第40話 後藤さんが強すぎる
「ちょっとドアフォンのカメラに映らないようにしてて」
前川さんの自宅の目の前。
後藤さんの傍から離れるように言われる。
俺は言われるがままに、サッとドアフォンのカメラの死角に逃げる。
「ナイス〜」
後藤さんはドアフォンのボタンを押す。
『はい』
ドアフォンのマイクから聞き覚えのある男性の声が漏れる。おそらく前川さんの父親で間違いないだろう。
「夜遅くにすみません。あたし、都子さんの友達の後藤七海っていいます。都子さん、いらっしゃいますか? 」
後藤さんが動じることなく、丁寧な口調で前川さんの父親に対応する。
俺にはできない芸当だ。どういう感覚と心がけで、あのような対応ができるのだろう? 是非、聞いてみたい。
『…』
返事がなくドアフォンが切れる。
しばらくすると前川さんの自宅のドアがガチャリッと開く。見覚えのある男性(今回は私服)が姿を見せる。前川さんの父親だ。
「君は都子の友達の。それと——」
ジロリッと前川さんの父親の鋭い視線が俺に突き刺さる。明らかに不機嫌そうなものだった。
ビクッと俺の心臓が跳ねる。この人、やっぱり怖い。
「どうして、お前がここにいる? 」
前川さんの父親が低い声で俺に尋ねる。
だが、今日の帰り道みたいに黙っているわけにはいかない。
「前川さんを取り戻しにきました」
俺は心に宿る気持ちを前川さんの父親にぶつける。もうなにもできない自分になりたくない。
「ほぅ、取り戻すとは? 」
前川さんの父親は淡々と尋ねる。
「前川さんとの生活を取り戻す。ただそれだけです」
俺は前川さんの父親に伝わるように補足を加える。怖いけど、逃げるわけにはいかない。相手がどう思うなんて関係ない。前川さんの生活、一緒に登下校して、ご飯を作って貰う生活をなんしても取り戻さないと。
「都子との生活を取り戻すか…」
前川さんの父親はボソッと呟くと、辟易した表情を浮かべる。
「…バカバカしい」
前川さんの父親はボソッと呆れたように吐き捨てる。
「っ!? 」
相手の予想外の発言に虚を突かれる。言葉が出ない。情けないが言い返せない。どうすればいいか分からない。
「はぁ~〜。相変わらずですね。ただ、友達の大切な人をコケにされて黙ってるほど、あたしも大人じゃないですよ」
後藤さんは普段見せない真顔を浮かべると、ゴソゴソと制服のポケットからスマートフォンを取り出す。
ポチポチと操作を始める。
「できるだけ、これは使いたくなかったですけど、都子のパパが聞く耳も持たないから仕方ないですよね」
「ああ、これこれ」と独り言を口にし、前川さんの父親にスマートフォンの画面を見えるように向ける。
「っ!? き、君、それをどこで!!! 」
後藤さんのスマートフォンの画面を見た前川さんの父親に明らかな動揺が走る。今まで冷静で冷徹だった父親が初めて見せた焦り。
「実は都子さんの自宅にお邪魔した時、間違えて娘さんとは違う部屋に入っちゃったんです。そうしたら、とんでもない部屋だったので、興味深くて写真に撮って保存していたのですが、その反応、間違いないですね」
後藤さんがスマートフォンを引く。
「どうします? この部屋の存在を知ったら、都子さんどう思うんですかね? 絶対にタダじゃ済まないと思いますよ? ヤケドどころじゃないかもしれない」
後藤さんはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる。
なんの情報か分からないけど、完全に形勢が逆転した。
後藤さんが完全に優勢だ。
「…なにが望みかね」
前川さんの父親が初めて話を聞こうとする姿勢を見せる。冷や汗をかき、何度も咳払いをして平静を保つのに精一杯な様子だ。
「話が早くて助かります。まず、大江君と都子との生活を親だからって奪わないでください。今後も継続させるようにお願いします。あと、今から都子を呼んできて欲しいです。部屋から出ないようにしてるんでしょ? 断れば、分かってますよね? 」
後藤さんが条件を2つ出す。無理やり言うことを聞かせようと脅しも加える。
「わ、分かった。ちょっと待っててくれ」
前川さんの父親はバタバタッと慌てた足取りで自宅に入って行く。以前までの冷静沈着な姿は陰りを見せていた。
「いぇ~い。やったね! 」
後藤さんは、そんな父親など気にした様子もなく、上機嫌な笑顔で俺にピースした。
うん。本当にありがとう。後藤さん。




