第42話 父親がビビっていた理由
「もう。イチャイチャは2人だけの時にしてよね」
前川さんの自宅からの帰り道。
住宅街の夜道を歩きながら、隣の後藤さんが呆れたように肩を竦める。
街灯の白い光がアスファルトを照らし、遠くでは犬の鳴き声が微かに聞こえていた。
「……ごめん。あの時は色々と感情が高ぶってて」
俺は視線を逸らしながら謝る。
あの状況を思い出しただけで、心臓が落ち着かない。
前川さんに突然顔を近づけられて――そのまま頬に触れられた感触。
柔らかかった。
温かかった。
それに、耳の奥に残っている小さな音。
あれってやっぱり――。
「っ……」
思わず左頬に触れてしまう。
熱い。まだ火照っている気がする。
「なに赤くなってんの? 」
後藤さんがニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。
「いや、別に!? 」
「ふ~ん?」
完全に面白がってる顔だった。
「まあ、あれは都子にも責任があると思うけど。あの子、大胆なんだから」
「大胆っていうか……急すぎるっていうか……」
「でも嫌じゃなかったんでしょ? 」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
嫌なわけがない。
むしろ嬉しかった。
でも、それを認めるのはなんだか負けた気がする。
「図星だ」
後藤さんがケラケラと笑う。
なんなんだこの人。
人の反応を見て遊ぶのが好きなのだろうか?
「そ、それにしても……後藤さんは前川さんのお父さんになにを見せてたの? 弱みを握ってるように見えたけど」
俺は話題を変えるように尋ねる。
このままだとずっとからかわれそうだった。
「うん? あ~、あれのこと? 」
後藤さんは首を傾げる。
「知りたい? 」
「うん。知りたい」
俺が素直に頷くと、後藤さんは「しょうがないなぁ」と呟きながら立ち止まった。
そして制服のポケットからスマートフォンを取り出し、慣れた手つきで画面を操作し始める。
俺も足を止めて待つ。
「あったあった。これこれ」
後藤さんはスマホの画面をこちらに向ける。
「うわっ……」
思わず声が漏れた。
画面に映っていたのは、壁一面に前川さんの写真が貼られた部屋だった。
笑顔。
横顔。
寝顔っぽい写真まである。
しかも全部アングルが違う。
帰宅時の後ろ姿の写真まである辺り、長年コツコツ集めていたのだろう。
「……なにこれ」
「都子パパの秘密のコレクションルーム」
「いや怖っ!? 」
父親といえども普通に引く。
俺がドン引きしていると、後藤さんはどこか楽しそうに肩を揺らした。
「あのパパ、都子のこと大好きだからねぇ。だから『これ都子が見たらどう思いますかね~?』って脅したら1発だった」
「脅しっていうか恐喝じゃん……」
「細かいことは気にしない」
後藤さんは悪びれる様子もなく笑う。
……この人、思ってたよりずっとやばい人なのかも。
「大江君も気を付けなよ」
「え? 」
「都子にもそういう気質あるかもしれないし」
「いやいや。流石にそれはないでしょ」
俺は即座に否定する。
前川さんが俺に隠れて盗撮したり、写真を集めたりする姿なんて想像できない。
……できない、はずだ。
「どうだかねぇ」
後藤さんは意味深に笑う。
「遺伝子って半分ずつ受け継ぐらしいし?」
「そんな理由で決まらないでしょ」
「遺伝って意外と侮れないよ~? 」
「…………」
返す言葉を失う。
夜風が頬を撫でる。
静かな住宅街。
街灯の明かり。
隣を歩く後藤さん。
そして頭の中には、さっきの前川さんの顔が何度も浮かんでいた。
嬉しそうな笑顔。
近づいてきた距離。
そして、あの感触。
心臓がまたうるさくなる。
「ほら。また赤くなってる」
「うるさい……」
後藤さんは楽しそうに笑いながら先へ歩いていく。
俺はそんな後藤さんの背中を追いかけながら、どうしても左頬の感触を忘れられなかった。




