第40話 決着
蜘蛛の巨体が空気を裂き、一直線にシノへ迫る。
息を止めて地を蹴る。踏み込んだ瞬間、景色が横へ流れた。
ガキィンッ!
蜘蛛の牙と俺のファルシオンが激しくぶつかり、火花を散らす。
「ギィィィィッ!」
蜘蛛が苛立たしげに牙を鳴らし、八本の脚を槍のように突き出した。
一撃、二撃、三撃。
石床を砕く刺突を紙一重でかわし、脚の間へ滑り込む。
「はあっ!」
横薙ぎに振るった刃が黒曜石のような外殻を削り、火花を散らした。
確かに傷はついた。だが浅い。
蜘蛛は怒り狂ったように巨体を震わせると、腹を大きく膨らませた。
――糸だ。
次の瞬間、白い糸が広間いっぱいへ吐き出される。壁も柱も、人の逃げ道さえも覆い尽くす勢いだった。
「リオス!」
凛とした声が響く。
フラウだ。
目が合った瞬間、俺は射線を空けるように横へ跳んだ。灼熱の炎槍が一直線に走る。
蜘蛛は咄嗟に糸の向きを変え、炎を受け止めようとした。
だが、白い糸は瞬く間に燃え上がる。ぱちぱちと爆ぜながら灰へ変わり、空中で崩れ落ちていく。
「燃えるのか……」
糸は驚異的な強度を誇る。だが、炎には弱いらしい。
その隙を逃さず、一気に距離を詰める。
しかし、蜘蛛も冷静だった。燃え残った糸を振り払うと、壁を蹴り、天井へ駆け上がる。黒い影が梁を疾走し、俺の真上へ回り込んだ。
「上だ!」
轟音とともに巨体が降ってくる。避け切れない。
その瞬間だった。
「これなら……どうです!」
フラウの詠唱とともに、青白い雷光が天井を裂いた。稲妻は蜘蛛の胴体へ直撃し、眩い閃光が広間を白く染める。
「ギャアアアァァァッ!」
耳をつんざく絶叫。雷に貫かれた脚が激しく痙攣し、蜘蛛は空中で体勢を崩した。
今だ。
落下してくる巨体へ向かって駆け出す。
ズドォンッ!
蜘蛛が床へ叩きつけられ、広間全体が大きく揺れた。痺れて動きの鈍った前脚が振り下ろされる。だが、その軌道は見えている。
身をひねってかわし、そのまま懐へ飛び込む。
蜘蛛が牙を鳴らした。口が大きく開き、白い糸を吐き出そうとする。
「おおおぉぉぉっ!」
叫びとともに、ファルシオンを牙の隙間へねじ込んだ。そのまま柄を押し込み、口を無理やりこじ開ける。
蜘蛛が暴れる。巨大な脚が床を叩き、石片が飛び散る。
それでも剣は抜かない。
「フラウ!」
「はい!」
次の瞬間、炎槍が一直線に飛来した。炎は開いた口の奥へ吸い込まれ、蜘蛛の体内で爆ぜる。
「ギィィィィィッ!」
苦悶の絶叫が広間を震わせた。喉の奥から炎が噴き上がり、焼けた臭いが立ち込める。蜘蛛は巨体を激しく振り回し、俺を振り落とそうともがいた。
腕が軋む。それでも離さない。ここで終わらせる。
息を止める。
神脚の加護を宿した右脚で強く踏み込む。
「終わりだぁぁぁっ!」
全身の力を込め、ファルシオンを一気に蹴り上げる。
鈍い手応え。硬い殻を貫いた先で、柔らかな肉を裂く感触が伝わる。
刃は蜘蛛の口内を突き抜け、そのまま頭部の奥深くまで貫通した。
「ギ……ッ」
蜘蛛の動きが止まる。八本の脚から一斉に力が抜け、巨体がゆっくりと傾いた。
そして――
ズドォォォンッ!
広間を揺るがす轟音とともに、巨大蜘蛛は床へ崩れ落ちた。砕けた石片と土煙が舞い上がる。
静寂。
やがて土煙が晴れ、蜘蛛が二度と動かないことを悟った貴族の一人が、小さく呟いた。
「……倒した」
その一言をきっかけに、張り詰めていた空気が一気に弾ける。
「あの若者が倒したぞ!」
「白銀は伊達ではなかった!」
歓喜と安堵の声が広間を満たす。
俺はゆっくりとファルシオンを引き抜き、黒い体液を払った。
歓声には応えず、そのまま歩き出す。
安堵と好奇心が入り混じる人波を抜け、その先で一人だけ悲痛な表情を浮かべる男、
――レーヴへ向かって。




