第28話 夜の訪問
「はい! これ、お弁当ね」
昼休み。屋上にて。
前川さんが俺に弁当袋を差し出す。
「…ありがとう」
俺は浮かない表情で前川さんから弁当袋を受け取る。
元カノのことが頭から離れない。過去のことを思い出し、憂鬱な気持ちになってしまう。
「どうしたの? なにかいつもより暗いよ」
前川さんが心配そうに俺の異変に気づく。
「大丈夫だよ。ごめん、変だったよね」
俺は前川さんを安心させるために無理やり作った笑顔を浮かべる。
「いただきます! 」
両手を合わせて元気よく食事の挨拶をした。
手早く前川から受け取った弁当袋を開く。
一方、前川さんは、そんな俺に何も言わずに、深く追及しなかった。
黙って俺の動きを目で追っていた。
☆☆☆
「ごちそうさまでした。今日も本当に美味しかった。ありがとう」
俺は前川さんの作ってくれた夕食を自宅の食卓で完食し、敬意を込めて両手を合わせて食事に対する感謝の挨拶をする。
「…うん。それはよかった」
前川さんは、どこか上の空な感じで返答する。
まるで他のことを考えてるような。
ピンポ~ン。
自宅のドアフォンが鳴る。
時刻は19時を過ぎている。
(こんな時間に誰が? )
俺は不思議に思いつつ、食卓のイスから立ち上がる。
「ちょっと対応してくるね」
向かい側の前川さんに1声かける。
「あ、うん。分かった。いってらっしゃい」
前川さんは俺の声に反応する。
俺はリビングを出て、玄関に移動する。
適当にクロックスを両足に通して、施錠したカギを開けて自宅のドアを開放する。
夜の空気が自宅に入って来る。
そんな夜の世界に来訪者の姿があった。
元カノの柏木真奈だった。
「ごめんね。いきなり押し掛けて」
元カノは申し訳なさそうな表情を浮かべながら謝る。
「なんの用だよ? 」
俺は目を合わせない。冷たい態度で接する。
「ちょっと、うちの話を聞いて欲しくて」
元カノはバツが悪そうに俯きながら話を切り出す。
話を聞いて欲しい?
その言葉にブチッと脳の中でなにかが切れた。
「話を聞いて欲しいって、どういうこと? 」
俺は逸らしていた目を元カノに向ける。
「どういうこと? ってそのままの…意味だけど」
元カノは俺の変化を敏感に察知する。気まずそうにする。
「そのままの意味ってなに? 話を聞いて欲しい? しかも他の男に乗り換えて捨てた元カレに? どういう神経してるの? 」
俺は淡々と静かに冷たい口調で詰める。
「そ、それは…」
元カノは言葉を失う。犬のような悲しそうな顔を浮かべる。
それがまた癪に触った。まるで自分が被害者ヅラしてるように見えた。
「どうせ、今の彼氏、渡辺と上手く行ってないんだろ? 俺、知ってるんだよ。今日、朝に渡辺を呼び出して文句言われて怒られてたもんな」
俺は元カノの心を読んで捲し立てて指摘する。
元カノも元カノでビクッと分かりやすく肩を跳ねさせる。図星だったようだ。
「自分の都合のいいように元カレの俺を利用しないでくれよ!!! 」
俺は怒りに任せて元カノを怒鳴りつける。
元カノは俺にビビって逃げるように後ずさる。
「ど、どうしたの! 」
前川さんが俺の怒鳴り声を聞きつけて廊下に駆け込んでくる。
本気で俺のことを心配してる目だった。
「とにかく! お前と話すことなんてない!! さっさと帰ってくれ!!! 」
俺は元カノの返事を待たずに自宅のドアを強引に閉める。
元カノが入れないように素早くカギを施錠した。まるで元カノとの境目を作るように。
☆☆☆
元カノを拒否して廊下には俺と前川だけになった。
「…」
俺は無言で前川さんの横を通過する。
そのままリビングに移動する。
「…」
前川さんも遅れてリビングに入る。
俺はリビングのソファに腰を下ろす。
前川さんはどこにも座らずリビングの真ん中で佇む。
しばらく物音ない静寂な空気がリビングを支配する。
「前川さん、そろそろ夜も遅いし、家に帰ったほうがいいよ。もちろん、自宅まで送り届けはするからさ」
俺はソファから立ち上がる。前川さんを送り届けるために玄関に向かう。
「待って! 」
前川さんが後ろから俺の手を取って呼び止める。
「なに? 」
俺は立ち止まってゆっくり振り返る。
「大江君、大丈夫? なんか普通じゃない。いつもと違う」
前川さんが心配する目を向けてくる。
だけど、今はその優しさがうざかったりもした。
「俺は大丈夫だよ。気にしないで」
俺は歩を進めて玄関に向かおうとする。
しかし、前川が俺の手を離そうとしない。
「いい加減、離してくれないかな? 」
俺は前川さんに不機嫌な視線を向ける。正直イライラしていた。感情が口調にも載る。
「イヤだ! ほっとけない!! 」
前川さんは折れない。真剣な眼差しを俺に向ける。
「悪いけど今日は1人になりたいんだ。勘弁して欲しいよ。わがままは止めてよ」
俺は冷たく吐き捨てる。
「ダメ、だって今の大江君、凄い辛そうだから。さっきのことについて話してくれるまで離さない」
前川さんは譲らない。どうしても俺から元カノについての話を聞き出したいみたいだ。
俺と前川さんの視線がぶつかる。
どちらも自分の言い分を通そうとする。
「悪いけど、前川さんには関係ないから」
俺はパッと強引に前川さんの手を振り払った。
そのまま心配もせず、反応も気にせず、廊下に繋がるドアを開き、外出のための準備をした。




