にはハマっていないよ」
俺はお母さんの言い分に指摘する。
「あら、そうなの? 都子ちゃん、どう思う? 」
お母さんが前川さんに話を振る。
「真春君、私の料理の沼にハマってないの? 」
前川さんは瞳を潤ませながら悲しそうに俺を見つめる。
「え、えっと。そんなことないよ。お母さんの前で強かっただけだから。本当はハマってるよ」
俺は前川さんを安心させるために言葉を変更する。申し訳ないが沼にはハマっていない。だけど、今はそう言わないと、前川さんが悲しんでしまうから。
「なら、よかった! 」
前川さんはニコ〜っと嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
どうやら悲しませずには済んだようだ。
「本当に真ちゃんは都子ちゃんに弱いわね〜」
お母さんはニヤニヤしながら俺の腕を膝で小突く。
「えへへっ。そう見えますか〜」
前川さんは嬉しそうにだらしない笑みを浮かべる。
「本当よ。少し嫉妬しちゃうほどにね。お母さんにももうちょっと弱くなれ! 」
さらに強く小突かれる。結構、痛い。
気持ちが乗ってるようだ。
「痛いよ! お母さん!! 」
俺は普段より強い口調で不満を口にする。
「私の正直な気持ちよ! じっくり受け取りなさい!! 」
さらに何発かお母さんから食らう。
「痛いな、もう〜」
俺は顔をしかめる。
「真春君、ファイト」
一方、前川さんは、そんな光景を前にして、俺を控えめに応援していた。
☆☆☆
「行ってきます」
「お母さん、行ってきます! 」
「真ちゃん、都子ちゃん、気を付けて行ってらっしゃい! 」
お母さんは学校に登校する俺と前川さんを見送る。
「お母さん、優しくて愛情深くて素敵な人だね」
前川さんが、お母さんに手を振った後、俺に喋り掛ける。
「そうかな? ちょっと分かんないかも」
俺にとっては鬱陶しいことが多いからな。
母親としてもちろん好きではあるけど。
優しくて素敵な人かは息子として判断がつかない。
「私にはそう見えたよ。でも、嫉妬しちゃう部分もあるかな」
前川さんはピトッと俺の左腕に抱きつく。
「だって、お母さんばかり真春君と一緒にいるから。私が触れたり近くにいたりできないから。まあ、家族じゃないし血も繋がってないから仕方ないんだけどね」
前川さんは俺の左腕に体重を掛けながら、消え入りそうな声で漏らす。
「…前川さん」
これが前川さんの本音なのかも。直感でそう思った。もしかして俺の家で寂しさや孤独を感じていたのかもしれない。家族と他人との絶対的な距離感を。
今の前川さんを放っておかない。
「大丈夫だよ」
俺は普段なら絶対にできない前川さんの頭を撫でていた。
毛並みに沿って優しく指を通すように手を動かす。
前川さんは驚いたように両目を大きく見開いていたが、やがて落ち着いたように目を細め始める。
「…ありがとう。真春君。大好き」
前川さんはボソッと呟き、両目を瞑る。
そのまま俺と前川さんは並んで学校に向かうのだった。




