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第5話 森での出来事

 俺とシノが一緒に過ごす時間は、ますます増えていった。


 十歳の時、走ることをやめないシノを追い続けて、森の奥まで遊びに行った帰り。

 茂みからガサガサという音とともに、眼の赤い猪がこちらを見ていた。


 ――魔物だ。


 普通の猪とは異なる雰囲気に加え、こちらへ放っている敵意も剥き出しだった。

 シノに目配せをして、すぐに逃げるように伝えようとした矢先、獣は俺に向かって突っ込んできた。


 その突進を紙一重で躱す。

 遊びの中でシノの人間離れした速度に慣れていたこともあって、魔物の動きについていけた。


 よし、これなら二人とも逃げられる。 もう一回、俺に向かってこい。 それで距離を稼げば、あとは二人で走るだけだ。


 そう考えていたのに、猪の魔物は俺に背を向けた。  そこからシノが立っている方向に身体を向けていた。 猪の魔物は前脚で地面をガリガリと掻いている。


 俺より俊敏に動けるから、余裕で突進を躱せると思っていた。

 赤目猪の動きにばかり気をとられ、俺は気が付くのが遅れた。

 視線を移すと、シノは足が震え、顔は今にも泣き出しそうだった。

 これは、まずい――


 「シノ! 避けて!」


 猪が地面を蹴ったのと同時に、俺も駆けだす。


 走っている間、どんなに念じてもシノの身体を押しのけることは無理だと悟った。

 猪の牙が彼女に当たらないようにするには、手段は一つしか思い浮かばなかった。


 シノと猪の間に自分の身体を入れるしかない。それならシノに直撃しない。


 「っ……うおおお!」


 走っている速度が最高の時に、跳んだ。ギリギリで間に合ったことを眼前に迫る猪の顔を見て悟った。


 「ごほぉ! がはっ」


 衝撃とともに、身体が飛ばされた。数メートル程度だろうか。それでも、十歳の身体にはとんでもないことだった。


 うつ伏せで痛みを感じながらも、次に備えようと目を見開く。

 それなのに、おそらく牙で目の上を切ったみたいで、血が視界を塞ぐ。立ち上がろうにも、足が言うことを聞かなかった。


 「に、逃げて……シノ、はや……く」


 魔物はシノに近づいていく。少女はその場で座り込み、震えていた。


 「やだ……やだ、やだ、こないで……」


 興奮して息を荒くした魔物は、死に体の俺には目もくれず、シノに顔を向けていく。なんとか動かせる上半身で匍匐前進のように身体を動かし、魔物に忍び寄る。


 その場に落ちていた長い木の棒を拾い、強く握り締める。


 もう……二度と……追突されて死ぬのはごめんなんだよ!


 腕の力で猪の背中に乗る。

 それを察知した赤目猪は、身体を揺らし振り払おうとする。


 落とされないように、牙を掴みながら、赤い目に渾身の力で木の棒を突き立てた。


 「グオオーーー!」


 大きな咆哮を上げながら、暴れ回る。余裕がない俺は、掴んだ木の棒を奥に向けて深く押し込むことしかできなかった。


 「グオォ…グオオーー!」


 猪は狂ったように暴れ回り、そのまま走り出した。木に叩きつけるように、体当たりしている。

 衝撃によって、手が離れそうになる。


 ――――次の瞬間、身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。


 痛みで、意識が揺れるが、それでも目だけは開けた。

 猪はそのまま森の奥へと走り去り、やがて茂みに消えていった。


 これで、なんとか帰れるか……?


 当面の脅威は去ったことで安堵していると、少し遠くで猪と思われる咆哮が聞こえた。

 

 それから間もなくして、茂みを掻き分ける足音がする。

 現れたのは、大剣を担いだ大男と二人の女の人だった。


 俺を見るなり、その男は


 「よぉ、坊主。 ちゃんと生きてるか?」


 笑いながら快活に言い放った。

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